CA1475 – 動向レビュー:英国の公共図書館評価の動向―パフォーマンス指標と図書館基準を中心に― / 須賀千絵

カレントアウェアネス
No.273 2002.09.20

 

CA1475

動向レビュー

 

英国の公共図書館評価の動向―パフォーマンス指標と図書館基準を中心に―

 

1.はじめに

 公共図書館のサービス基準として,英国の文化・メディア・スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport:DCMS)が,「全国基準(Comprehensive, Efficient and Modern Public Libraries – Standards and Assessment)」(1)(2)を発表してから1年が経過した(CA1383参照)。現在,すべての公共図書館において,この「全国基準」を用いた評価が行なわれている。

 しかしこの「全国基準」が発表される以前にも,英国では,公共図書館評価のために,1990年に「成功への鍵(Keys to Success)」(3),1995年に「モデル基準(Model Statement of Standards)」(4)がそれぞれ刊行され,全国の図書館で活用されてきた。これらの指標や基準は,どのような背景のもとで策定され,どのような内容の違いがあるのだろうか。「成功への鍵」「モデル基準」「全国基準」を中心に,前史となる1970年代と1980年代から現在に至るまでの,英国における公共図書館評価の動向を概観する。特に,評価の動機と,評価手法の多様性の許容度に着目して論じる。

 

2.1970年から1980年代まで

 英国では,1970年代に,多くの図書館が目標管理(Management by Objectives)手法の導入を図った(5)。目標管理とは,従業員ひとりひとりが個人目標を設定し,その達成度をもとに人事評価を行うという経営手法である。このとき目標達成度を測る手段として,パフォーマンス測定の手法が注目された。1980年代半ばには,すでに多くの図書館がパフォーマンス測定に取り組んでいた。

 これらはそれぞれの図書館独自の取り組みであり,測定方法も洗練されたものとは言いがたかった。しかし1980年代を通して,投入だけでなく,産出を測定する重要性,またパフォーマンス測定を経営目標に結びつける必要性が理解されるようになった。

 

3.「成功への鍵」

 1987年に,英国図書館研究開発部(British Library Research and Development Department:BLRDD)は,パフォーマンス指標の開発に着手した。この背景には,米国における「公共図書館のための産出尺度(Output Measures for Public Libraries:OMPL)」(6)の成功があった。

 研究の成果は,「成功への鍵」と題して,1990年に発表された。「成功への鍵」では,まずパフォーマンスの高さを測定するために,21種類の尺度(measure)を設定した。尺度とは,例えば,「投入コスト」や「産出量」などを指す。測定するうえでの具体的な単位は定められておらず,例えば,「投入コスト」は運営費用でもよいし,職員数でもよい。次に複数の尺度を組み合わせて,16種類の指標(indicator)を設定した。例えば「生産性」の指標は,「投入コスト」当りの「産出量」の値として設定された。従って「投入コスト」の尺度として運営費用,「産出量」の尺度として貸出冊数を採用した場合,「生産性」の指標の値は,運営費用当りの貸出冊数として算出される。この「成功への鍵」のように,尺度と指標を区別するならば,米国のOMPLで示された12種類の尺度は,この場合の指標に当たる。

 OMPLでは,例えば「住民一人当りの貸出冊数」のように,尺度の算出方法を明確に規定した。一方,「成功への鍵」では,具体的な測定対象や測定単位の選定は,各図書館に一任された。例えば,先に述べた「生産性」の指標として,職員一人当りの貸出冊数を設定することもできれば,運営費用当りの参考質問数を設定することもできる。このように,図書館に指標を適用する際に,実際には,きわめて多様な解釈が可能である。つまり「成功への鍵」は,あらかじめ用意されたパフォーマンス指標のセットではなく,各図書館が,合理的に,それぞれ独自のパフォーマンス指標の組み合わせを作り出すためのマニュアルなのである。当然のことであるが,「成功への鍵」では,具体的な目標水準や達成期限の定めもない。

 「成功への鍵」の特徴は,利用者サービス関連の指標が中心であるOMPLに比べて,図書館内部の効率を測定する指標が目立って多いことである。16種類の指標のうち,6種類が投入コストに関わる指標である。

 1980年代後半には,英国においてパフォーマンス指標の導入が進み,各地の図書館で独自の指標セットが作られた。このとき,策定過程で公開された試案段階の「成功への鍵」の指標を利用したところも多かった(7)。しかし「成功への鍵」は,米国におけるOMPLほどの成功をおさめることはできなかった。ブローフィー(Peter Brophy)は,その原因として,ほぼ同じ時期に市民憲章政策が開始され,異なったアプローチによって,新たにパフォーマンス測定の基準が設定されたこと,また基準の設定方法があまりにも複雑なために,時間がかかりすぎることなどを挙げている。(8)

 

4.「モデル基準」

 新たに策定された基準とは,1995年に発表された「モデル基準」を指している。当時の保守党政権による一連の市民憲章政策では,公共サービス全般について,サービスの指針や目標を市民に公表することが義務付けられた。公共図書館もこの対象となった。英国図書館協会(Library Association)が,当時図書館を管轄していた芸術図書館庁(Office of Arts and Libraries)の依頼を受けて,基準の作成にあたった。

 この基準は,直接,全国に適用されるものではなく,この基準をモデルにして,自治体がそれぞれ独自の基準を策定することが求められた。ただし基準の策定を強制する法的根拠はなかった。

 基準項目は47にわたり,「利用者に対して正確で最新の情報を提供する」といったように,多くは記述による表現を用いた。一部に数値基準もあったが,いずれも達成期限は定められていなかった。市民憲章政策の性格を反映して,大半は,利用者サービスに関わる項目であって,「成功への鍵」と異なり,コストなど図書館内部の効率化をめざす項目はほとんどない。

 しかし当時,英国は長期的な不況を脱して間もない時期にあり,また小さな政府論を掲げる保守党政権のもとにあって,「成功への鍵」発表当時よりも,むしろ図書館の経営効率化への要求は高まっていた。実際に公共図書館に対して厳しい予算削減が行なわれ,図書館は分館閉鎖や開館時間短縮などで対処せざるをえないほどであった(CA810, 1282参照)。各地で図書館経営の見直しが進められたものの,そのきっかけは予算削減によるところが大きく,「モデル基準」がサービス改革に与えた効果がどれほどのものであったかは疑問が残る。しかし図書館員の間で,利用者に対する説明責任の重要性や,利用者の視点から見たサービス改革の必要性が理解されるようになった。

 

5.「全国基準」

 保守党から労働党へ政権が交代し,市民憲章政策が終了したことに伴い,2001年に新たに「全国基準」が発表された。

 策定の背景には,公共サービス改革を目的にした労働党のベスト・バリュー政策が存在する。この政策は,保守党の市民憲章政策をもとに,これを発展させたものである。この政策に基づいて,自治体は定められた書式に従って図書館年次計画を作成し,これを監査委員会(Audit Commission)に提出して,審査を受けなければならない。この年次計画の中で「全国基準」の達成状況を報告することが求められている。これまでの英米の例に比べて,基準と改善計画の結びつきが非常に強まっている点が興味深い。

 「全国基準」の項目は,全部で19にわたり,すべて数値によって規定された。ただし蔵書の質および情報管理やIT関連サービスに関する専門的資格を持った職員数の2項目については,測定方法の詳細がいまだ決まっていない。後者については,専門的資格として,何を指定するかが未定である。「モデル基準」に比べて,内容は選択的であり,対象となるサービスの範囲に偏りが見られる。また利用者満足度を重視し,「図書館員の知識レベルを5段階評価で『非常に高い』『高い』と回答した利用者95%以上」といった定量的な基準を複数設定した。

 各項目とも,2001年4月時点における全国上位25%のレベルを目標水準としており,達成の期限は,2004年3月(3年間)とされた。一部に,都市部や農村部など,地域の特性によってそれぞれ異なる目標値を設定した項目もあるが,原則として,全国一律に適用される基準である。このため自治体間の相互比較が容易になり,自治体は,「全国基準」を用いて,他の自治体と自らの実績を比較して,相対的な図書館評価を行えるようになった。地域特性に左右される度合いが大きいと思われるサービス,例えば少数民族コミュニティに対するサービスなどは,「全国基準」ではあえて扱わず,地域ごとに目標を設定するように求めている。なお「全国基準」には,明確な法的根拠があり,達成できない場合には中央政府が経営に介入する権限を持つ。ただしこれまで実際に介入した例はない。

 この「全国基準」に対する意見は,賛否両論に分かれている(9)。反対派の意見は,主に,基準で取り上げられていないサービスや経営の側面が存在すること,地域の多様性を認めていない点にあるようだ。

 なお2002年4月に刊行されたDCMSによる報告書では,2004年の期限までにすべての基準項目を達成できる見込みがあると回答した自治体は36%に過ぎず,58%は,多少達成できない項目があると回答し,残りは,ほとんど達成できない,あるいは全く達成できないと回答した(10)。その原因について,多くの自治体が,予算や人員などの経営資源の不足を挙げた。報告書では,たとえ,期限までに達成できなかった項目が一部に残るにしても,「全国基準」の導入が,公共図書館のサービス向上に多大な成果をもたらしたことは確かであると述べている。しかし2002年の監査委員会の報告書によれば,1990年以降,図書館利用は横ばいないし減少していると分析されており,基準の実効性についてはさらなる検討が必要である(11)

 

6.まとめ

 1970年代から現在に至るまで,英国において,公共図書館の評価が求められる背景は変化している。これに伴って,評価の対象となる活動や評価を実施する方法なども変化してきた。特に大きな変化がみられた点として,次の2つを指摘して終わりにしたい。第一に,英国の公共図書館評価は,経営資源の有効利用など,図書館内部の効率を追求するための活動から,中央政府や市民など,外部に対する説明責任を果たすための活動へと重点がシフトした。当初は図書館内部の自発的行為として図書館評価が行なわれてきたが,次第に行政の一部署としての責任を果たす行為に変わり,中央政府の政策や法令に基づいて,具体的な評価方法が規定されるようになった。第二に,この結果として,評価に際して,各図書館の自由裁量の範囲が縮小する傾向にある。1990年代初期までは,図書館がそれぞれの実情に即した評価を行うことが重視されたが,次第に,目標を一律に定めて,すべての図書館が同一の基準をもとに評価を行うことが重視されるようになった。

 日本では,昨年,文部科学省が「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」を告示した。公共図書館の全国的な基準が策定されたという点では,日本と英国はよく似た状況にあるといえる。従って,英国の動向は,非常に興味深く,今後もその推移を見守っていきたい。

慶應義塾大学文学部:須賀 千絵(すがちえ)

 

(1) DCMS. Comprehensive, Efficient and Modern Public Libraries – Standards and Assessment. [http://www.culture.gov.uk/PDF/libraries_pls_assess.pdf] (last access 2002.7.5)
(2) 上記の文書は,CA1383等で,「英国公共図書館基準」と訳出されているものと同一である。ここでは,全国共通の基準であるという点を強調するために,あえて「全国基準」と訳した。
(3) Office of Arts and Libraries. Keys to Success: Performance Indicators for Public Libraries. HMSO, 1990. vii, 156p
(4) The Library Association. Model Statement of Standards. LA, 1995. [10p]
(5) Evans, Margaret Kinnell. All Change? : Public Library Management Strategies for the 1990’s. Taylor Graham, 1991. 174p
(6) Zweizig, Douglas et al. Output Measures for Public Libraries. ALA, 1982. 100p
(7) Cope, C. Performance indicator work in public libraries in the UK. Public Libr J 5(4) 95-98, 1990
(8) Brophy, P. et al. Quality Management for Information and Library Managers. Aslib Gower, 1996. ix, 196p
(9) Are the standards up to standards? Public Libr J 16(4) 108-110, 2001
(10) DCMS. Appraisal of Annual Library Plans and Approach to the Public Library Standards -2001: Report on outcomes and issues.[http://www.culture.gov.uk/PDF/appraisal_annual_library_plans.pdf] (last access 2002.7.5)
(11) Audit Commission. Building Better Library Services. [http://www.audit-commission.gov.uk/reports/AC-REPORT.asp?CatID=&ProdID=9D0A0DD1-3BF9-4c52-9112-67D520E7C0AB] (last access 2002.9.5)

 


須賀千絵. 英国の公共図書館評価の動向―パフォーマンス指標と図書館基準を中心に―. カレントアウェアネス. 2002, (273), p.15-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1475