CA1568 – 動向レビュー:英国の公共図書館政策への批判と提言 / 須賀千絵

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カレントアウェアネス
No.285 2005.09.20

 

CA1568

動向レビュー

 

英国の公共図書館政策への批判と提言

 

1. はじめに

 英国の文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は,2003年に今後10年で達成することをめざす公共図書館の戦略的ビジョン『将来への枠組み』(1)E056参照)を発表し,続いて翌年に,図書館サービスの全国基準を改定(2)(3)CA1475E264参照)するなど,このところ公共図書館に関わる重要政策を次々と展開している。監査委員会が2002年に導入した包括的業績評価制度(4)でも,図書館サービスは,その評価方法に図書館界から不満の声があがったものの,自治体評価の際に対象となるサービスのひとつに取り入れられた。

 

2. 貸出の減少傾向

 ところが一方で,1980年以降,公共図書館の貸出冊数は減り続け,特に最近10年間の落ち込みは激しい。貸出冊数は1993/94年度の552,428,000冊から,2003/04年度には340,927,000冊に減少し,貸出密度も9.50から5.72に減少した(5)

 グリンドレイ(Douglas J. C. Grindlay)らは,貸出の落ち込みの原因を解明するために,関連文献のレビューを行っている。その結果,考えられる原因として,図書費や開館時間の減少,個人の書籍購入費の増加,成人の読書時間の減少,自宅でのコンピュータ利用の普及などが浮かび上がった(6)。続いてグリンドレイらは,1980年から1998年の全国の公共図書館の統計データを使って,貸出冊数の減少と原因となりうる要因の回帰分析を行った(7)。その結果,家庭の可処分所得の増加,週に45時間以上開館している図書館数の減少,個人の書籍購入費の増加の三つが特に影響の大きな要因であることがわかった。週45時間以上開館している図書館数の減少が始まる時期と,貸出の減少が始まる時期の間にはタイムラグがあることから,貸出の減少に直接影響を与えた要因は,可処分所得や書籍購入費に示される個人の豊かさの増大であると,彼は結論づけた。

 またマクニコル(Sarah Mcnicol)は,1988年と1999年に行われた自由回答方式の世論調査の結果から,非利用者には,個人的な好みから利用する気のない人々と今後利用する可能性のある人々の2種類がおり,それらの非利用者の多くが古い図書館のイメージを持ち続けていると指摘した(8)

 

3. 図書館政策への批判と提言

 事態の打開をめざして,図書館界内外から,最近相次いで図書館政策への提言がなされた。

3.1 『解決の遅れている問題』

 リードビーター(Charles Leadbeater)は2003年の『将来への枠組み』の執筆者だが,同年,個人的見解として,『解決の遅れている問題』を発表している(9)。彼は図書館分野の専門家ではなく,シンクタンクDemosの研究員である。

 彼の提言の中核は,政府と自治体が共同で全国図書館向上局(National Library Development Agency:NLDA)という新たな機関を創設することである。彼は,各自治体が個別に図書館を運営していて,相互の連携が少なく,さらに国においても,政策立案や補助金の支給等,図書館に関わる一連の業務の担当が,複数の省庁に分かれているという現状を指摘し,このままでは全国規模での改善の取り組みは困難であると述べた。そこでDCMSから委託されて政策立案を行うと共に,自治体のサービス向上を支援するNLDAの創設が必要であると主張した。

 また全国基準の問題点として,達成できなくとも制裁を受けない点を指摘し,基準を達成できない自治体に対しては,NLDAが経営に介入するか,もしくは民間や第三セクターに経営を肩代わりさせることで改善を図るよう提言している。

3.2 『2015年の公共図書館サービス』

 図書館の若手の中間管理職が参加した討論の記録として,2005年2月に『2015年の公共図書館サービス』がレイザー財団から公表された(10)E307参照)。

 この討論では,図書館のあり方,顧客重視の姿勢,マーケティング,職員の問題,政策,財政,施設の問題など,様々な話題がとりあげられた。その中で,図書館が無料サービスを堅持すると共に,有料の「高級サービス」の実施を検討すべきこと,顧客重視の姿勢を貫き,個々の顧客層ごとにニーズを把握するためのマーケティング調査が必要であること,職員は制服の着用等によって職員であることがわかるような身なりをして,もっとフロアに出て活動すること,国も地方も図書館の経営管理と予算配分の担当部署がそれぞれ別になっているという現状を考え直すべきこと,全国共通のサービスだけでなく地域の事情に即した独自のサービスが重要であること等について同意が得られた。

3.3 『責任者は誰?』

 一連の提言のなかでも,特に反響が大きかったのが,2004年4月のコーツ(Tim Coates)による『責任者は誰?』(11)である(E195参照)。著者のコーツは英国の大手書店チェーンの元経営者である。彼は,アウトリーチなど,サービスの多角化を進めるよりも,市民の多くが望んでいる図書の提供にまず集中するべきだと主張した。さらにDCMSには改革の実施権限がなく,自治体レベルでは,予算配分を行う議員がサービスの質を十分にチェックしていないという問題を指摘した。

 『責任者は誰?』では,全国およびハンプシャーの図書館の統計データの分析をもとに,改善策が提案された。開館時間の延長,図書のタイトル数の増加,施設デザインの改善といった,サービスの向上策は特に重要であるとした。また館長のもとに財政及びパフォーマンスの責任者という役職を新設する,経営資源を使用する権限のある者のもとに業務の責任を一元化する,3〜5名の少数の経営チームに管理業務を集約するなどの経営管理の強化が求められた。ほかに,専門職と非専門職の区分を見直す,詳細な分類や書誌の同定などをやめ,受入や貸出について,書店なみの合理的方法を取り入れてコストを軽減するといった提案もあった。

 さらにDCMSと博物館・図書館・文書館国家評議会(MLA)に対しては,ニーズの分析を行い,合理的な経営手法の検討を始めること,監査委員会に対しては,データの公表回数を増やし,時系列的変化にも目を配ること,チェックだけでなく情報提供も行うこと,自治体の相互評価を推進することなどを求めた。

 この報告書は,図書館が長年かけて拡大してきた様々なサービスや,図書館員の専門性を否定する内容であったため,図書館界から大きな批判を浴び,図書館情報専門職協会(CILIP)も書店とは異なる図書館の機能を理解していないとする反対意見をすぐに発表した。しかし彼の報告書は上院議会や次に述べる下院の報告書,CILIPの大会,マスコミ等でもとりあげられ,彼自身も,その後,様々な機会に図書館サービスについて精力的に発言し続けている。

3.4 下院の報告書

 下院には各種の特別委員会が設置されており,それぞれの委員会は,行政活動の現状や提言をまとめ,報告書を公表している。下院の文化・メディア・スポーツ委員会は,DCMSに公共図書館活動に関する報告書(12)を提出させ,これをふまえて,2005年2月に報告書(13)E313参照)を作成,公表した。

 報告書では,まず,1970年代から現在までのデータを分析し,図書館費全体は増加しているにもかかわらず,所蔵冊数は減少していて,図書の貸出や来館者数の実績も落ちていることを示した。そのうえで,改定された全国基準は重要なサービスが抜け落ちているなど,内容が万全ではなく,さらにDCMSのリーダーシップが不足していて,自治体が基準の達成をめざすうえで,有効なメカニズムがつくられていないという問題を指摘した。

 これらの問題を解決するために,図書館は基本的機能とそれ以外のオプションを区別すること,基準の内容や達成方法を見直すこと,全国の図書館施設の改修計画を立てること,DCMS,MLA,監査委員会が協力して図書館の効率的運営について検討すること,職員の研修や資格認定を行うだけでなく,図書館界の外部から適切な人材を採用することなどの提案を行った。

 図書館の機能については,コーツと同様に,図書や雑誌などの伝統的な資料が図書館サービスの基盤であるという立場を強調した。しかし一方で,現在の全国基準10項目が,開館時間の延長,図書の貸出,障害者サービス,サービスの効率化,インターネットへの無料アクセスを扱っていないことから,さらなる改定が必要であると述べ,さらに開発中の図書館のインパクト尺度(後述)を評価に活用することを求めている。

 実績の上げられない図書館に対しては,MLAが問題を発見して必要な解決案を提示する役割を受け持つことを求めるとともに,サービスの向上を目指し,DCMSの出資で図書館員が互いの問題について助言をし合うためのチームを編成することを提案している。

3.5 インパクト尺度

 インパクト尺度(impact measures)は,図書館の地域貢献度を測るために,DCMS,MLA,監査委員会が共同で開発しているもので,18か月にわたるプロジェクトを経て,2005年6月に2005/06年度版の提案書を公表した(14)(15)。全国基準が,開館時間やサービス全般への満足度といった,図書館活動全般のアウトプットが中心であるのに対し,インパクト尺度は,地域の人々と社会にとっての貢献度が高いと思われるサービスをいくつか個別にピックアップしたものである。

 2005/06年度については,学校間の比較のための基準の設定,生活の質の向上,地域の人々の健康の増進,より安全でより強いまちづくり,地域の経済的発展という5つの領域のもとに,合計14の尺度を提案している。具体的には,ブックスタートや夏休みの読書推進運動への参加率とそのコスト,自宅配本サービスの利用者と満足度,健康に関わるレファレンスや図書の貸出が全体に占める割合,館内でコンピュータが利用可能な時間数,住民が成人学級に参加した延べ時間数などが設定された。今後,それぞれの地域の事情を調査したうえで,個々の尺度について最低水準を設定する予定である。個々の領域と尺度の関係がわかりにくいものもあるが,詳しい説明はまだ行われていない。このインパクト尺度に全国基準を補完する役割を持たせて,今後は包括的業績評価制度(Comprehensive Performance Assessment:CPA)において利用していく予定である。

 

4. まとめ

 英国の公共図書館は,1990年代後半以降からインターネットのサービスを取り入れた後も,図書の貸出サービスを変わらず重視し続けてきたが,貸出冊数はいまや1980年の半分近くにまで落ち込み,来館者数も減っている。『将来への枠組み』『2015年の公共図書館サービス』に見られるように,DCMSや公共図書館側では,サービスのさらなる多角化によって事態の打開を図ろうとしてきた。これに対し,図書館外部からやってきたコーツは,貸出などの伝統的サービスに資源を集約すべきだという全く反対の意見を主張し,下院の報告書やマスコミにも大きく取り上げられた。インパクト尺度は,図書館側の対抗策として注目される。

 今回取り上げた文書で共通して指摘されているのは,まず,国でも地方でも,政策の立案を担当する部署(DCMS)と補助金の交付を担当する部署(副首相府)が別であるという問題である。両者を一体化するためには,リードビーターの提案するような思い切った改革が必要だが,現在のところ,そのような動きは見られない。そのなかで,CPAは,図書館評価が,間接的ながら自治体への補助金交付や規制緩和などの特典に結びつくという意味で重要である。

 このほかに,すべての文書が図書館員の経営技能の重要性に言及していて,この技能を持つ職員の不足を指摘する意見も多かった。また施設の改修の必要性についても,意見の一致がみられた。

 英国の公共図書館サービスがどのように展開するのか,図書館政策は誰が担っていくのか,今後の動向を見守りたい。

慶應義塾大学文学部:須賀 千絵(すが ちえ)

 

(1) Department for Culture, Media and Sport. Framework for the Future. 2003, 59p.

(2) E264等で「英国公共図書館基準」と訳出されているものと同一である。ここでは全国共通であるという点を強調するために「全国基準」と訳した。

(3) Department for Culture, Media and Sport. “New Public Library Service Standards”. (online), available from < http://www.culture.gov.uk/global/publications/archive_2004/library_standards.htm >, (accessed 2005-07-08).

(4) 各種サービスの実績と経営管理能力から,最終的に5段階で自治体を評価する制度。評価結果に応じて,補助金の交付額,規制の緩和のレベル等が変わる。

(5) 英国公会計公認会計士協会(Chartered Institute of Public Finance and Accountancy)の公共図書館統計による。

(6) Grindlay, Douglas J.C. et al. The decline in adult book lending in UK public libraries and its possible causes: I. Literature review. Journal of Documentation. 60(6), 2004, 609-631.

(7) Grindlay, Douglas, J.C. et al. The decline in adult book lending in UK public libraries and its possible causes: II. Statistical analysis. Journal of Documentation. 60(6), 2004, 632-657.

(8) Mcnicol, Sarah. Investigating non-use of libraries in the UK using the mass-observation archive. Journal of Librarianship and Information Science. 36(2), 2004, 79-87.

(9) Leadbeater, Charles. Overdue: How to create a modern public library service. Demos, 2003, 35p. (online), available from < http://www.demos.co.uk/catalogue/default.aspx?id=262 >, (accessed 2005-07-05).

(10) Laser Foundation. The Public Library Service in 2015. 2005. (online), available from < http://www.futuresgroup.org.uk/index.php?pageid=5&docid=23 >, (accessed 2005-07-05).

(11) Coates, Tim. Who’s in Charge? Libri, 2004, 29p. (online), available from < http://www.libri-forums.org/Who%27s%20in%20char_e_(as%20printed.pdf >, (accessed 2005-07-27).

(12) Department for Culture, Media and Sport. Report to Parliament on Public Library Matters. 2004, 26p. (online), available from < http://www.culture.gov.uk/NR/rdonlyres/B07A3589-5C82-496D-9643-A5986B210EBE/0/LibrariesReporttoParliament04.pdf >, (accessed 2005-07-07).

(13) House of Commons, Culture, Media and Sport Committee. Public Libraries. London, House of Commons, 2005. 56p. (online), available from < http://www.parliament.the-stationery-office.co.uk/pa/cm200405/cmselect/cmcumeds/81/81i.pdf >, (accessed 2005-07-07).

(14) Department for Culture, Media and Sport. Public library impact measures. (online), available from < http://www.culture.gov.uk/libraries_and_communities/impct_ms.htm >, (accessed 2005-07-07).

(15) The Museums, Libraries and Archives Council. Framework for the Future: Improving performance. (online), available from < http://www.mla.gov.uk/action/framework/framework_04a.asp >, (accessed 2005-07-07).

 


須賀 千絵. 英国の公共図書館政策への批判と提言. カレントアウェアネス. 2005, (285), p.12-14.
http://current.ndl.go.jp/ca1568