E1850 – THORプロジェクト報告書:分野別データベースへのORCID統合

 

カレントアウェアネス-E

No.313 2016.10.20

 

 E1850

THORプロジェクト報告書:分野別データベースへのORCID統合

 

 2016年8月,THOR(Technical and Human Infrastructure for Open Research)プロジェクトが分野別データリポジトリでのORCIDを用いた統合に関する報告書を公開した。本稿では,同報告書について紹介する。

 THORプロジェクトは欧州委員会(EC)による研究・イノベーションに関する資金助成を行う枠組みプログラムであるHorizon2020の助成を受けた30か月間の時限プロジェクトで,2015年6月に開始された。ODIN(ORCID and DataCite Interoperability Network)の後継として位置付けられ,研究者等の永続的識別子であるORCIDによって学術プラットフォーム上で研究論文とデータと,その著者・作成者とのシームレスな統合をはかるための開発や支援を行っている。パートナー機関は英国図書館(BL),オーストラリア国立データサービス(ANDS),欧州原子核研究機構(CERN),DataCite(CA1849参照),Dryad,欧州分子生物学研究所の欧州生命情報学研究所(EMBL-EBI),Elsevier社,ORCID Inc.(CA1880参照),PANGAEA,PLOSと図書館,研究機関,データリポジトリから出版社まで10機関である。

 同プロジェクトは以下の4点を目標に掲げている。

 1. 相互運用性の確立(Establishing interoperability)
 2. サービスの統合(Integrating services)
 3. 組織的な能力強化(Building capacity)
 4. 持続可能性の実現(Achieving sustainability)

 本報告書では,同プロジェクトの一環として,パートナーでもある学問分野の異なる3機関(EMBL-EBI:生命科学,PANGAEA:地球環境科学,CERN:高エネルギー物理学)がそれぞれのデータベースにORCIDを組み込んだ事例を紹介している。

 ORCID統合においては,各サービスでORCIDを介した認証を行う必要があり,異なるサービス間で情報を受け渡すためOAuth 2.0によるORCID RESTful APIを用いた認証を行っている。ORCID統合が実現すると,キーワード検索等の際に起きる同名の他者の選択といった名寄せに関する課題の解決をはかることができ,更にORCIDレコードの情報やその他の研究者のプロフィール情報の検索が容易になる。研究論文情報はORCIDの業績リストに記載することで各研究者に関連付けられるが,同様に,ORCIDを研究データ提出のワークフローに組み込むことで,データセットと作成者のクレジットとを明確に結びつけることができる。

 成果は大別して2点,実装された開発成果と,同プロジェクトが掲げる目標達成の端緒となる成果とが紹介されている。前者は,現在一般に提供されているサービスにおいて,ORCID IDをメタデータに統合させた事例である。EMBL-EBIでの生命科学分野の中核となるデータベースにおいてORCID認証を実現するためのツールの開発,PANGAEAでの既存の研究者プロフィールとORCID IDとの連携,CERNでの高エネルギー物理学分野のハブとなるデータベースINSPIREへ研究データを提出する際のORCID認証の実装等が紹介されている。しかし,異なるデータリポジトリを用いている研究者のためには,THORに参加していないデータプロバイダとの連携が必要,と指摘している。後者の,プロジェクト目標に係る成果は,研究論文投稿と研究データ提出のワークフローにORCID IDをどのように組み込むか,という事例及び議論である。それぞれEMBL-EBIはPLOS,PANGAEAは出版社,CERNはarXivといった出版者やプラットフォームと協働してORCID IDをサービスに組み込むための取組を行っている。これらの技術的な成果はGitHub等で公開されている。3機関は,分野だけでなくデータベースの構造や管理運用方法,既にORCIDとの連携を実施しているかどうか等の相違があり,今後ORCID統合を実施する他機関のケーススタディとなる,とされている。

 同プロジェクトを推進するためにはORCID IDの認証への対応が実現できていない共著者への対応,多くの出版社や関係者との調整が必要であり,学術情報流通に携わる様々な機関と協働することが求められている。本報告書では,システムやサービスにORCID統合を実現するための人的リソースに課題があり,技術と人的基盤の両面でのサポートと同プロジェクトの成果を広く伝える必要性を述べている。

日本原子力研究開発機構・熊崎由衣

Ref:
https://zenodo.org/record/58971/files/de-Mello_THOR_ORCID-Integration.pdf
https://project-thor.eu/
https://project-thor.eu/the-thor-mission/
https://project-thor.eu/2016/08/03/year-1-in-review/
https://ec.europa.eu/programmes/horizon2020/
http://odin-project.eu/
https://project-thor.eu/2016/08/24/orcid-integration-series-embl-ebi/
https://project-thor.eu/2016/08/10/orcid-integration-in-pangaea/
https://project-thor.eu/2016/08/17/orcid-integration-series-cern/
http://doi.org/10.1241/johokanri.59.19
CA1849
CA1880