カレントアウェアネス
No.338 2018年12月20日
CA1943
動向レビュー
デジタルアーカイブコンテンツの児童・生徒向け教育への活用をめぐって:
米国・欧州の動向を中心に
天理大学人間学部総合教育研究センター(図書館司書課程):古賀 崇(こがたかし)
1. はじめに
日本において、デジタルアーカイブを学校の児童・生徒向け教育に活用する取り組みはさまざまな形で見られるものの、個々の館やプロジェクトのレベルでの取り組みにとどまっている印象が強い(1)。一方、米国・欧州では、米国デジタル公共図書館(DPLA;CA1857参照)(2)、Europeana(CA1785、CA1863参照)(3)という、それぞれの包括的ポータルサイトにおいて、児童・生徒向け教育を体系的に展開しようとする取り組みが認められる。本稿では、日本の関係方面への参考として、こうした米国・欧州の取り組みを紹介したい。
なお、米国では上記の取り組みの背景に、米国アーキビスト協会(SAA)などによる「一次資料を用いた、あるいは一次資料に関する教育(Teaching with/about Primary Sources:TPS)」の推進活動が存在する。本稿ではTPSについても、最初に触れておきたい。本稿でいう一次資料は、出版のために編集される前段階の、当時の出来事をそのまま記録した、文書、書簡、写真、動画などを指す。
また、本稿は2018年9月時点での動向をまとめたものだが、米国・欧州とも取り組みが活発で、これ以降も新たな動きが生じる可能性が高い。最新の動向、および、本稿に収録できなかった実践事例などについては、カレントアウェアネス・ポータルなどをご参照いただきたい。
2. 米国の動向
2.1. 一次資料を用いた、あるいは一次資料に関する教育(TPS)
TPSについては、SAAが2010年より、「一次資料を用いた、あるいは一次資料利用に関する教育についての委員会(Teaching with/about Primary Sources Committee)」を設置し、TPSに関する実践記録などの文献リストをウェブ上で提供するなどの取り組みを行っている(4)。また、SAAは2016年にテキストブックを刊行し、TPSに関する米国での歴史的経緯や、実践事例などをまとめている(5)。この中には、米国議会図書館(LC)の「アメリカン・メモリー」をはじめとする、1990 年代からの先駆的なデジタルアーカイブ、あるいは「オンライン上の一次資料」が、学校教員にとってTPSを促す契機のひとつになった、との記述も見られる(6)(7)。このほか、米国大学・研究図書館協会(ACRL)や、K-12を含めた児童・生徒・学生を教える教員が関与する、TPSの事例集なども刊行されてきた(8)。なお、これらの動向については、鎌田の論稿もあわせてご参照いただきたい(9)。
TPSに関する最近の到達点として、「一次資料リテラシーのためのガイドライン(Guidelines for Primary Source Literacy)」の策定がある(10)。これは、ACRLの貴重書・手稿部会(RBMS)とSAAの合同タスクフォースが策定に当たり、2018年にACRL・SAAの各理事会の承認により、両団体による公式なガイドラインと位置づけられた。このガイドラインは、大学生相手に仕事をする図書館員、アーキビスト、教員などを主な利用者として想定している一方、K-12の児童・生徒や一般市民も利用できるように柔軟に書かれている、としている。内容は「(1)序文」「(2)中核的思想」「(3)学習目標」「(4)付録」の4部構成をとり、(2)では分析・倫理・理論に関する概念と、実践上の留意点を、ガイドラインの基盤として挙げる。その上で、(3)では「概念化」「発見とアクセス」「読解、理解、要約」「解釈、分析、評価」「利用と[引用・参照としての]取り入れ」の5点にわたり、一次資料を用いる学習者にとっての学習目標を掲げている。なお、このガイドラインは、ACRLが2015年に策定した「高等教育のための情報リテラシーの枠組み」(CA1870参照)の理念の上に成り立っている、とも記している。
2.2. 米国デジタル公共図書館(DPLA)での教育活動
2013年4月に公開されたDPLAは、教育諮問委員会(Education Advisory Commmittee)(11)が、「オンライン上の一次資料」の項目と教材・指導案を取りまとめて公開する「一次資料セット(Primary Source Sets)」(12)の構築・改訂に当たるほか、外部資金を受けつつ、教育活動を展開している(13)。
「一次資料セット」は、2018年9月時点で141の項目を収録しており、各項目にはテーマに即したDPLA内の複数の一次資料と、Wikipediaを含めた外部の関連資料、そして指導案として質問項目や課題の事例、およびTPSのための留意点などが掲載されている。「一次資料セット」の対象時期は、米国建国に先立つ「アメリカ大陸の探検(Exploration of the Americas)」から、「1980年代の保守主義の高まり(Rise of Conservatism in the 1980s)」などの直近の事柄まで幅広く、また主題面でも政治・経済・社会のみならず文学・文化の領域をも対象としている。「1980年代の保守主義の高まり」の項目を例にとると(14)、レーガン政権期の戦略防衛構想(SDI)を記した政策文書や、当時の政権高官へのインタビューなどの動画、政権批判の風刺画などが一次資料として収録されている。また、この項目の指導案では、一次資料をもとに当時の外交政策、都市政策、薬物対策などを児童・生徒に考えてもらう質問・課題の例が提示されている。
2018年9月には、DPLA内に「DPLA教育ガイド(Education Guide to DPLA)」のページが新設された(15)。ここでは、上述の「一次資料セット」のほか、オンライン展示、利用者がDPLAで発見したアイテムのリスト作成機能、低所得層の子どもを対象に電子書籍を提供するOpen eBooksなど、DPLAを児童・生徒向けの教育に活用するためのコンテンツや機能が紹介されている。
3. 欧州の動向:EuropeanaとHistoriana
一方、2008年11月公開のβ版に端を発するEuropeanaはもともと、EUでの文化・文化遺産に関する政策やプロジェクトを基盤としつつ、欧州での図書館・文書館・博物館等がもつウェブ上のデジタルコンテンツを一括して検索できるようなしくみとして、構築・運営されてきた(CA1863参照)(16)。
2017 年に入り、Europeanaは収録コンテンツの利用に関する重点領域を、学校教育から生涯教育までにわたる教育と定め、同年 3 月に教育活動に特化したウェブページ“Education”を、専門家向けサイト“Europeana Pro”の中に立ち上げた(17)。ここでの取り組みのひとつとして、教育利用のための Europeana利用ガイドの作成・公開が挙げられる(18)。本稿執筆時点で公開されている 2017 年版では、Europeanaの検索・利用方法の解説のほか、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなど「再利用可能なコンテンツ」の探し方、出典表記の仕方の説明に分量を割いていることが特色と言える。またEuropeanaが提供するAPIの説明が、このガイドや、Europeana Pro内の教育ページに加えられている。ただし、米国でのTPSに相応する取り組みは、これらにおいて確認できない。このほか、フランスでのEuropeana活用のための「シナリオ」をまとめた報告書なども、このEuropeana Proの教育ページで紹介されている(19)。ただし総じて、Europeanaの直接の関心は、TPSのような取り組みよりも、API活用も含めた教材開発のほうに向けられていると、筆者は考える。
TPSのような、デジタルアーカイブないし「オンラインの一次資料」を用いて「何を、いかに教えるか」を提示する取り組みは、Europeanaと協力関係を結びつつ、実際に教育に携わる人々やその団体に委ねられているのが、欧州の現状と言える。その一例が Historianaというウェブサイトであり(20)、これは Europeanaとの協力のもと、欧州歴史教育者協会(EUROCLIO)と、システム開発企業たるWebtic社(オランダ・アムステルダム)が運営主体となっている。
Historiana は主に以下のようなコンテンツから構成されている。
- 歴史的コンテンツ(Historical Content):Europeana を通じ欧州の各機関からアクセスできるデジタルアーカイブのコンテンツをトピックごとにまとめた項目や、第1次・第2次世界大戦、冷戦といった主題ごとにEuropeanaやWikimedia Commons上の画像等を用いつつ、歴史的事柄を解説した文章などが含まれる。
- 教授と学習(Teaching & Learning):トピックごとの教材や指導案。DPLAの「一次資料セット」のように、テーマに対応する一次資料をもとに学習を進めるための指導案もあれば、外交問題など児童・生徒のロールプレイを通じて、歴史や交渉力を理解させるための指導案も見られる。
- 資料の検索(Search Sources):Europeanaの検索機能のほか、Historianaと提携する図書館・博物館等からのデジタルアーカイブ資料の紹介、またそれぞれのデジタルアーカイブの検索機能を提供する。
Historianaのウェブサイトでは、EUROCLIOがEuropeanaと協働して作成した「教員研修者向けガイド:歴史的思考力を高めるために、オンライン上のツールをいかに使うか(Teacher Training Guide: How to use online tools to promote historical thinking?)」も公開しており、HistorianaやEuropeanaを児童・生徒向けの歴史教育・学習に活用するための要点・実例や情報源、およびその基盤となる「高い質を伴う歴史教育のための基本的考え方」を提示している(21)。すなわち、「証拠に基づく討議」「歴史の多様性」「現状が過去(への認識)に影響を与えることの自覚」などの点が「基本的考え方」に含まれ、それがEUROCLIOの活動や、Historianaの内容に反映されている、と言えよう。
4. おわりに
本稿は、DPLAを中心とする米国の取り組みと、Europeanaを中心とする欧州の取り組みを解説したが、教育面での運営方針や活動についてはそれぞれ対照的な姿勢を取っていることが確認できた。つまり、DPLAは運営の面で教育の専門家をまじえた諮問委員会を置き、TPSを意識した一次資料活用のための指導法まで自ら発信している。一方、Europeanaはコンテンツの権利に関する表示やAPIの構築も含め、自らをあくまで「教材などの新たなコンテンツを他の関係者や企業等が開発するためのインフラストラクチャー」と位置づけているようにうかがえる。
このような、米国・欧州でのデジタルアーカイブの教育活用への取り組みや教材・指導案等の作成などの実践以上に、日本では米国のTPSや、EUROCLIOでの「高い質を伴う歴史教育のための基本的考え方」のような、「歴史資料となり得るものを教育・学習に活用するための基本的考え方や思想」に学ぶ面が多いはず、と筆者は考えたい。つまり、公文書管理をめぐる問題が頻発する日本の現状では、デジタル技術の活用以前に、一次資料や証拠の成り立ち・形状・出所から考えつつ学習を進める、という取り組みこそが、さまざまな人々との討論・交渉を進め、よりよい意思決定を行うために、必要となるはずである(22)。
※本稿は JSPS 科研費 JP16K00454 による成果の一部である。
(1)日本での例として下記を参照。
“社会科授業用資料リスト”. アジア歴史資料センター.
https://www.jacar.go.jp/siryolist/index.html, (参照2018-09-14).
“学校向けアーカイブズガイド”. 福井県文書館.
http://www.library-archives.pref.fukui.jp/?page_id=912, (参照2018-09-14).
(2)Digital Public Library of America.
https://dp.la/, (accessed 2018-09-14).
(3)Euroepana Collections.
https://www.europeana.eu/portal/en, (accessed 2018-09-14).
(4)“Teaching with Primary Sources – Bibliography”. Society of American Archivists.
https://www2.archivists.org/groups/reference-access-and-outreach-section/teaching-with-primary-sources-bibliography, (accessed 2018-09-14).
(5)Prom, Christopher J.; Hinchliffe, Lisa Janicke, eds. Teaching with Primary Sources. Society of American Archivists, 2016, 204p.
(6)Ibid. p. 43-45.
(7)米国議会図書館でもTPSを含めた学校教員向けの活動を行っており、2008年から2016年にかけて、Teaching with Primary Sources Journalと題する雑誌を15号まで発行した。
“Teachers”. Library of Congress.
http://www.loc.gov/teachers/, (accessed 2018-09-14).
(8)例として下記を参照。
Mitchell, Eleanor, et al., eds. Past or Portal?: Enhancing Undergraduate Learning through Special Collections and Archives. Association of College and Research Libraries, 2012, 320p.
Bahde, Anne, et al., eds. Using Primary Sources: Hands-on Instructional Exercises. Libraries Unlimited, 2014, 170p.
(9)鎌田均. 一次資料の利用と情報リテラシー:米国大学におけるアーカイブ, 特殊資料コレクションの教育的役割から見て. 同志社図書館情報学. 2013, (23), p. 1-15.
https://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014206, (参照 2018-09-14).
鎌田均. 米国の高等教育におけるアーカイブズの教育活動.アーカイブズ学研究. 2016, (24), p. 86-91.
(10)“Guidelines for Primary Source Literacy”. Society of American Archivists.
https://www2.archivists.org/standards/guidelines-for-primary-source-literacy/, (accessed 2018-09-14).
(11)“Education Advisory Committee”. DPLA Pro.
https://pro.dp.la/education/education-advisory-committee/, (accessed 2018-09-14).
(12)“Primary Source Sets”. Digital Public Library of America.
https://dp.la/primary-source-sets/, (accessed 2018-09-14).
(13)“Educational Uses”. DPLA Pro.
https://pro.dp.la/projects/educational-uses/, (accessed 2018-09-14).
(14)“Rise of Conservatism in the 1980s”. Primary Source Sets, Digital Public Library of America.
https://dp.la/primary-source-sets/rise-of-conservatism-in-the-1980s/, (accessed 2018-09-14).
(15)“The Education Guide to DPLA”. Digital Public Library of America.
https://dp.la/guides/the-education-guide-to-dpla/, (accessed 2018-09-14).
下記もあわせて参照。
Gibson, Samantha. Teaching and Learning with DPLA. DPLA News, 2018-09-05.
https://dp.la/news/teaching-and-learning-with-dpla/, (accessed 2018-09-14).
(16)Europeanaの概要や政策的背景を述べた例として、下記を参照。
菅野育子. “米国・欧州の政策と実践から見たMLA連携”. 図書館・博物館・文書館の連携. 日本図書館情報学会研究委員会編. 勉誠出版, 2010, p. 25-42.
(17)“Education”. Europeana Pro.
https://pro.europeana.eu/what-we-do/education, (accessed 2018-09-14).
下記もあわせて参照。
McNeilly, Nicole. “Help shape inspiring education: join us as we launch Europeana4Education!.” Europeana Pro, 2017-03-22.
https://pro.europeana.eu/post/help-shape-inspiring-education-join-us-as-we-launch-europeana4education, (accessed 2018-09-14).
Crespo, Isabel. “Europeana Education: bringing Europe’s cultural and scientific heritage to teachers, students and lifelong learners”. School Education Gateway, 2018-01-10.
https://www.schooleducationgateway.eu/en/pub/latest/news/europeana-education.htm, (accessed 2018-09-14).
(18)EUROPEANA4EDUCATION: A guide to using Europeana for education. Europeana Pro, 2017-03-13, 17p.
https://pro.europeana.eu/files/Europeana_Professional/Use_your_data/Europeanaforeducation/Resources/a-guide-to-using-europeana-for-education-march-2017.pdf, (accessed 2018-09-14).
(19)Crespo, Isabel. “Learning scenarios with Europeana content”. Europeana Pro. 2018-08-29.
https://pro.europeana.eu/post/french-learning-scenarios, (accessed 2018-09-14).
(20)Historiana.
https://historiana.eu, (accessed 2018-09-14).
(21)Stegers, Steven; Snelson, Helen. Teacher Training Guide: How to use online tools to promote historical thinking?. European Association of History Educators, n.d., 46p.
https://euroclio.eu/wp-content/uploads/2018/09/TeacherTraining Package-Europeana DSI3.docx, (accessed 2018-09-14).
(22)一次資料や証拠の重要性については、記録管理の国際標準ISO 15489-1「情報及びドキュメンテーション―記録管理―第1部:概念及び原理」(2001年制定、2016年改訂)が優れた記録管理の利点として掲げる「透明性及び責任説明の向上」「確かな情報に基づく意思決定」などとも結びつけて認識する必要がある、というのが筆者の考えである。なお、ISO 15489-1(改定前の物を含め)の意義については、例として下記を参照。
小谷允志. 文書と記録のはざまで:最良の文書・記録管理を求めて. 日外アソシエーツ, 2013, 334p.
中島康比古. 記録管理の国際標準ISO15489-1の改定について. アーカイブズ. 2016, (61).
http://www.archives.go.jp/publication/archives/no061/5131,(参照 2018-09-14).
[受理:2018-10-29]
古賀崇. デジタルアーカイブコンテンツの児童・生徒向け教育への活用をめぐって:米国・欧州の動向を中心に. カレントアウェアネス. 2018, (338), CA1943, p. 16-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1943
DOI:
https://doi.org/10.11501/11203359
Koga Takashi
A Review on Educational Use of Digital Archives Contents for Students: Putting Emphasis on Current Activities in the US and EU