CA1567 – 大学における剽窃行為とその対策-英国・JISCPASを中心に- / 浅見文絵

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カレントアウェアネス
No.285 2005.09.20

 

CA1567

 

大学における剽窃行為とその対策
-英国・JISCPASを中心に-

 

 筆者が現在受講している大学の通信教育で毎月送付されるお知らせに,以下のような注意が掲載されていた。

 「最近,一部のインターネット上で合格済レポートの見本情報や合格済レポートが売買されているケースが見られ,これらを写しレポートを提出する学生の学習への取り組み姿勢に苦慮しております。」(1)

 この問題には,日本だけでなく海外の大学でも悩まされているようである。本論では,適切な引用・参照なしに他人の論文の全部もしくは一部をあたかも自分の論文のように提出する「剽窃行為」(Plagiarism)の,海外の大学における実態およびそれに対する大学側の対策,図書館の役割について,英国での事例を中心に紹介する。

 

海外の大学における剽窃行為の実態

 大学生の剽窃行為についての実態調査はすでにいくつか行われている。英国では4人に1人の割合で剽窃行為の疑いがあると報告されている(E221参照)。米国で1997年に報告された調査では,中規模の4年制公立大学に在学する422人の生徒のうち,この1年の間に「他人の考えや言葉を意図的に自分のものとして使用した」ことがあると答えた生徒は151人(35.6%)であった(2)。また,イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の政治科学専攻の生徒を対象に2000年に行われた調査では,約1/8の論文で剽窃行為の疑いがあった(3)。さらに,英国では,剽窃行為を理由に進級できなかった学生が,数年間剽窃行為をしていた自分を教師はもっと早く止めるべきだった,と主張して大学を訴えたケースもある(4)

 インターネット上ではレポートを売るサイトが多数存在し,幅広いテーマに関する数十万ものレポートを取り扱っているサイトもある。中には,オーダーメードでレポートを作成するサービスに対して,1ページ当たり55ドル(約6,100円)もの破格値を支払う学生もいる(5)。このようなサイトの多くは広告収入によっても利益を得ており,剽窃行為がにわか景気産業になってしまっているとの見方もある(6)

 このような剽窃行為の増加については,様々な要因が指摘されている。主な要因としては,以前と比較して剽窃行為を簡単に行うことができるようになったことが挙げられるだろう。パソコンの普及,インターネットの成長により,学生は図書館の書棚をくまなく探しコピーする苦労を経ることなく,検索エンジンが数秒で探し出した関連サイトをただカット&ペーストすることにより剽窃してしまうのである(7)

 また,剽窃行為の要因は意図的なものと非意図的なものとで違ってくるとの指摘もある。意図的な剽窃行為の場合には,良い成績を取得したいプレッシャーに起因するもの(8)と,また反対に,大学を,仕事を得るためのルートとしか考えていないがために,熱心に勉強することなく,学位だけがほしいという考えに起因するものが挙げられている(9)

 これに対して,非意図的な剽窃行為の場合にはまず,学生がそもそも剽窃行為について理解していないことによるものが指摘されている。多くの学生はインターネットの情報をカット&ペーストすることを盗作だと考えず,知的財産権を顧みることなく自分の必要な情報を自分のものとして使用していても,自分は決して不正な行為をしていないと信じているのである。メディアやインターネットからの情報に育てられた世代の問題と言えるだろう(10)

 また,学生の学習スキル不足によるものも挙げられている。この学習スキルとは情報の探索方法,ネット情報の批判的分析や引用・意訳・参考文献作成スキルだけではない。課題を提出期限ぎりぎりまで放置した挙句に剽窃行為に走る学生の自己管理能力の不足も含まれる(11)

 更に困難な問題としては文化の問題によるものがある。英国では国内の学生より留学生による剽窃行為の発生率が高いことが報告されている。不慣れな言語下での研究は剽窃行為を誘発しやすいことや,特にアジアの学生においては,権威者の研究の丸暗記を美徳とみなす伝統が背景にあるとする研究者もいる(12)

 このような,学生の剽窃行為がおよぼす悪影響としては,第一に剽窃行為を行っていない学生の学習意欲を減じさせていることが挙げられている。また,国家的な賞・資格の価値を低下させていること,さらには学術研究を支える価値・信頼性を脅かしていることが指摘されている(13)

 

大学側の対応:JISCPAS

 最近まで英国の高等教育機関では剽窃行為について議論したがらなかった。また米国で1993年に大学教授を対象に行われた調査では,55%の教授が剽窃行為の疑いがある学生のレポートについて,その立証に労力を使いたくないと答えていた。しかし,インターネットの成長による剽窃行為の蔓延に対して,懸念が深まり,対応に変化が見られる(14)

 英国では,剽窃行為に対して個々の大学で対応するよりも,大学間で協力し国家的レベルでの剽窃行為対策を行うべきであるとの考えから,2002年9月に情報システム合同委員会(JISC)の出資による剽窃対策アドバイスサービス(Plagiarism Advisory Service : JISCPAS)が開始され,ノーザンブリア大学の情報管理研究所に本拠が置かれた。JISCPASは剽窃行為の防止について,あらゆる側面から機関,教授や学生へのアドバイス,ガイダンスを提供しており,ヘルプデスクサービス,剽窃行為対策の良い実例やワークショップ等とともに,高等教育機関のニーズに合わせた教材の提供も行っている(15)

 JISCPASはまた,各機関に剽窃行為防止のための包括的なアプローチの採用を促進している。剽窃行為に効果的に対処するには剽窃行為の単なる探知だけではなく,

  • 学生の参照・引用・意訳スキルや情報源へのアクセス方法の強化のための教育方法の考慮
  • 大学としての剽窃行為の明確な定義および剽窃行為防止への取組み方針・処置の立案
  • 発生した剽窃行為およびその対応のすべての記録
  • 剽窃行為についての相談,議論,情報の普及が可能なコミュニケーションシステムの創設
  • 剽窃行為に対応するスタッフへの訓練

等が必要と指摘している(16)。学生の剽窃行為を探知する懲罰的なアプローチはスタッフの労力がかかるので,学生に剽窃行為をさせない方が効果的だからである。そしてこの包括的なアプローチの鍵は,機関内での学生の剽窃行為に対する理解,責任と解決方法の共有であり,学長は剽窃行為対策のための責任者を任命すべきとしている。実際に英国では,学内に設けられた剽窃行為対策専門の責任者に剽窃行為の専門家を任命する機関が増えている。

 JISCPASが提供するサービスの中でも注目されるのが,オンラインでアクセス可能な剽窃行為探知ソフトウェアTurnitin UKである(17)。このソフトウェアは,米国における電子的剽窃行為対策の業界のマーケットリーダーであるiParadigms社の製品であるTurnitinをベースにしている(18)。このソフトウェアには50億のURL,著作権フリーの論文や購読サービスの文章等だけではなく,他大学に提出された学生のレポートなども入っている。教授が学生から提出されたレポートをこのソフトウェアに蓄積されているデータと照合し,符合する部分があった場合,該当部分を反転させた上にその「オリジナル」の文章が示される。JISCの完全サポートを受けられる2005年8月までは,英国の大学や大学生は無料でJISCPASにアクセスでき,2004年6月現在,100以上の大学が使用している(19)

 しかし,このソフトウェアはあくまでも蓄積されたデータと符合する部分を表示するだけであり,ソフトウェア自体が剽窃行為を認定するのではない。剽窃行為かどうかを判断するのは教授であり,その判断の材料となる情報をソフトウェアが提供しているにすぎない。よって,電子的探知は剽窃行為を撲滅するためのものではなく,防止するための幅広いアプローチの1つとして用いられることが重要とJISCPASは呼びかけている。

 また剽窃行為の予防については,剽窃行為とは何なのかについての説明,学生に対して自分の考えを自分の言葉で表現するよう奨励すること,毎年新しい試験問題やレポート課題を設定すること,口頭試問の導入,自己管理,特に時間管理能力の向上の重要性を指摘する研究者もいる(20)

 

剽窃行為対策における図書館の役割

 学問の自由を守る者としても,情報の専門家としても,図書館は学問的規範を積極的に推進することが求められている。そのためには,図書館員は剽窃行為の発生後に動くのではなく,教授陣および学生の両方にアドバイスをする等の事前対策を行うことによるサポートが必要と指摘されている(21)

 具体的には,インターネットも含む情報の批判的見方や,引用・参照・意訳方法等情報の妥当で倫理的な使い方を体得する訓練授業の提供,剽窃行為の定義や知的財産権についての指導,剽窃行為を止めさせる良い実例について教授陣への紹介,そして,ウェブサイトや教材を通して,情報の倫理的な使用方法と学問的規範についての情報を普及させることが挙げられている。大学図書館のウェブサイト上で剽窃行為防止策の普及を図る例としては,カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の図書館のサイトが挙げられよう(22)

 海外での取組みと比較して,日本の大学では剽窃行為に対する目立った対応が今まで見受けられなかったが,日本学術会議が,各研究機関や学会等における倫理綱領などの制定とともに,不正行為を裁定する独立機関の早期設置を提言することになった(23)。今後の動向に注目したい。

関西館資料部文献提供課:浅見 文絵(あさみ ふみえ)

 

(1) レポート提出上の注意. 梅信. (495), 2005, 49.

(2) Roberts, Patty et al. Academic Misconduct : Where Do We Start?. 1997, 27p. ERIC Report No.: ED415781. (online), available from < http://www.eric.ed.gov/ >, (accessed 2005-07-30).

(3) Braumoeller, Bear F. et al. Actions do speak louder than words : Deterring plagiarism with the use of plagiarism-detection software. PS, Political Science & Politics, 34(4), 2001, 835-839.

(4) Lyall, Sarah. U.K. stoicism goes way of all things. International Herald Tribune. 2004-07-13, 1.

(5) Durkin, Jessica. “A culture of copy-and-paste”. Spiked culture. (online), available from < http://www.spiked-online.com/Articles/0000000CAAD2.htm >, (accessed 2005-07-30).

(6) Plagiarism.org. (online), available from < http://www.plagiarism.org/plagiarism.html >, (accessed 2005-07-30).

(7) MacLeod, Donald. Education: Looks familiar: The fight against student plagiarism must become ever more sophisticated. The Guardian. 2004-06-22, 23.

(8) Brine, Alan et al. Plagiarism and the role of the library. Library + Information Update. 2 (12), 2003, 42-44.

(9) Durkin, Op.cit. (5).

(10) Wood, Gail. Academic original sin: plagiarism, the Internet, and librarians. Journal of Academic Librarianship. 30(3), 2004, 237-242.

(11) Brine, Op.cit. (8).

(12) MacLeod, Op.cit. (7).

(13) JISC. “Deterring, Detecting and Dealing with Student Plagiarism”. (online), available from < http://www.jisc.ac.uk/index.cfm?name=pub_plagiarism >, (accessed 2005-07-30).

(14) Brine, Op.cit. (8). ; McCabe, Donald L. Faculty responses to academic dishonesty: the influence of honor codes. Research in Higher Education. 34(5), 1993, 647-658.

(15) National plagiarism service now available to colleges and universities. The Electronic Library. 21(2), 2003, 196.

(16) Ibid. ; JISC, Op.cit. (13).

(17) JISC. “Solutions for a new era in education. (online), available from < http://www.submit.ac.uk/static_jisc/ac_uk_index.html >, (accessed 2005-08-02).

(18) Op.cit. (15).

(19) MacLeod, Op.cit. (7).

(20) MacLeod, Op.cit. (7). ; Brine, Op.cit. (8). ; Wood, Op.cit. (10).

(21) Brine, Op.cit. (8). ; Wood, Op.cit. (10).

(22) Preventing Plagiarism. (online), available from < http://www.library.ucla.edu/yrl/referenc/plagiarism.htm >, (accessed 2005-07-30).

(23) 不正論文許さない 告発を裁定新機関. 読売新聞[大阪]. 2005-08-15, 1.

 

Ref.

JISC. (online), available from < http://www.jisc.ac.uk >, (accessed 2005-07-30).
JISCPAS. (online), available from < http://www.jiscpas.ac.uk/ >, (accessed 2005-07-30).
JISCPAS. (online), available from < http://online.northumbria.ac.uk/faculties/art/information_studies/Imri/JISCPAS/site/jiscpas.asp >, (accessed 2005-06-28). なお,このサイトは2005-07-30現在削除されている。

 


浅見 文絵. 大学における剽窃行為とその対策-英国・JISCPASを中心に-. カレントアウェアネス. 2005, (285), p.9-11.
http://current.ndl.go.jp/ca1567