E1865 – 調布市立図書館におけるディスレクシアの人々へのサービス

カレントアウェアネス-E

No.316 2016.12.08

 

 E1865

調布市立図書館におけるディスレクシアの人々へのサービス

 

  「国際図書館連盟(IFLA)によるディスレクシアの人のためのガイドライン 改訂・増補版」(E1679参照)に当館がベストプラクティスとして掲載された時,「大変なことになった!」と実感した。正直言って「ベストプラクティス」と言われるような充実したサービスをしているという意識は無いからである。

   調布市立図書館(東京都)は,1966年に開館して以来,利用者に育てられ多くの協力者に支えられながら,誰でも利用できる図書館の実現を目指してきた。ハンディキャップサービス(いわゆる障害者サービス)を充実させる活動もその一つである。1970年代に視覚障害者読書権保障協議会から公共図書館の蔵書の開放という要望が出された時期以降,1981年の国際障害者年を経て,当館も視覚障害者を対象としたサービスに力を入れてきた。目の前に具体的な資料を必要とした利用者がいたからである。図書館利用に障害のある人々からの要求に図書館として応えていくためには,音訳や点訳を中心に日進月歩で誕生する様々な機器の情報を取得する必要があった。そして,それによって少しずつ新たな活動が生まれ,現在のサービスへと引き継がれてきた。これは,まさに「調布市立図書館を利用することに障害のある方に対する合理的配慮」を当館全体として行ってきたという歴史にほかならない。

  現在,当館では,図書館利用に障害のある人へのサービスの一つとして,マルチメディアDAISY図書の収集・貸出を行っている。マルチメディアDAISY図書とは,障害により文字情報を理解しにくい方の読書をサポートする機能を持つ電子書籍である。パソコンなどで再生することができ,文章を読み上げる音声に合わせて,画面に文字や画像が表示される。ディスレクシア(視覚や知能に問題はないが読み書きの学習に著しい困難を伴う障害。日本では「読み書き障害」などとも呼ばれている)の方たちの文章理解にとって有効であることが認められている(CA1765参照)。

   2010年の著作権法改正により,「視覚による表現の認識に障害のある者」にも「視覚障害者等のための複製」資料の提供が可能になり,従来利用してきたDAISY図書をディスレクシアの方たちにも提供できるようになった。また,少しずつマルチメディアDAISYが普及し始めてきた。当館は,以前から障害のある子ども達のために布の絵本等のサービスを行っていたが,マルチメディアDAISYも有効な資料であると考えたため,2010年頃から意欲的に収集を始めた。DAISYの開発に携わった方が設立した支援技術開発機構(ATDO)が調布市内に事務所を構えているという縁もあり,障害者や高齢者への情報支援技術について敏感であったためでもある。

   日本障害者リハビリテーション協会,名古屋盲人情報文化センターなどから販売されているもの,伊藤忠記念文化財団わいわい文庫などから寄贈いただいたものなど,現在手に入るものは積極的に収集し,貸出用に整備している。ハンディキャップサービスコーナーの一角に専用のパソコンやタブレット端末を用意して館内利用もできるようにしており,関連のリーフレット等の提供も行っている。2016年11月現在で213点を所蔵しているが,一般の書籍に比べて流通量は圧倒的に少ない。もちろん,他館で所蔵しているものはサピエ図書館(オンライン上の図書館。視覚障害者を始め,障害により文字を読むことが困難な方々に対して,さまざまな情報を点字,音声データなどで提供する。日本点字図書館がシステムを管理し,全国視覚障害者情報提供施設協会が運営を行っているサピエのメインサービス)などを通じて借用したり,ダウンロードしたりして提供している。DAISY図書を自館で製作するためのソフトも導入し,利用者からリクエストされた本のマルチメディアDAISYを職員が音訳者と協力しながら製作する体制も整えつつある。また,図書館の活動とは別に,市内にはDAISY資料の製作と普及を目的とした調布デイジーというグループがあり,活発に活動している。

   しかし,こうしたツールやサービスがあることはまだ広く社会に認知されておらず,利用者は少数である。当館でも市報や「図書館だより」,教育委員会発行の広報物,コミュニティラジオや市職員・学校司書向けの研修会など様々な機会を通じてPRをしているものの,必要な情報が読書に障害のある方へなかなか行き届かないという問題を抱えている。

   2016年8月にガイドラインが更新され,「りんごの棚」で知られる川越市立図書館(埼玉県;E1849参照)とともに,引き続きIFLAのガイドラインに当館の事例が掲載されている理由を考えてみると,これには,当館をもっと奮起させるという意味があるのではないだろうか。また,もしかすると日本の多くの図書館が,まだこうしたサービスを実施することができていないという状況だからなのかもしれない。

   ガイドラインへの掲載によってか,マルチメディアDAISY図書についての問い合わせが当館に舞い込むようになった。近隣図書館を始め地方の図書館や市外の住民の方,また,埜納タオ氏が『夜明けの図書館』(E1252参照)の4巻でマルチメディアDAISYを取り上げる際には,担当編集者からの取材も受けた。少しずつマルチメディアDAISY図書についての理解が広がってきているのを感じる。当館でも,もっとこういった情報や資料が一人でも多くの読書を苦手と感じている人に行き届くように努力をしていかなければならないと思う。

   そういう意味では,ガイドラインに掲載された効果というものが,出始めているのかもしれない。

調布市立図書館・海老澤昌子

Ref:
http://www.ifla.org/files/assets/lsn/publications/guidelines-for-library-services-to-persons-with-dyslexia_2014.pdf
http://www.ifla.org/node/9667
http://ci.nii.ac.jp/naid/110009454113
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/glossary/DAISY.html
http://www.normanet.ne.jp/~jdc/
http://www.normanet.ne.jp/~atdo/
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/
https://www.e-nakama.jp/niccb/public/public.htm
http://www.itc-zaidan.or.jp/ebook.html
http://www.chofu-daisy.org/
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027283043-00
E1679

E1849
E1252
CA1765