カレントアウェアネス-E
No.316 2016.12.08
E1866
英国の大学図書館における利用統計の活用調査報告
本稿では,英国における電子リソースの利用統計サービス,およびその活用事例について報告する。本報告は,平成28年度国立大学図書館協会海外派遣事業の助成を受け,筆者が2016年9月27日から29日にかけて実施した,英国のJisc,インペリアル・カレッジ・ロンドン,ロンドン大学バークベック校の3機関へのインタビュー調査にもとづいている。
Jiscが出資・運営し,電子ジャーナル・電子ブックの利用統計を一元的に提供するJisc Usage Statistics Portal(JUSP)の現状と課題,上記2校を含む参加機関がJUSPを活用することで,各図書館においてどのような業務改善がもたらされたかについて,インタビュー調査を行った。
JUSPは2008年にプロトタイプ作成,2010年にシステム開発が行われ,2012年にサービスが開始された。2016年11月の時点で,約200機関と80の出版社が参加している。その最大の特徴は,複数の出版社の利用統計データを,ひとつのサイトで提供している点である。参加機関は各出版社から個別に利用統計データを収集する手間のみならず,出版社とアグリゲータといった複数のサイトから提供された場合,それらを合算する手間も省力化できる。
各データはCOUNTER(CA1512参照)に準拠し,SUSHI(E419参照)サーバを通じて出版社から収集される。出版社の対応状況によっても異なるが,利用できるCOUNTERレポートは,電子ジャーナルについてJR1(月別・ジャーナル別フルテキスト論文リクエスト成功件数),JR1a(月別・ジャーナル別バックファイルのフルテキスト論文リクエスト成功件数),JRGOA(月別・ジャーナル別ゴールドオープンアクセスフルテキスト論文リクエスト成功件数),電子ブックについてBR1(月別・タイトル別タイトルリクエスト成功件数),BR2(月別・タイトル別セクションへのリクエスト成功件数),BR3(月別・タイトル別および分類別コンテンツアイテムのアクセス拒否数)である。
その他,JUSPの特徴としてSCONUL returnを利用する図書館も多い。SCONUL returnは,英国の高等教育機関の図書館が毎年,英国国立・大学図書館協会(SCONUL)に提出する統計レポートである。各参加機関はJUSP内の専用メニューからSCONUL returnのデータをダウンロードできる。このメニューでは対象期間を学年暦で指定でき,またアグリゲータと出版社を分けて表示させることができる。
JUSP開発の背景には,電子リソース管理業務において,各図書館が利用統計をエビデンスとして活用していることがあげられる。調査のなかで選書や購読手続業務のみならず,利用動向の把握や電子リソースサービス改善のためなど,多岐にわたって統計情報が活用されている事例が紹介された。
統計情報取得のために必要なタイトルリストや契約情報は,英国のナレッジベースであるKB+(CA1860参照)から提供されている。これにより自館のコア雑誌がハイライトされ,自館の契約であるか否かを区別することが可能になる。また,JUSPで利用できるレポートのひとつ,View usage of titles and dealsレポートでは,JR1の中から出版社や期間を指定して自館の契約分のみを抽出することができる。タイトルリストはKB+や各出版社から随時,更新されるため,各図書館でタイトルリストを保持する必要はない。
利用統計を収集・分析するためのツールはJUSPのみに限られたものでなく,電子情報資源管理システム(ERM)や図書館サービスプラットフォーム(LSP;CA1861参照)の機能として備わっていることも多い。これらを利用する図書館,たとえばインペリアル・カレッジ・ロンドンではLSPとしてEx Libris Almaを導入しており,自館用の利用統計についてはAlmaの機能を,SCONUL return用のデータについてはJUSPを利用する,というように使い分けている。ERMやLSPを導入していないロンドン大学バークベック校にとって,これまで2週間かかっていた利用統計業務が3日に短縮されるなど,JUSPは電子リソースの利用統計取得・分析業務において必要不可欠なツールとなっている。これは一つのサイトからアクセスできるという点のほかに,COUNTERに準拠した均質なデータを,加工しやすいcsv形式でダウンロードできる点も大きい。同校では,既存の図書館業務システムとJUSPからのデータをスプレッドシート上で統合しながら,電子リソース管理を行っている。
参加する出版社にとっては,JUSPを利用することで,自前で統計サービス用のプラットフォームを構築したり,電子メール等で個別に送信したりせずとも,顧客に統計データを渡すことが可能になる。また,未準拠の出版社がJUSPに参加できるように,COUNTERやSUSHIに準拠するための技術支援が出版社に対して行われることもある。
JUSPはデータ提供のみならず,Community Advisory Group(CAG)を通じて,参加機関による統計データの分析・活用事例をオンライン上で公開したり,定期的にウェビナーやワークショップを開催したりしている。CAGには各地の図書館員がJUSPへのアドバイザーとして参加している。
JUSPは,英国内の高等教育機関をIT技術により支援するというJiscの理念にもとづき提供されている。利用統計を一元的に取得できるサイトを提供することで,館の規模や性格を問わず,参加機関が利用統計を活用し,エビデンスにもとづいた意思決定をより効率よく行えるよう支援している。それは,csvデータをダウンロードし,各図書館の事情に合わせて加工することを前提としているJUSPの設計にも現れている。また,前述したCAGの活動が,分析方法の教示ではなく,あくまで利用統計の活用を推進することを目的とするところからもうかがえる。
JUSPにおける電子ブックの利用統計サービスは,2016年2月に開始された。JUSP,大学,出版社やCOUNTERプロジェクトチームが参加したミーティングの成果として公開された“JUSP ebook discussion forum report”によると,電子ブックについてはCOUNTERに準拠している出版社が少なく,しかもBR1もしくはBR2のどちらかにしか対応していない出版社が多い。また,ジャーナルと比較して,章,節といった階層構造が複雑であるために,「セクション」の定義が不明確であることなども指摘されている。このレポートの最後に,COUNTER5へのバージョンアップに向けて行動指針がまとめられている。
JUSPはJR2(月別・ジャーナル別及び分類別フルテキスト論文アクセス拒否件数)への対応も予定されている。また,Cost per use,つまり利用1件あたりのコストについても課題としてあげられた。現行では,タイトルリストや契約情報の取得元であるKB+が価格情報を保持していないために,Cost per useを算出することができない。KB+のバージョンアップにあわせて,JUSPでもCost per useの取り扱いを予定している。
日本国内の状況と比較すると,国内出版社のCOUNTER対応という固有の課題も指摘されている一方,統計の活用・分析や標準化に向けた課題という面では共通する点も多い。利用統計による各機関の意思決定支援や電子リソース管理業務の効率化を進めるために,電子リソースの利用統計活用等の動向に今後も注目したい。
神戸大学附属図書館・末田真樹子
Ref:
http://www.janul.jp/j/operations/overseas/
https://www.facebook.com/januloversea
https://www.jisc.ac.uk/
http://www.imperial.ac.uk/admin-services/library/
http://www.bbk.ac.uk/lib/
http://jusp.mimas.ac.uk/
http://jusp.mimas.ac.uk/participants/
https://www.projectcounter.org/
http://www.niso.org/workrooms/sushi/
http://www.sconul.ac.uk/
https://www.kbplus.ac.uk/kbplus/
http://www.exlibrisgroup.com/category/AlmaOverview
http://jusp.mimas.ac.uk/events-training/
http://jusp.mimas.ac.uk/news/JUSP-ebook-discussion-forum-report-20160714.pdf
E419
CA1512
CA1860
CA1861