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カレントアウェアネス
No.283 2005.03.20
CA1548
最後の拠り所としての政府情報コレクション
1. 変革の中のGPO
米国政府印刷局(GPO)は政府刊行物の印刷事業を担ってきた連邦議会附属機関であり,同時に,全米の市民に対して無償で政府情報へのアクセスを保証する連邦政府刊行物寄託図書館制度(FDLP)を管轄してきた存在でもある。
近年,ネットワーク環境の進展に伴い,政府情報のデジタル化も進んでおり,すでに50%以上の政府情報がデジタル形式でのみ発行されているともいわれている。こうした中,GPOの印刷事業は苦戦を強いられており,印刷物の部数,売上,収入のいずれも減少を続けている。そこで,GPOのコンサルティングを続けてきた米国会計検査院(GAO)は,GPOの事業について,その軸足をデジタル時代に適応した政府情報の提供・普及活動(dissemination)に移すよう促している(E202参照)。
デジタル環境への対応について,GPOは10年以上前から取り組んでおり,議会資料や法令,主要な政府刊行物へのアクセスを提供するGPO Access(CA1149参照)を構築している。GAOもGPO Accessを強化する形での変革を推奨している。ただ,電子政府構想の進展に伴い,行政省庁各自のウェブページによる情報提供も増大しており,GPO Accessを経由しない政府情報の流通についても無視できない状況となっている。また,ネットワーク上の情報が消滅してしまいやすいことも大きな問題と捉えられている。
2. GPOのデジタル化戦略
2004年に入り,GPOは民間企業から著名な情報技術の専門家を招き,デジタル情報の取り扱いを軸にした事業の再構築を検討してきた。その結果,12月に発表された将来計画『21世紀への戦略ビジョン』では,GPOはさらなるデジタル化への転身を図り,政府情報を主にデジタル形式で作成,収集,管理,保存,提供していくことが打ち出された。
その中核に考えられているのが,OAIS参照モデル(CA1489参照)のリポジトリとしてのデジタル・コンテンツ・システムであり,すでに運用概念(Concept of Operations)が作成されている。政府情報をデジタル形式で収集するところから,コンテンツを管理し,提供するところまでのトータルシステムとして設計されている。2007年末までに完成させ,実用化する予定となっている。
コンテンツの管理機能としては,改訂の多いドキュメントのライフサイクルを管理する版の管理(Version Control),ドキュメントがオリジナルであることを担保する真正性の保証(Authentication),長期保存,アクセス手段の提供などを備える予定である。MARCやメタデータによる書誌コントロールや,DOI(CA1481参照)による永続的リンキングといった組織化機能も考えられている。
3. 最後の拠り所としてのコレクション
システムを設計する一方,コンテンツの形成・管理の計画も立てられている。2004年6月に訂正版ドラフトが提示されている「最後の拠り所としてのコレクション(Collection of Last Resort:CLR)」計画である。
CLRは,有形出版物(tangible publications)とデジタルオブジェクト(digital objects)の両方で,過去の発行物を含めた網羅的な政府情報コレクションを形成しようという計画で,長期保存とパブリック・アクセスの両機能を同時に満たすことを目的としている。
長期保存に関しては,専ら保存することに特化した,利用を前提としないダーク・アーカイブ(Dark Archive)をワシントンD.C.に建設し,ひとつの情報を有形出版物とデジタルオブジェクトの両方で保存する。また,FDLP参加館の中から設備面で基準を満たした寄託図書館をダーク・アーカイブに指定することも検討されている。
有形出版物は印刷物のほか,マイクロフィッシュや,デジタルオブジェクトを納めたCD-ROMなども相当する。デジタル形式で生産された情報(born digital)であっても,保存用に有形出版物のコピーが作成される。
デジタルオブジェクトは,テキストやHTML,PDFなどに限らず音声資料,映像資料など全てのフォーマットに対応するとしており,またオリジナルのフォーマットとともに保存用あるいはアクセス用のフォーマットへの変換も行われる。収集は,政府諸機関やGPOなど作成者に登録してもらうほか,各省庁のウェブサイトなどからハーベスティングを行ったり,GPOとFDLP参加館が協働で紙媒体からデジタル化することも考えられている。デジタル化の対象には,これまでFDLPに寄託されてきた約220万タイトル(6,000万ページを超える)の政府刊行物が予定されており,総額5,000万ドル(約50億円)をかけて3〜5年での完了を見込んでいる。
パブリック・アクセスの面では,デジタルオブジェクトについてはアクセス・コピー(アクセス用に最適化したPDFなど)をGPO Accessで提供することに加え,オンデマンド印刷や,CD-ROMやPDAなどデジタル・メディアでの提供も考えられている。
有形出版物については各地の寄託図書館での利用を原則とする。また,寄託図書館の中から,ダーク・アーカイブを補完するライト・アーカイブ(Light Archive)を選定し,保管と利用を両立させることも考えられている。ダーク・アーカイブの有形出版物は利用に供されない。
GPOは,2003年8月に米国国立公文書館(NARA)との間で政府情報へのパブリック・アクセスと永久保存について責任を分有する協定を結んでおり,CLRはこの協定の一環でもある。
4. FDLPの模索
全米市民の政府情報へのアクセスを確保するというFDLPの理念から,FDLP参加館はCLR計画に概ね賛同している。ただし,災害などのリスク,デジタル・デバイドなどを考慮すると,現在のような地理的分散の仕組みは必要との意見は出されている。また,GPOがデジタル・コンテンツ・システムの完成を待たず,2005年10月から無償配布プログラムを縮小させようと企図していることについては反対の声が挙がっている(E298参照)。
CLR計画はGPOとFDLP参加館の協働によるものだが,この計画が完成するとFDLPの物理的ストックを通じた政府情報提供という機能はその意義の大きな部分を失ってしまう。GPO Access構築時から囁かれてきたこうした危機(CA1474参照)に対し,現在,FDLPはいくつもの変革案を検討し模索を続けている。共通するのは,モノの提供からサービスの提供へ軸足を移さなければならないという認識であり,レファレンスの強化など付加価値をいかに提供していくかに焦点が当てられている。
例えば,寄託図書館会議の委員を務めたアリゴ(Paul A. Arrigo)は,寄託図書館を主題別に再編し,政府諸機関との密接な関係を築くことで,遺漏のないコレクションの形成と質の高いバーチャル・レファレンスの提供が可能になると提案しており,そのための研修プログラムを実施するようGPOに求めている。農務省とマン図書館の例(CA1268参照)や国務省とイリノイ大学図書館の例(CA1388参照)のように,パートナーシップを確立する試みはすでに行われており,その経験が今後のFDLPの再編にどのような影響を与えるのか,展開が注目される。
5. おわりに
GPOは,紙媒体のデジタル化やハーベスティングといった意欲的な手段を用いて,最後の拠り所としての政府情報コレクションを形成しようとしている。政府情報へのパブリック・アクセスと長期保存を保証するという公共的機能(図書館的機能)を果たすことで,自らを連邦政府の情報提供・普及を担う機関へと位置付け直そうとする試みといえる。
FDLPの模索は,一次情報へのアクセスが保証された上で,図書館サービスとして,また図書館ネットワークとしてどのような付加価値が提供できるのか,その課題に挑むものといえる。
むろん,原則として政府情報に著作権が適用されない米国の事情を考慮する必要はあるが,デジタル時代において,一般市民の日常生活にも密接に関わる政府情報について,図書館界がどのような図書館サービスを提供できるかということを考える上で参考となる動向であり,展開から目が離せない。
関西館事業部図書館協力課:筑木 一郎(つづき いちろう)
Ref.
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筑木一郎. 最後の拠り所としての政府情報コレクション. カレントアウェアネス. 2005, (283), p.4-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1548