E2452 – パンデミック下のEuropeanaの教育活用事例から惟う日本の課題

カレントアウェアネス-E

No.426 2021.12.09

 

 E2452

パンデミック下のEuropeanaの教育活用事例から惟う日本の課題

東京大学大学院学際情報学府・大井将生(おおいまさお)

 

●はじめに

  時代の変化に対応するための教育改革の課題は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって世界的な共通認識として顕在化した。日本でも,2020年春の長期休校措置下における学校教育の機能不全が問題となった。これを受け,かねてより進められてきたGIGAスクール構想が加速度的に推進され,小・中学校における1人1台端末計画は2021年春にはおおむね完了した。一方で,そうしたハード面での整備に対し,ソフト面や活用法に関する議論は深化していない。とりわけデジタル文化遺産の教育活用の遅れは,欧米諸国と比較していまだ著しい。

   Europeanaは,デジタル文化遺産の教育活用を積極的に進めてきた(CA1943参照)。欧州歴史教育者協会(EUROCLIO)との協力によって運営されるHistorianaの“Teacher Training Guide”が第4版まで公開されるなど,継続的な情報共有が行われている。

   Giannis Anagnostou氏らはEuropeana活用の学習効果として,出典を引用した資料作成力,他者の作品を尊敬すること,創造性などを学ぶことができる点を挙げており,今後の時代を生きるために必要なコンピテンシー育成への効果が期待されている。

  以下,本稿ではパンデミック下におけるEuropeanaの取り組み,とりわけ“Europeana Education Competition 2021”に注目してその特徴を紹介し,そこから日本におけるデジタルアーカイブの教育活用の課題について検討する。

●パンデミック下におけるEuropeanaの教育活用への取り組み

   Europeanaの教育活用はパンデミック下においても組織的な取り組みが行われた。例えばMOOCプログラム“Digital Education with Cultural Heritage”や,Europeanaを活用した学習シナリオを共有する“The Teaching with Europeana blog”が公開され,デジタル文化遺産の活用促進に貢献した。2021年8月にはハンドブック「パンデミック下のデジタル学習」も公開された。これはEuropeanaのイニシアチブ“Europeana Education”と,欧州各国の教育政策担当省庁のネットワーク“European Schoolnet”が作成に携わったものである。

  また,2020年度に続いてEuropeanaを活用したコンペ“Europeana Education Competition 2021”が開催された。この取り組みは,コンペを通じて教材の質向上を図ると共に,その成果をハンドブックに反映している点に特色がある。

●Europeana Education Competition 2021の概要と特徴

  コンペのエントリー期間は2021年2月から4月までであり,受賞者にはブリュッセルで開催されるワークショップへの参加権やEuropeana Education User Groupのメンバーシップ権が与えられるなど,参加意欲を高めると共にユーザー登録者の拡大につながる工夫がなされている。ここで重要なのは,応募対象が学校教員だけでなく,ミュージアムのエデュケーターや,図書館員,アーキビスト,キュレーターに及んでいるということである。日本では,教育系のコンペ,とりわけ教材作成や教育実践系のものにおいては,図書館・博物館・アーカイブ(MLA)関係者が対象になることは少ない。

  また,募集カテゴリーが以下のように分類されている点も特徴的である。このことから,デジタルアーカイブが一部の歴史学習にのみ活用し得るという認識ではなく,学際的・教科横断的な探究学習など,より広い文脈での利活用が期待されていることが示唆される。

 ・STEAM Learning Scenarios
 ・Primary Learning Scenarios
 ・Secondary Learning Scenarios
 ・Project-based Learning Scenarios
 ・Cross-curricular Learning Scenarios and holistic topics
 ・General Learning Scenarios
 ・Non-formal education

  その結果,18か国から89の教材が寄せられ,24の教材が受賞した。優れた事例としてハンドブック「パンデミック下のデジタル学習」に収録された受賞教材の特徴から,シティズンシップやエンパシーといった平等や多様性,持続可能性に関わりの深いコンピテンシー育成のためにデジタルコンテンツを活用した教材が,高い評価を受けていることが分かる。

●日本におけるデジタルアーカイブ利活用推進に関する課題と解決策

   Europeana Education Competitionのような取り組みから学ぶ点は多いものの,日本では前提段階で解決すべき課題が多く,即時的な導入は難しいと考えられる。

  第一に,デジタルアーカイブの教育活用のための土壌が十分に醸成されていないという課題,第二に,デジタル資料に対する二次利用条件が厳しいという課題である。

  まず,コンペの開催や事例集の作成を行うためには,デジタルアーカイブを活用した教材を作成可能な人材が一定数必要である。そのためには,例えば教員やMLA関係者向けに継続的な情報提供やワークショップなどの普及活動が望まれる。また,コンペの運営・審査・アウトプットの制作に携わる組織を構築する必要がある。

  次に,慣習的に不明瞭な権利表示を記載する機関や著作権切れ資料に関しても厳しい二次利用条件を設定する機関が多いという課題に向き合わなければならない。利用可の場合も書類申請を求められることが多く,その作成から審議・許可に至るまで資料ごとに数週間から数か月を要する現状では,コンペの応募はおろか日常的な授業での活用も難しい。

  一方で,自館資料の教育活用を望まない機関は多くないはずである。この障壁を乗り越えるためには,まずは学校関係者とMLA関係者の対話の場が必要である。また,そうしたコミュニケーションから創発・協創される教材をボトムアップに蓄積し,共有する仕組みが必要である。筆者は,こうした課題を解決するために,「多様な資料を活用した教材化ワークショップ」を開催し,成果物を二次利用可能なアーカイブとして公開している。

  海外の動向を参照しつつ,日本の実情に即した解決策を模索しながらコミュニティベースの取り組みを継続的に実践し,「デジタルアーカイブを日常にする」ことを多様な立場から検討することが肝要ではないだろうか。

Ref:
“Historiana Teacher Training Guide”. Europeana pro. 2021-09-09.
https://pro.europeana.eu/post/teacher-training-guide
Historiana Teacher Training Guide. 2021, 25p.
https://www.euroclio.eu/wp-content/uploads/2021-04-Teacher-Training-Guide.pdf
Anagnostou, G.; Chatziefstratiou, A.; Peristeri, P.; Theofanellis, T. Suggestions on how to use Europeana for pedagogical purposes in order to promote Europe’s cultural heritage. 2nd International Conference on Cultural Informatics, Communication &Media Studies, 2019, 12p.
https://eproceedings.epublishing.ekt.gr/index.php/cicms/article/viewFile/2757/2704
“Digital Education with Cultural Heritage”. European Schoolnet Academy.
https://www.europeanschoolnetacademy.eu/courses/course-v1:Europeana+Culture_EN+2021/about
“About Teaching with EUROPEANA”. Teaching with EUROPEANA.
https://teachwitheuropeana.eun.org/about-teaching-with-europeana/
“Digital learning in the pandemic – cultural heritage resources by and for educators”. Europeana pro. 2021-10-28.
https://pro.europeana.eu/post/digital-learning-in-the-pandemic-cultural-heritage-resources-by-and-for-educators
“Education”. Europeana pro.
https://pro.europeana.eu/page/education
“Europeana Education. An initiative to integrate cultural heritage in education”. Europeana pro. 2021-08-12.
https://pro.europeana.eu/post/europeana-education-an-initiative-to-integrate-cultural-heritage-in-education
European Schoolnet.
http://www.eun.org/
“Europeana Education Competition 2021”. Teaching with EUROPEANA.
https://teachwitheuropeana.eun.org/europeana-education-competition-2021/
JAPAN SEARCH.
https://jpsearch.go.jp/
時実象一. デジタルアーカイブの公開に関わる問題点:権利の表記. デジタルアーカイブ学会誌. 2017, Vol. 1 Pre, p. 76-79.
https://doi.org/10.24506/jsda.1.Pre_76
S×UKILAM(スキラム連携):多様な資料の教材化ワークショップ.
https://wtmla-adeac-r.com
S×UKILAM:Primary Source Sets/スキラム連携:多様な資料を活用した教材アーカイブ.
https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/Home/9900000010/topg/SxUKILAM/index.html
デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会. ジャパンサーチ戦略方針 2021-2025. 2021, 3p.
https://jpsearch.go.jp/static/pdf/about/strategy2021-2025.pdf
古賀崇. デジタルアーカイブコンテンツの児童・生徒向け教育への活用をめぐって:米国・欧州の動向を中心に. カレントアウェアネス. 2018, (338), CA1943, p. 16-18.
https://doi.org/10.11501/11203359