カレントアウェアネス-E
No.484 2024.07.25
E2716
地域の記憶を未来へ:秋田8ミリフィルム・アンソロジーの活動
秋田公立美術大学・石山友美(いしやまともみ)
秋田県内の各家庭に眠っている8ミリフィルムを収集する「秋田8ミリフィルム・アンソロジー」なるプロジェクトがスタートしたのは今から5年ほど前のことである。偶然、大学の近くで50年以上前に撮影された8ミリフィルムと出会い、そこに記録されたかつての街の様子に感動し、もしかしたらこうした映像が他所にもあるのではないか?と思ったのがきっかけだった。
8ミリフィルムは昭和期に広く一般に普及した映像メディアであるが、昭和50年代からは、ビデオの台頭とともに減少していき、その後、デジタルメディアが一般に普及した現在では、廃棄と散逸が急速に進んでいる。そもそも、8ミリの映像を再生するためには、専用の映写機が必要であり、フィルムを所有していても、映写機が壊れるなどして見ることができない人も多い。そこで、8ミリフィルムを所有している人たちへ、私たちが映写機を持参してまずは一緒に映像を見る、よければ、フィルムをデジタル化しDVDにして渡す、その代わり映像自体は上映会などで使わせてもらう、という旨の呼びかけを行ったところ、2024年の時点で100件以上の応募があった。現在も学生たちとともに、応募があった県内全域の各家庭を訪れ、フィルムを一緒に見て内容について聞き取りをしながら8ミリの収集を進めている最中である。
これまで集まってきたフィルムは、古くは1935(昭和10)年頃、新しいもので1989(平成元)年のもので、内容や場所も多岐にわたる。農作業や油田掘削、祭りや地域の行事など、秋田における郷土史の一端を伝えるものがある一方、多くは冠婚葬祭や子供の成長譚といった家族の記録、いわゆるホームムービーである。
収集のさなか、皆で映像を見ていると自然と顔がほころぶが「わざわざ来てもらったのに、こんなもの何の役にも立たないねぇ」と気の毒そうに私に声をかける人もいる。確かに何かの役に立つのかと問われれば答えに窮する。けれども、これまでの活動を通して行ってきた聞き取りのなかで、日常に潜む小さなドラマに心奪われることの、なんと多かったことか。例えばある日、小さな男の子がはしゃぐ姿を捉えるなんの変哲もない8ミリに出会った。しかし、聞き取りを進めてみると、その男の子は、その後若くして亡くなったのだと、寂しそうに、そして懐かしそうに、でも愛する者が不在である苦しみからはとうに解き放たれた様子で、年老いた母親が淡々と話すのである。私はハッとして、そのフィルムが大事に押入れの奥にしまわれていた数十年に想いを馳せる。そして決してニュースにはならないような出来事の記録を介して、人の心に触れることができたと感じる。
こうした出会いの実感をどうにか人に伝えたいと、収集したフィルムの上映会を定期的に行っている。直近では、2024年3月に開催し、7月末にも予定がある。鮮明な高画質の映像に慣れてしまった私たち現代人にとって8ミリを観る体験はどんなものだろうか、と不安とともに上映会に挑むが、暗闇にぼんやりと浮かぶ像はその解像度に似合わず雄弁である。8ミリの映像が契機となって多くの思い出話が会場を行き交う上映会場の空間は多幸感に包まれている。
しかし、こうした上映会を重ねるうち、「今は施設に入っている父母に見せてあげたかった」というような感想が多く寄せられるようになった。上映会だけでは、この映像を届けることができない人たちが沢山いるのだと実感し始めた頃、秋田市立図書館の司書さんたちと、この8ミリフィルムの将来について考える機会を得た。収集したフィルムはもとより私自身の私物ではないが、年月を経て、撮影者やフィルムの所有者だけのものでもなく、これはいわば秋田の人たちの「公共財」なのだと実感するに至っていた頃でもあった。
各家庭に眠っていた8ミリを、ではどのように「公共財」としてオープンにシェアしていくか。一つの手がかりとして、著作権や肖像権などの権利問題をクリアにしながら、映像のいくつかをDVDとして制作し2023年5月より秋田市内の図書館で貸し出すことを始めた。2024年7月の時点でDVDは4巻となり、今後も準備ができ次第増やしていく予定である。DVDは、個人の視聴はもちろんのこと、自主上映会での使用も非営利であれば問題なく可能である。そして、こうした資料公開とともに進めているのが、普及活動である。これまで、地域の高齢者が講師となって昔の手遊びを子供たちに教えてもらうワークショップや昭和期の文学作品の朗読会、加えて、認知症の回想療法に8ミリを活用する研究の報告会等々のイベントを市立図書館と協働で企画してきた。どれも好評で、着実に8ミリフィルムの存在が市民に浸透してきていると実感している。
秋田は日本一高齢化が進む地域だ。ネガティブに捉えられがちな高齢化社会の中で、人知れず廃棄されていく過去のもの、忘れ去られていく記憶。しかし、それらは忙しい現代生活の中で多くの気づきをもたらす宝の山である。8ミリの尊さというのは、単に古いものが貴重だという話ではない。8ミリにはマスメディアの捉えることができない人々の日常の生活の営みが記録されており、異なる時代に懸命に生きる「他者」の記憶に触れることができる。そして、そこには多様な価値観が渦巻く現代社会を生きるヒントが確かに存在している。そうした時間を多くの人、未来の誰かへと届けるため、今日も奔走している。
Ref:
“【地域連携】秋田8ミリフィルム・アンソロジー特別企画「昭和の遊び」「昭和の物語」”. 秋田市文化創造館.
https://akitacc.jp/event-project/0107-0226akita8mmfilm_ws/
“認知症回想療法と8ミリフィルム(8ミリフィルム上映+トークイベント)”. 秋田市文化創造館.
https://akitacc.jp/event-project/8mm240323/
“<レクチャー・ワークショップ>昔の無音フィルム映像に音をつけてみよう!”. 秋田市文化創造館.
https://akitacc.jp/event-project/8mmfilmsound240805/