CA1543 – 動向レビュー:科学研究出版の費用分析とビジネスモデル / 芳鐘冬樹

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1543

動向レビュー

 

科学研究出版の費用分析とビジネスモデル

 

はじめに

 科学研究コミュニケーション,特に自然科学分野のコミュニケーションにおいて,学術雑誌を通した知識の頒布・蓄積の果たす役割は大きい。研究活動という社会的営みを支える基盤的システムであるピアレビューも,もともとは学術雑誌への投稿論文の掲載可否を判断するために生じたシステムであり(1),ピアレビューが制度化された17世紀以降,研究活動の学術雑誌への依存は非常に大きなものとなっている。

 本稿では,学術雑誌の出版をめぐる今日的状況を概観したうえで,その経済的な側面,特に新たなビジネスモデルについての整理を行う。

 

1. 科学研究出版の現況

 科学研究出版に関わる近年の動向として一般に言われていることは,電子出版の普及と学術雑誌の価格高騰であり,これらの2つの動きが,科学研究出版の新たなビジネスモデルである後述の「オープンアクセス出版」が出現した背景にある。学術雑誌の価格が高騰し,大学図書館の予算では雑誌の購読を切りつめざるを得なくなる,いわゆる「シリアルズ・クライシス(Serials Crisis)」は,それにより「科学に再投資するための購読料は消え去り,よってその学協会,ひいては科学プロセス全体が弱体化する事態を引き起こす」ものという指摘もあり(2),科学研究コミュニケーションの根幹に関わる問題として認識されるようになってきている。

 一方,1990年代以降のインターネットの普及に伴い,急速に増加していった雑誌の電子出版,つまり電子ジャーナルは,学術雑誌の価格高騰に関連して,2つの側面を持つ。1つは,ビッグ・ディール(Big Deal)と呼ばれる雑誌購読のパッケージ化の促進であり,結果として図書館の購読誌の選択が制限されてしまうという問題も指摘されている。もう1つは,シリアルズ・クライシスに抗しうる出版形態を支えるメディアとしての側面である。以下に述べる「オープンアクセス運動」は,インターネットを介した電子出版が基盤となっている。

 

2. オープンアクセス運動

 シリアルズ・クライシスに象徴されるように,科学研究コミュニケーションが商業出版社の支配的な影響下にある現状を変革するため,科学研究出版に適正な競争を求めて,研究成果の生産者であり利用者である研究者自身の手に,科学研究コミュニケーションを取り戻そうとする様々な動きが,1990年代末から起きてきている。その代表的な試みの1つがSPARC(3)である。SPARCは,米国の研究図書館協会(ARL)によって創設された組織であり,提携機関との協力による低価格の代替誌の出版などを推進して成果をあげている(CA1469参照)。

 そして世紀が改まり,ここ数年,特に注目されているのが,「オープンアクセス」という理念である。オープンアクセスとは,「インターネット上で自由に入手でき,その際,いかなる読者に対しても,論文の閲覧,ダウンロード,コピー,配布,印刷,検索,全文へのリンク付け,索引付け,データとしてソフトウェアに転送すること,その他,合法的な用途で利用することを許可し,財政的,法的,技術的障壁を設けない」ことを意味するものとされる。オープンアクセスの上記の定義は,2002年にOpen Society Institute (OSI)が母体となって創設されたブダペスト・オープンアクセス運動(Budapest Open Access Initiative:BOAI)(4)によるものである。オープンアクセス運動を推進するBOAIは,研究者のセルフアーカイビングとともに,オープンアクセス雑誌の出版を推奨している。

 BOAIの宣言以降も,2003年6月のBethesda Statement on Open Access Publishing(5),同年10月のベルリン宣言(6)E144参照)および英国ウェルカム財団(Wellcome Trust)の声明(7),同年12月の国際図書館連盟(IFLA)の声明(8)E185参照)など,オープンアクセスを支援する動きは続いており,また,前述のSPARCも支援運動に加わっている(E111参照)。

 オープンアクセス雑誌の出版に積極的に取り組んでいる組織として挙げられるのが,BioMed Central,そしてPublic Library of Science (PLoS)である(CA1433E046参照)。両者とも,雑誌購読者ではなく,論文投稿者に課金することで成り立たせる,従来とは異なるビジネスモデル(E237参照)を導入しており,利用者は,これらの組織が出版するオープンアクセス雑誌を無料で閲覧することができる。この新しいビジネスモデルは,科学研究の成果への自由なアクセスの保障をもたらすものであるが,一方で,実現性・継続性が疑問視されるなど,問題点の指摘も多い(9)

 

3. 科学研究出版の費用分析

 既に述べたように,オープンアクセス出版が可能になった背景の1つに電子技術の発達がある。Openly Informaticsが提供するeFirst XML(10),サウサンプトン大学(University of Southampton)の開発によるEPrints(11),英国のデジタル図書館プログラムeLib(UK electronic Libraries Programme;CA1333参照)の一環として始まったESPERE(12),ICAAP (International Consortium for the Advancement of Academic Publications)のMyICAAP(13),ノッティンガム大学(University of Nottingham)のSHERPA(14)などのような,アーカイビング,出版プロセス電子化のシステム・サービスが利用可能になっている。そのような電子技術は,出版に要する時間を短縮するだけでなく,出版費用の削減により,出版マーケットへの新規参入を(ある程度は)容易にするものである。

 ウェルカム財団は,2004年4月発表の報告書『科学研究出版の費用とビジネスモデル』(E196参照)で,電子出版を前提としたうえで,購読料によって支える伝統的なモデルと比較しつつ,著者への課金によって支えるオープンアクセス出版という新しいビジネスモデルに関する分析を行っている(15)。その要点を以下に紹介する。

  • 雑誌出版の費用の内訳は,固定費用として,論文の選択・査読,校正,組版などに関わる編集費用,可変費用として,用紙代や,流通,販売,マーケティングなどに関わる費用,その他の間接費がある。電子ジャーナルの場合,用紙代や従来の流通費用の代わりに,出版のための電子システムの維持費用がかかるが,通常,印刷媒体の雑誌より若干安価である。
  • 論文の著者が出版費用を負担するオープンアクセス雑誌は,著者への課金の管理費用が固定費用に加わるが,購読管理,ライセンス交渉といったアクセス管理のための可変費用はかからない。そのため,著者負担の雑誌では,流通費用のほとんどは論文・雑誌の発行部数により変化せず(限界費用が0に近く),購読者負担の雑誌より総費用は低くすむ。
  • 1論文あたりのおよその出版費用を見積もると,図のようになる。ここで,「質の高い雑誌」とは,採択率が低く,質の高い論文が載る雑誌を,「中程度の雑誌」とは,採択率が高く,中程度の論文が載る雑誌を指す。

     

    図 1論文あたりのおよその出版費用
    図 1論文あたりのおよその出版費用
      質の高い雑誌 中程度の雑誌
    購読者負担 著者負担 購読者負担 著者負担
    固定費用 $1,650 ( 183,150) $1,850 (205,350) $825 ( 91,575) $925 (102,675)
    可変費用 1,100 ( 122,100) 100 ( 11,100) 600 (66,600) 100 ( 11,100)
    総費用 2,750 ( 305,250) 1,950 (216,450) 1,425 (158,175) 1,025 (113,775)

     
  • 総費用(質の高い雑誌の場合1,950USドル,中程度の雑誌の場合1,025USドル)に対して,すべての論文の投稿者に,採択されるか否かにかかわらず,査読の費用として175USドル程度の投稿料を課し,採択された論文の著者に,さらに250〜750USドル程度の出版料を課せば,オープンアクセス出版は持続可能である。(質の高い雑誌の場合は採択率を8分の1,中程度の雑誌の場合は採択率を2分の1として算定。)

 出版費用の点から見て,著者負担のオープンアクセス出版は実行可能な選択肢であり,購読者負担の雑誌の価格設定に重大な影響を与えうる。報告書は,オープンアクセス出版は研究者コミュニティに貢献しうるものと結論付けている。

 

おわりに

 出版費用とともに,論文を投稿する研究者にとって問題となるのが,業績としての評価である。前述の宣言や声明でも,オープンアクセス雑誌の論文を適正に評価すべきというような提言が盛り込まれている。研究評価の原則から言えば,論文採択においてピアレビューが適正に行われている限り,オープンアクセスか非オープンアクセスかを区別する理由はない(16)。研究者コミュニティに与えるインパクトは,むしろ,アクセスを制限しないオープンアクセス雑誌の方が,より大きいと考えられる。実際に被引用回数を分析した結果,両者にほとんど差はない,あるいはオープンアクセスの方が,引用インパクトが大きいという報告もある(17)

 オープンアクセス出版が科学研究出版マーケットに与えた「インパクト」を持続させるうえでは,やはり経済的な側面の問題が大きいだろう。研究者にとって投稿料の負担は必ずしも小さくないといった指摘も多く(18),研究機関・助成団体の協力,商業出版社との協調など,多面的な取り組みが必要とされる。

大学評価・学位授与機構評価研究部:芳鐘 冬樹(よしかね ふゆき)

 

(1) 林隆之. ビブリオメトリクスによるピアレビューの支援可能性の検討:理学系研究評価の事例分析から. 大学評価. (3), 2003, 167-187.
(2) バックホルツ, アリソン. (高木和子訳) SPARC:学術出版および学術情報資源共同に関するイニシアチブ. 情報管理. 45(5), 2002, 336-347.
(3) SPARC: The Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition. (online), available from < http://www.arl.org/sparc/ >, (accessed 2004-09-26).
(4) Budapest Open Access Initiative. (online), available from < http://www.soros.org/openaccess/ >, (accessed 2004-09-26).
ウェルカム財団が定義するオープンアクセスも,ほぼ同様のものである。
Wellcome Trust. “Wellcome Trust Position Statement in Support of Open Access Publishing”. (online), available from < http://www.wellcome.ac.uk/doc%5Fwtd002766.html >, (accessed 2004-10-23).
(5) ハワード・ヒューズ医学研究所の呼びかけによる。
Bethesda Statement on Open Access Publishing. (online), available from < http://www.earlham.edu/~peters/fos/bethesda.htm >, (accessed 2004-09-26).
(6) Max-Planck-Gesellschaft. “Berlin Declaration on Open Access to Knowledge in the Sciences and Humanities”. (online), available from < http://www.zim.mpg.de/openaccess-berlin/berlindeclaration.html >, (accessed 2004-09-26).
(7) Wellcome Trust, op. cit.
(8) International Federation of Library Associations and Institutions. “IFLA Statement on Open Access to Scholarly Literature and Research Documentation”. IFLANET. (online), available from < http://www.ifla.org/V/cdoc/open-access04.html >, (accessed 2004-09-26).
(9) 熊谷玲美. オープンアクセス出版. 情報管理. 47(1), 2004, 33-37.
(10) eFirst XML. (online), available from < http://www.openly.com/efirst/ >, (accessed 2004-09-26).

(11) EPrints.org. (online), available from < http://www.eprints.org/ >, (accessed 2004-09-26).
例えば,図書館情報学分野では,EPrintsを利用したE-LISというオープンアーカイブが存在する。2004年9月26日現在で,1,470件の論文が登録されている。
ELIS: E-prints in Library and Information Science. (online), available from < http://eprints.rclis.org/ >, (accessed 2004-09-26).
(12) ESPERE. (online), available from < http://www.espere.org/ >, (accessed 2004-09-26).
(13) MyICAAP. (online), available from < http://www.icaap.org/database/icaap_en.shtml >, (accessed 2004-09-26).
(14) SHERPA (Securing a Hybrid Environment for Research Preservation and Access). (online), available from < http://www.sherpa.ac.uk/ >, (accessed 2004-09-26).
(15) 費用の見積もりは,出版関係者との議論,および出版費用を扱った既往研究の調査に基づいている。
(16) 無論,査読を終えていないプレプリントは事情が異なる。
(17) 雑誌単位の分析の報告としては,
Thomson ISI. The Impact of Open Access Journals: A Citation Study from Thomson ISI. 2004. (online), available from < http://www.isinet.com/media/presentrep/acropdf/impact-oa-journals.pdf >, (accessed 2004-09-26).
論文単位の分析の報告としては,
Harnad, S. et al. Comparing the impact of Open Access (OA) vs. non-OA articles in the same journals. D-Lib Magazine. 10(6), 2004. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/june04/harnad/06harnad.html >, (accessed 2004-09-26).
などがある。
(18) 例えば,土屋俊. 学術コミュニケーションの動向と著作権:学術情報資源の電子化の中で. こだま:金沢大学附属図書館報. (152), 2004, 2-5.

 

Ref.

Wellcome Trust. Economic analysis of scientific research publishing. Wellcome Trust, 2003, 33p. (online), available from < http://www.wellcome.ac.uk/assets/wtd003182.pdf >, (accessed 2004-10-23).

Wellcome Trust. Costs and business models in scientific research publishing. Wellcome Trust, 2004, 24p. (online), available from < http://www.wellcome.ac.uk/assets/wtd003184.pdf >, (accessed 2004-10-23).

松下茂. オープンアーカイブの現状と課題. 医学図書館. 49(4), 2002, 326-333.

松下茂. オープンアクセスと出版. 出版研究. (34), 2003, 19-30.

Crow, Raym. “SPARC 2003:機関レポジトリーとオープン・アクセス”. 電子図書館と電子ジャーナル:学術コミュニケーションはどう変わるか (情報学シリーズ. 8). 東京, 丸善, 2004, 79-90.

 


芳鐘冬樹. 科学研究出版の費用分析とビジネスモデル. カレントアウェアネス. 2004, (282), p.13-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1543