カレントアウェアネス-E
No.313 2016.10.20
E1849
川越市立高階図書館における「りんごの棚」への取り組み
川越市立高階図書館(埼玉県)では,障害者サービスの一環として「りんごの棚」を設置している。その経緯は障害者保健福祉研究情報システム(DINF)に当館職員が寄稿した記事「特別なニーズのある子どものためのコーナー「りんごの棚」を設置しました」に詳しい。「りんごの棚」とはスウェーデンで行われているインクルーシブな図書館サービスの一つで,全ての子どもに読書の喜びを知ってもらうための取り組みである。当館の「りんごの棚」はこの取り組みを参考にして2014年から始めた。そして2016年の8月に更新された国際図書館連盟(IFLA)の「ディスレクシアの人のための図書館サービスのガイドライン改訂・増補版」に成功事例として取り上げられた。成功事例というと特別なことを行っているように聞こえるが,実際のところは自分たちでできることを少しずつやっているだけで,やる気さえあればどこの図書館でも始められることばかりである。本稿では当館での「りんごの棚」の取り組みについて紹介する。
一般室の開架フロアに設置してある「りんごの棚」には,誰もが読書を楽しめるように多様な資料を揃えている。大活字本,布の絵本,点字つき絵本,マルチメディアDAISY,LLブックなどといった「特別なニーズのある」子どもが楽しめる資料を中心に,障害のある子どもが登場する絵本や児童書,大人向けに書かれたさまざまな障害を知るための資料も置いている。
利用に関しては,障害の有無に関わらず,全体的に大人の利用が目立ち,子どもが棚の前で本を選んでいる姿はあまり見られない。具体的には,乳幼児を連れた家族が布絵本を借りたり,わかりやすい料理本を探している女性がLLブックを見たりしている。障害を知るための資料では,学習障害やADHDについて書かれた資料の貸出が多く,児童向けの手話や点字などの資料はあまり借りられていない。
現在,当館で課題となっているのは,「りんごの棚」と潜在的利用者をいかに結びつけるかということである。それには,「りんごの棚」を知ってもらうこと,そしてどの資料がどのような利用者のニーズに適しているのかを示す必要があると考え,「りんごの棚」のコンセプトを知ってもらうべくリーフレットを作成した。大人に向けて文章で説明したものと,子どもにもわかるように写真で紹介したものの2種類を用意した。加えて,こうしたリーフレットを図書館に置くだけでなく,機会を見つけては市内の小中学校の関係者にも配布しその存在を知ってもらうよう努めた。その際には可能な限り実物を見てもらうようにした。例えばマルチメディアDAISYは音声情報と文字情報等を同時に再生できるためディスレクシアの人にとってわかりやすいとされている電子図書だが,実際に見てもらわなくてはその特徴が伝わらない。マルチメディアDAISYの利用は少ないのが現状であるが,学級訪問などで直接資料に触れてもらうことで興味を示す子どもが現れるかもしれず,こうした図書館からの働きかけは継続的に続けていく必要がある。
当館の取り組みは,まだ見ぬ利用者に向けて図書館からアピールしている段階であるが,今後は資料の点数や種類を増やしていく予定である。それに伴って,「りんごの棚」は誰のための棚なのかが不明瞭になる恐れが出てくる。障害の種類によって読書に最適な資料形態は異なるし,子どもが自分で読む本もあれば大人向けの本もある。一般室と児童室のどちらに棚を置くほうがよいのかも考慮する必要がある。「りんごの棚」の目指すべきところはどこにあるのか。それについては,実際の利用者に合わせて「りんごの棚」を育てていくのがよいのではないかと考えている。一人ひとりの利用者に合わせて個別に対応することが障害者サービスでは大切であることを考えれば,自館の利用者に合わせた棚作りをするのがよいように思う。
これから「りんごの棚」を作ってみようとする図書館があるならば,他館の取り組みを参考にしつつ,自館の利用者の顔を思い浮かべながら棚を作ることをお奨めする。それぞれの図書館の実情に即した,多種多様な「りんごの棚」が全国の図書館に広がることを期待する。
川越市立高階図書館・鶴巻拓磨
Ref:
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/library/kawagoenishi_1602.html
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/ifla/jenny_nilsson/appelhyllan.html
http://www.ifla.org/node/9667