CA1473 – 動向レビュー:「子どもをインターネットから保護する法律」と米国図書館協会 / 川崎良孝

カレントアウェアネス
No.273 2002.09.20

 

CA1473

動向レビュー

 

「子どもをインターネットから保護する法律」と米国図書館協会

 

1.米国図書館協会とインターネット(1)

 1990年代の半ばから公立図書館での利用者用インターネット端末の配置は急速に伸び,現在では分館レベルでみても,ごく普通のサービスになっている。もはや通常のサービスになったものの,知的自由に関わる問題も多く生じている。従来の活字資料に関わる知的自由の問題はほとんどがネットワーク上の情報資源に当てはまると同時に,固有の問題が新たに浮上している。現在,特に利用者との関連で争点になっているのは,有害情報(性的に赤裸々な情報など)を遮断するとされるフィルターソフト(filtering software)の扱いである。

 この扱いに関連して,3つのことを確認しておきたい。まず米国図書館協会は憲法の保護下にある情報をブロックするフィルターソフトの導入をいっさい認めていない。次に利用者用の全インターネット端末にフィルターソフトを導入したヴァージニア州ラウドン(Loundon)公立図書館の場合,1998年に連邦地裁は公立図書館を制限的(limited)パブリック・フォーラムと把握し,図書館の措置を違憲とする判決を下した。最後に1997年に合衆国最高裁は,「通信の品位に関する法律(Communications Decency Act: CDA)」を違憲とした。そしてインターネット上の資源や情報は,米国憲法修正第1条の最も高度な保護,すなわち活字資料と同じ扱いを受けると判示した。この2つの判決は,米国図書館協会にとって満足できるもので,『図書館の権利宣言』を強めるものであった。

 

2.「子どもをインターネットから保護する法律」

 しかし連邦や州はインターネットへの規制について多様な試みを行い,2000年12月に連邦レベルで「子どもをインターネットから保護する法律(Children’s Internet Protection Act: CIPA)」が成立した。同法は直接的に学校図書館や公立図書館に甚大な影響を与える内容であった。この法律の組立ては複雑だが,公立図書館に絞って概略を示しておく。CIPA§1721は,1934年連邦電気通信法(47 U.S.C.§254(h))に依拠する,いわゆるE-rate(教育用割引料金)を得るための条件を示しているが, そこに新たに254(h)(5)と254(h)(6)として組み込まれた。前者は,学校(学校図書館)への補助の条件,後者254(h)(6)は公立図書館への条件を示している。公立図書館への補助の対象となるサービスは「インターネット・アクセス,インターネット・サービス,あるいは内部接続(internal connections)」(254(h)(6)(A)(ii))である。続いて問題となる中核部分は次のようである。未成年者(17歳未満)について(254(h)(6)(B))は,「猥褻」,「チャイルド・ポルノグラフィー」,「未成年者に有害な(harmful to minors)」資料をブロックするために,保護技術手段(technology protection measure:フィルターソフト)を組み込み,決して外してはならない。次に成人の場合(254(h)(6)(C)),「猥褻」,「チャイルド・ポルノグラフィー」をブロックするためにフィルターソフトを用いるが,「本物(bona fide)」の研究について,図書館は利用者の求めに応じてフィルターソフト(当該サイト)を解除できる。

 ところで,家庭,学校,職場でコンピュータに接しない人にとって,公立図書館はインターネットへの第1位のアクセスポイントである。また1996年電気通信法の改正によって,連邦議会はE-rateプログラムを設け,「電気通信サービスへの安価な(affordable)アクセスを保障」(47 U.S.C.§254(h))しようとした。2000年12月の時点で,公立図書館はこのプログラムの開始時から約2億ドル相当の割引きを得ていた。2000年当時,約半数の公立図書館が補助を得ていたが,貧しいコミュニティほど補助を得ている比率は高かった。

 すなわちE-rateは,情報格差をなくす,『図書館の権利宣言』を実質化するという図書館界の取り組みを,現実に資金面で援助していたのである。それがCIPAによって,連邦は補助に付帯する条件という形で内容制限を課することで,憲法の保護下にある資料へのアクセスを保障するという公立図書館の理念に,立ち向かってきたのである。

 

3.CIPAへの米国図書館協会の対応と裁判(2)

 米国図書館協会は2001年1月の冬期大会で,『連邦がインターネットへのフィルターソフト装備を強制することに反対する決議』(3)の採択,および提訴の決定をした。実際の提訴は3月20日で,国を相手取り,CIPAを憲法違反として差止による救済(injunctive relief)を求めている。7月26日,連邦地裁は差止命令を発行し,翌2002年5月31日には長文の判決を下してCIPAの執行を永久に差止めたのである。被告国側は,6月20日に合衆国最高裁に飛躍上告した。

 連邦地裁の判決の重要点は以下である。

  • 公立図書館におけるインターネット・アクセスの提供を制限的パブリック・フォーラムと位置づけ,そこでの内容制限に厳格審査を適用した。
  • もともとが私的な言論を奨励するフォーラムの場合,補助金を理由とする内容制限は許されない。
  • 猥褻やチャイルド・ポルノグラフィーのブロック,また未成年者を有害な資料から守ることに,政府はやむにやまれない利益(compelling government interest)を持つ。
  • そうした利益の達成について,フィルターソフトは憲法の保護下にある大量の資料をブロックし,CIPAの立法意図に沿うように狭くは設定されていない。
  • フィルターソフトに代わるいっそう制限的でない措置(例えば児童室に限定してのフィルターソフトの導入,プライヴァシー・スクリーンの装備など)があるのに,何らの検討もしていない。
  • フィルターソフトの解除規定があるとしても,言論に萎縮効果を生じ,何ら同法を救うものではない。

 このように地裁判決は原告を全面的に支持した。インターネット・アクセスの提供を制限的パブリック・フォーラムとして内容制限を禁じたのだが,その前提には公立図書館の利用自体がすべてに開かれている制限的パブリック・フォーラムであるという考えがあり,両者が合わさることで,公立図書館および,公立図書館でのインターネット・アクセスの提供の意味が深められた判決であった。

 最高裁の判決が待たれるが,公共図書館について制限的パブリック・フォーラムという位置づけは,1990年以降の裁判で蓄積されてきている(4)。図書館界にとっては裁判所による公立図書館の社会的認知という点で重要だが,いまやこの位置付けは「守らねばならない」下限という意味合いを高めている。

 

京都大学大学院教育学研究科:川崎 良孝(かわさきよしたか)

 

(1) 川崎良孝ほか 図書館・インターネット・知的自由 京都大学図書館情報学研究会 2000. 207p:川崎良孝ほか インターネットと知的自由:ネブラスカ州全公立図書館調査(2000年11月)京都大学大学院教育学研究科図書館情報学研究室2001. 88p
(2) 裁判については,[http://www.ala.org/cipa/] を起点にするとよい。以下は図書館協会の訴状と地裁判決を示すにとどめる。Complaint for Declaratory and Injunctive Relief, Mar. 20, 2001.[http://www.ala.org/cipa/cipacomplaint.pdf](last access 2002.8.13): American Library Association v. United States. [http://www.paed.uscourts.gov/documents/opinions/02D0415P.HTM](last access 2002.8.13)
(3) Resolution on Opposition to Federally Mandated Internet Filtering. Newsl Intellect Freedom Mar. 2001 47, 2001
(4) 前田稔 パブリック・フォーラムと公立図書館図書館・図書館研究を考える:知的自由・歴史・アメリカ 京都大学図書館情報学研究会 2001.p.189-266

 


川崎良孝. 子どもをインターネットから保護する法律」と米国図書館協会. カレントアウェアネス. 2002, (273), p.11-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1473