カレントアウェアネス
No.273 2002.09.20
CA1474
動向レビュー
米国連邦政府の電子情報政策
―情報アクセスをめぐる議論と”September 11th”の影響―
米国連邦政府は電子政府の構築を進めていると同時に,”September 11th”の同時多発テロ以降,国家安全保障の必要性を強調している。本稿では米国連邦政府の電子情報にまつわる政策のうち,情報アクセスにかかわる側面を中心に,政策展開の動向をまとめてみたい。
1.NCLISによる研究報告
連邦政府の電子情報へのアクセスにかかわる包括的な研究成果として,連邦政府の諮問機関である図書館情報学国家委員会( National Commission on Libraries and Information Science: NCLIS)が2000年6月から2001年3月にかけて実施した「公的情報の提供に関する包括的調査(Comprehensive Assessment of Public Information Dissemination)」(1)がある。これは商務省が科学技術情報サービス局(National Technical Information Service:NTIS)の廃止方針を打ち出したのを契機に(CA1301,1327参照),民主党のリーバーマン(Joe Lieberman)上院議員らの要請に基づき,NCLISが政府情報提供体制の見直しを図るために調査研究を行ったものである。
2001年3月に発表された最終報告書(2)においては,まず政府情報を,社会のあらゆる立場の組織や個人−通常の市民,障害者や不利な立場にある人々,ビジネス・産業部門,学術研究機関,連邦・州・地方政府−に寄与する「戦略的国家資源(strategic national asset)」として位置づけている。続いて,NTISや政府印刷局(Government Printing Office: GPO)など情報提供・管理を行う集中処理機関の存続を擁護している。すなわち,各政府機関が自機関のウェブサイトを通じて情報提供を進めていることを評価しつつも,情報提供の分散化により,各政府機関の業務上の「顧客」に対する需要を満たすことが重視され,より幅広い潜在的需要に応えることが軽視される,といった問題点を指摘している。その上で,NTISやGPOといった情報提供・管理に特化した集中処理機関が,情報アクセスを促すための書誌コントロールや永続的情報アクセスの保証などの使命を負うべきだとしている。その一方で,NTISやGPOなど既存の機関には業務の重複やそれに伴う非効率性があるとも指摘した上で,報告書は連邦政府に対し,NTISとGPOとを統合した新機関「公的情報資源管理局(Public Information Resources Administration: PIRA)」を設立させ,連邦政府全体の情報提供・管理にかかわる集中処理責任をこの新機関に負わせるべきだ,と結論づけている。
この報告書に対しては,特にPIRAのような集中処理機関の新設などに対して,いくつかの反対意見が寄せられている。シカゴ・ケント法律学カレッジ教授のペリット(Henry H. Perritt, Jr.)は,ウェブサイトを活用した分散型の情報提供により,すでに利用者の様々な要求に迅速・柔軟に対処できる上,政府機関の間での情報交換も容易になっているのにもかかわらず,NCLISの報告書が集中処理機関の新設にこだわるのは時代遅れの策に過ぎない,と手厳しく批判している。ペリットはまた,NCLISは電子情報の保存体制についてより深い考察・提言を行うべきではなかったか,と主張している(3)。イリノイ大学シカゴ校図書館のシューラー(John A. Shuler)も,集権的機関の新設は電子情報アクセスをめぐる問題解決を保証しないと述べている(4)。
2.寄託図書館制度の黄昏?
上記のNCLIS報告書は,GPOが管理する連邦寄託図書館制度(Federal Depository Library Program: FDLP)を通じた,集中処理に基づく政府情報アクセス制度を擁護している。しかし現実には,各政府機関が自分のウェブサイトで情報提供を進めるにつれ,GPO・FDLPの存在意義が問われるようになってきている。GPOの中でFDLP運営を担う政府刊行物監督官(Superintendent of Documents: SuDocs)関連の予算は,2001会計年度には200万ドルも減額され,SuDocsは印刷物のFDLPへの提供を大幅に削減することを余儀なくされた(5)。
さらに,連邦議会傘下の会計検査院(General Accounting Office)は2001年3月に,(1)政府刊行物をすべて電子媒体に切り替える方策,(2)既存のFDLP機能をGPOから議会図書館へ移行する方策,についてメリット・デメリットを列挙した上,(2)の移行が実現した場合の検討事項にも言及している(6)。これらの提案が近い将来実現に至るか否かは別にしても,GPOやFDLPが既存の制度のまま存続するのは難しい,という見方が政府内部で強まっているように思われる。
3.電子政府への道筋
NCLISによる報告書発表後の2001年5月,リーバーマンらの主導により「電子政府法案(E-Government Act of 2001, S. 803)」が連邦議会に提出された(CA1398参照)。この法案は,連邦政府全体の情報政策責任者(Federal Chief Information Officer: Federal CIO) を行政管理予算局(Office of Management and Budget: OMB)に置くなど,連邦政府の情報・サービス提供において電子技術を効果的に活用することをねらいとするものである。特に政府情報へのアクセスに関しては,既存のポータルサイト”FirstGov”(7)を改良するかたちで新たなポータルサイトを構築し,電子情報の目録作成や保存体制についても改善を図るとしている(8)。もっとも,NCLIS報告書で提言されたPIRAにはまったく言及していないなど,この電子政府法案はNCLIS報告書の影響をあまり受けていないようである。
ところが,”September 11th”の同時多発テロの影響で,この法案をめぐる審議はしばらく停止を余儀なくされた。2002年3月に入って審議が再開され,6月27日に法案は修正を経て上院を通過した。修正の主な内容は,OMB内に電子政府部(Office of Electronic Government)を設立し, 当初予定されていたFederal CIOに代わるものとして電子政府部の責任者を位置づけた,という点である(9)。
もっとも,現在の連邦議会では「国土安全保障省(Homeland Security Department)」の新設が優先的議案となっているため,電子政府法案は下院では審議されることなく2002年秋までには廃案となるだろう,との声もある(10)。
4.”September 11th”の影響
”September 11th”の同時多発テロ,およびそれに続くブッシュ大統領の「テロへの戦争( War on terrorism)」宣言により,「情報政策にかかわる多くの課題は,アクセスやプライバシーの問題ではなくセキュリティの問題として再定義されている」と情報政策研究の第一人者マクルーア(Charles R. McClure)は指摘する(11)。
特に問題となっているのが,2001年10月26日に成立した米国愛国者法(USA Patriot Act, Public Law107-56)である。これは既存の15以上の法を「改正」するものだが,具体的には,通信傍受の対象を従来の有線電話から電子通信へ拡大すること(インターネットについては,IPアドレスの傍受を認めるが通信内容そのものの傍受は認めない),また外国人による諜報活動に関しては,図書館利用記録を含めたいかなる記録も捜査対象となること,などが規定されている。
この米国愛国者法の影響として,米国憲法修正第1条に基づく言論の自由や,プライバシーの権利,情報探索の権利などが失われる,といった懸念が示されている。愛国者法に基づき,連邦捜査局(FBI)職員による図書館利用記録の調査も現に各地で行われている。これに対し,米国図書館協会(American Library Association: ALA)は愛国者法の下でも図書館は利用者の秘密を守る責任があると強調している。またALAは各図書館に対し,FBI職員による調査を容認する前に,こうした調査が法律上妥当かどうかについて自機関もしくはALAの法律顧問に相談するよう呼びかけている(12)。
さらに各政府機関の反応は,政府情報へのアクセスを弱める効果をもたらしている。例えば,テロリストに悪用されかねないとの理由で,発電施設の詳細情報,化学物質による汚染の可能性がある地域の情報などが政府ウェブサイトから削除されている。こうした動きに対しては,OMBほか政府機関の活動を監視する公益団体OMB Watchが,「ウェブサイトから削除された政府情報」に関する調査結果を公開している(13)。
おわりに
政府情報の提供が印刷物によるものからウェブサイトを経由するものとなり,利用者の要求に迅速・柔軟に応えることができるようになった反面,永続的アクセスや「デジタル・デバイド」への対応といった課題にどう応えるかは未だ模索の段階にある。そのような不安定な状況下,”September 11th”と「テロへの戦争」という事態に直面し,安全保障が声高に叫ばれる現在,政府情報へのアクセスは危機に瀕していると言えるかも知れない。シューラーはエンロン社の会計スキャンダルを踏まえ,こうした状況においても情報の秘匿よりも開示が最終的には国民の信頼を勝ち取るはずだと強調している(14)。「情報を得た市民(informed citizen)による統治」という民主主義の原則が堅持されるかどうか,今後もアメリカの動向に注目を続けていきたい。
東京大学大学院教育学研究科:古賀 崇(こがたかし)
(2)I(2)U.S. National Commission on Libraries and Information Science. A comprehensive assessment of public information dissemination. Final report. Vol. 1. [http://www.nclis.gov/govt/assess/assess.vol1.pdf] (last access 2002.7.14)
(3)Perritt, Henry H., Jr. NCLIS assessment of public information dissemination: some sound ideas tarnished by defense of obsolete approaches. Gov Inf Q 18(2) 137-140, 2001
(4)Shuler, John A. Beyond the depository library concept. J Acad Librariansh 27(4) 299-301, 2001
(5)U.S. General Accounting Office. Information management: electronic dissemination of government publications. 6-7, 2001 [http://www.gao.gov/new.items/d01428.pdf] (last access 2002.7.14)
(6)ibid.
(7)FirstGov. [http://www.firstgov.gov/](last access 2002.7.14)
(8)U.S. Senate Committee on Governmental Affairs. Lieberman, Burns unveil “next generation government”: E-Government Bill would improve access of citizens to government services and information. [http://www.senate.gov/~gov_affairs/050101_press.htm] (last access 2002.7.14)
(9)U.S. Senate Committee on Governmental Affairs. Lieberman hails passage of E-government legislation. [http://www.senate.gov/~gov_affairs/062702egovpress.htm] (last access 2002.7.14)
(10)Hasson, Judi. E-gov bill heads to House. Federal Computer Week 2002.6.28 [http://www.fcw.com/fcw/articles/2002/0624/web-egov-06-28-02.asp]
(11)McClure, Charles R. Federal information policy issues: update and overview. Proceedings of Information Strategies 2001 Annual Conference, Florida Gulf Coast University, 2001.11.16. [http://library.fgcu.edu/Conferences/infostrategies01/presentations/2001/mcclure.htm] (last access 2002.7.14)
(12)American Library Association. USA Patriot Act.
(13) OMB Watch. Access to government information post September 11th. [http://www.ombwatch.org/article/archive/104/] (last access2002.7.14)
(14) Shuler, John A. Freedom of public information versus the right to public information: the future possibilities of library advocacy. J Acad Librariansh 28(3) 157-159, 2002
古賀崇. 米国連邦政府の電子情報政策―情報アクセスをめぐる議論と”September 11th”の影響―. カレントアウェアネス. 2002, (273), p.13-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1474