カレントアウェアネス-E
No.426 2021.12.09
E2453
第69回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>
白百合女子大学基礎教育センター・今井福司(いまいふくじ)
2021年10月17日,熊本市の熊本学園大学において第69回日本図書館情報学会研究大会シンポジウムが「図書館情報学教育における遠隔教育の可能性と課題」と題して開催された。以下,話題提供および質疑応答の内容について報告する。なお,詳細な報告が後日『日本図書館情報学会誌』にも掲載されるので,そちらも合わせて確認願いたい。
まずコーディネーターの小山憲司氏(中央大学)からは,シンポジウムの背景説明として,新型コロナウイルス感染症の状況ならびに文部科学省が行った4つの大学授業状況調査について説明が行われ,大学での遠隔教育・遠隔授業の導入が進んでいる旨の指摘が行われた。そして本シンポジウムでは,遠隔教育は教員と学生が別々の場所にいて教えたり学んだりする教育形態とし,遠隔授業は情報通信技術を用いた遠隔教育の手法を指すとの定義が行われた。
1番目のパネリスト三輪眞木子氏(放送大学)からは,「図書館情報学教育における遠隔教育のこれまで:課題&可能性」というテーマで,遠隔教育の国内外の事情が紹介された。三輪氏はMLS(Master of Library Science)の遠隔教育に取り組んだ北米の状況に触れた上で(CA1360参照),2003年に設立されたウェブによる図書館情報学教育のコンソーシアム(Web-based Information Science Education:WISE)での教育モデルや授業提供の方式,質保証の取り組みを紹介した。次にメディア教育開発センターおよび放送大学での遠隔教育の取り組みを取り上げ,放送を用いた教育からウェブを用いた教育への転換や,質保証の問題について指摘が行われた。こうした事例を踏まえつつ,三輪氏からはオンライン教育による現職者の学習機会増加,教育機関連携による教材共有やオンライン授業の相互利用,図書館情報学教育へのデジタルトランスフォーメーション(DX)やイノベーションの導入といった遠隔教育が持つ可能性や,大学院レベルの教育の普及と強化が必要だとの認識が示された。
2番目のパネリスト瀬戸口誠氏(梅花女子大学)からは「司書養成教育における遠隔教育の実践:小規模大学の取り組みを事例に」として,「情報専門職養成をめざした図書館情報学教育の再編成」(E1497参照)の遠隔教育班での経験を踏まえつつ,所属大学の事例の紹介が行われた。瀬戸口氏の授業では,教材作成や学生対応のための時間が多く必要となった一方,授業内容を考える視点の転換や,教育方法を改善する機会も生まれたという。また瀬戸口氏はサービス系科目と演習科目では授業の性質が異なり,サービス系科目では多くの事例活用が可能な一方,演習科目では利用できるツールに制限があるといった事情から,オンライン授業が適する場面と適さない場面があることを指摘した。その上で,瀬戸口氏は日米の違いについて,米国ではオンラインで利用できる情報資源が豊富なだけでなく,キャンパスプログラム(residency)の実施により,学生同士,学生と教職員との交流が図られ,専任のインストラクショナルデザイナーがさまざまな支援を実施していると指摘した。一方,日本では情報資源が限定的であり教員個人に依存する場面が多く,教育の質の維持が問題であることも指摘された。
3番目のパネリスト宮原俊之氏(帝京大学)からは「私たちは,今,どのように遠隔教育と向き合うべきか」として,明治大学,帝京大学の事例に基づき,遠隔授業に切り替えることの効果や条件について報告が行われた。宮原氏は2020年には緊急避難的に遠隔授業を実施したことで,対面授業の授業設計に基づく授業とやり方は同じまま遠隔授業になってしまい,トラブルの原因となったことを指摘した。そして帝京大学の「オンライン授業における緊急調査」と宮原氏による調査の結果概要が紹介され,主体的に学べる学生ほど,遠隔授業に抵抗感はないことが指摘された。また,大阪大学の全学教育推進機構による「授業をオンライン化するための10のポイント」を取り上げ,質を考えつつ学生が主体的に授業に参加するために必要な要素であることを指摘した。そして,高等教育機関のICT活用団体である米・EDUCAUSEが提唱したニューノーマルに残したい5つの要について紹介が行われた。
続くディスカッションではまず各パネリストから補足説明が行われた後,会場からの質問に対する応答が行われ,講義系の科目と実習系の科目の授業展開の違い,主体的に課題に取り組ませるための工夫,大学院レベルでの図書館情報学教育を行うためには遠隔教育は解決策になるのか,といったテーマについてやり取りが行われた。
本シンポジウムでは遠隔教育が司書養成教育や図書館情報学教育においてどの程度のインパクトがあるのかについて踏み込んだ指摘が見られた。これを受けて今後,図書館情報学の分野における遠隔教育のあり方について,各地での模索や議論が行われることを期待したい。
Ref:
日本図書館情報学会会報. 日本図書館情報学会事務局, 2021, (185).
https://jslis.jp/wp-content/uploads/2021/05/JSLIS_NL185_WEB.pdf
第69回日本図書館情報学会研究大会発表論文集. 熊本, 2021-10-16/17. 日本図書館情報学会, 2021, 73p.
https://jslis.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-conf.-proceedings_no-ads.pdf
新型コロナウイルス感染症対策に関する大学等の対応状況について. 文部科学省, 2021, 3p.
https://www.mext.go.jp/content/20200413-mxt_kouhou01-000004520_2.pdf
新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況. 文部科学省, 2021, 2p.
https://www.mext.go.jp/content/20200605-mxt_kouhou01-000004520_6.pdf
大学等における後期等の授業の実施方針等に関する調査. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/content/20200915_mxt_kouhou01-000004520_1.pdf
令和3年度前期の大学等における授業の実施方針等に関する調査結果. 文部科学省, 140p.
https://www.mext.go.jp/content/20210702-mxt_kouhou01-000004520_2.pdf
Montague, Rae-Anne.; Pluzhenskaia, Marina. Web-Based Information Science Education (WISE): Collaboration to Explore and Expand Quality in LIS Online Education. Journal of Education for Library and Information Science. 2007, 48(1), p. 36-51.
https://www.jstor.org/stable/40324319
WISE.
https://wiseeducation.org/
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http://hdl.handle.net/2298/31081
帝京大学高等教育開発センター. 「オンライン授業に関する調査」結果のご報告. 2020.
https://ctl.teikyo.jp/wp-content/uploads/2021/04/【2020春期】オンライン授業に関する調査結果_WEB掲載用.pdf
鈴木克明. 無理はしないで同じ形を目指さないこと:平時に戻るまでの遠隔授業のデザイン. 14p.
https://www.nii.ac.jp/news/upload/20200417-9_Suzuki.pdf
“授業をオンライン化するための10のポイント”. 大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部.
https://www.tlsc.osaka-u.ac.jp/project/onlinelecture/tips01.html
“Improved Student Engagement in Higher Education’s Next Normal”. EDUCAUSE Review. 2021-03-16.
https://er.educause.edu/articles/2021/3/improved-student-engagement-in-higher-educations-next-normal
“[097-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(88):アフターコロナの大学のニューノーマルに残したい5つの要素(Educause 2021)”. IDポータル.
https://idportal.gsis.jp/magazine/doc_magazine/1018.html
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https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/000137824.pdf
石田栄美. 第61回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム開催報告. カレントアウェアネス-E. 2013, (249), E1497.
https://current.ndl.go.jp/e1497
大城善盛. 英米における研修の最新動向−遠隔研修を中心に. カレントアウェアネス. 2001, (257), CA1360, p. 3-4.
https://current.ndl.go.jp/ca1360