E2717 – 3D模型で支援する「百聞は一“触”に如かず」

カレントアウェアネス-E

No.484 2024.07.25

 

 E2717

3D模型で支援する「百聞は一“触”に如かず」

鶴見大学文学部・元木章博(もときあきひろ)

 

  全盲で盲学校教諭であった故・桜井政太郎氏によれば「百聞は一“触”に如かず」である。様々な図書館において点字図書やDAISY図書、大活字本、UD絵本等による視覚障害者に対するサービスが提供されている。しかし、図書館の現在のサービスは、視覚障害者の「知りたい」に対して十分に応えられている訳ではない。パースペクティブに基づき制作された平面図は、立体と認識するには高度な解釈の力が必要で、先天の視覚障害者が触察する際には難易度が非常に高い。例えばUD絵本では、描かれた物の感触は材質で伝わる場合があるが、立体としての物全体の形を認識することは出来ない。そこで、元木研究室では視覚障害者に対する新しい図書館資料の一つとして、3D模型の可能性を模索した。本稿では、3D模型を活用し日本各地で開催している当方が支援した触察イベントの概要を紹介する。

●3D模型の概要と種類

  3D模型は3Dプリンターを用いて制作し、その出力用データは、インターネット上で公開されているものや、学生や当方が制作したものを利用している。3D模型の大きな特徴は、触れて形を確かめられることである。本来はもっと大きなものや小さなものを手のひらサイズに調整したり、複数の参加者向けに複製したりすることができる。

  晴眼・視覚障害を問わず、多くの人は3D模型に馴染みが無いことが多いので、先ずは「知ってもらうこと」を最優先に考えている。触察イベントの際には、特定のテーマに絞らず、様々な種類の3D模型を並べるように心掛け、開催場所や時期に因んだ物を適宜追加している。例えば、2024年8月開催の触察イベントであれば、同時期に開催予定のパリのオリンピック・パラリンピックに因み、エッフェル塔や凱旋門の3D模型、パリ市街やマラソンコースの触地図を加えている。

●イベント開催状況

  2022年から、視覚障害当事者を参加対象として、主に点字図書館や盲学校での取り組みを始めた。最近は公共図書館や学校図書館でも開催している。最近の触察イベントを以下に紹介する。

  視覚障害者情報提供施設での事例は、2024年6月15日に川崎市視覚障害者情報文化センターで開催された「東京・神奈川の「触る」有名建物展」である。横浜ランドマークタワー、東京スカイツリー、東京都庁第一庁舎等の模型や、世界遺産等の立体地図を展示した。当事者の参加者が多く、終日盛況であり、盲学校や障害者福祉協会の視察もあった。3D模型や立体地図、触図の説明は学生と当方総勢8人で行った。このイベントが好評であったことを受け、次の会を8月30日に開催するべく、出展用新規データ制作や3D模型の印刷を開始したところである。

  公共図書館での事例では、2024年5月25日に江東区立東陽図書館で開催された「触って学ぶワークショップ「触れる博物館」」が挙げられる。都内の有名な建造物の3D模型を触りながら、建造物や3D技術に関する講義を聞くワークショップを実施した。

  同年6月22日と23日に山形県立図書館で開催された「読書バリアフリー推進のための企画展示・体験会」は、公共図書館と点字図書館が連携した企画展であった。縁の下の力持ちとして、当事者団体である山形市視覚障害者福祉協会の協力も得て、三機関が連携して開催できたことは特筆に値する。

●参加者の声

   “手”から鱗。これは、触察イベント参加者の「目から鱗」になぞらえた言葉である。他にも、「触れると現地に行ってみたくなる」や「型にふれてそのものの実像が見えてきた」、「〇〇城に行って3D模型に触れながら、観光ボランティアの解説を受けたい」といった声が寄せられ、3D模型の触察が具体的なイメージの持ちやすさに繋がったことが伺える。

  また、2023年10月28日、視覚障害者ら有志22人が、北海道北広島市のプロ野球日本ハムファイターズ本拠地である「エスコンフィールドHOKKAIDO」に集まり、球場の3D模型に触れながら、ファイターズガールの案内で球場内を見学した。参加者から「実際に触れてみて、選手がここで野球をやっているのか、とじかに感じられた。観戦にも来たい。」と感想が得られた。

●今後の展望

  大きく二つある。一つは、「知ってもらう」ために、図書館での触察イベント開催を支援していくことである。3D模型による情報保障手段は、まだまだ知られていない。これからも、すそ野を広げていきたい。

  もう一つは、視覚障害者の「ニーズ」ではなく、まず「ウォンツ」に応えていくことである。例えば「シドニーのオペラハウスの形を確かめたい」といった具体的な希望(ウォンツ)に対応することで「世界遺産に触れてみたい」という潜在的な目的(ニーズ)も満たしていきたい。そのためには、3Dプリンター等を設置し、3D印刷サービスを提供する図書館が増え、イベントが企画されることが望ましい。今後も触察イベントの開催の支援や3Dデータ制作に取り組んでいきたい。

Ref:
“博物館について”. 桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館. 2013-02-25.
https://tedemil-hakubutukan.asablo.jp/blog/2013/02/25/6730566
“「ふれあいプラザかわさき」の触察模型が寄贈されました”. 川崎市視覚障害者情報文化センター.
http://www.kawasaki-icc.jp/news/index.html#20240703
“触って学ぶワークショップ「触れる博物館」開催”. 江東区立東陽図書館広報誌「TOyo LIbrary POSt -とりぽす-」. 江東区立東陽図書館. 2024, vol. 2, p. 1.
https://www.koto-lib.tokyo.jp/c1/bib/pdf10570.pdf
“読書バリアフリー推進のための企画展示・体験会について”. 山形県. 2024-06-14.
https://www.pref.yamagata.jp/701004/20240614.html