CA1469 - 拡大するSPARC―SPARC EuropeやSPARC Japanへの流れ― / 井上雅子

カレントアウェアネス
No.273 2002.09.20

 

CA1469

 

拡大するSPARC−SPARC EuropeやSPARC JAPANへの流れ−

 

 2001年7月,SPARC Europe(Scholarly Publishingand Academic Resources Coalition Europe)が公式に発足した。SPARC Europeはヨーロッパにおける学術出版の市場に競争をもたらすことを目的とした組織であり,主に北アメリカを中心に活動してきたイニシアチブSPARCとヨーロッパの主要な研究図書館の団体である欧州研究図書館連合(Ligue des Bibliotheques Europeennes de Recherche:LIBER)が中心となってその支援を行っている。(CA14261433参照)これは,今まで主にアメリカを中心に進められてきた学術出版システムの改革への試みが,それを静観していたヨーロッパにまで拡大しつつあるという点で意義深い。学術コミュニティの国際化に伴い,国境を越えた対応が必要とされるようになった時代を象徴する出来事であるともいえよう。

 「シリアル・クライシス」と呼ばれる学術雑誌の供給量の急増と価格の高騰,それに伴う雑誌購入費の増大は,30年も前から図書館と商業出版社との争いの種であり続けてきた。図書館は解決の糸口として,電子ジャーナルという低コストの資料形態の開発に大きな期待を寄せていたが,ここ10年程で実際に商品化された電子ジャーナルは,むしろ紙媒体の雑誌を上回る価格の上昇率を記録するほどで,価格高騰への有力な対抗手段とはならなかったという経緯もある。このままでは学術世界全体の衰退につながりかねないという危機感の中で,真の問題は図書館・出版社・研究者の役割が完全に分離した状態で硬直化している既存の学術出版システムそのものにある,という指摘がなされ,学術出版システムと学術コミュニティの新たな形を模索するさまざまな試みが起こってきた。SPARCもそのひとつである。

 SPARCは,1998年に米国研究図書館協会(Association of Research Libraries:ARL)によって設立された組織で,現在約200の加盟機関が納める年会費によって運営されている。その目的は,学術雑誌の価格高騰を防ぐため,学術出版の世界に競争と変革をもたらすことであり,それによって学術出版界,ひいては学術世界そのものを活性化させることが究極的な目標である。

 SPARCの活動は,次の3つのアクションプログラムに沿って行われている。価格の高騰が特に目立つSTM(Science, Technology and Medicine)分野における,既存の高額誌に代わりうる高品質・低価格の代替誌出版プログラムである「SPARC Alternative」,学術出版市場における競争を有利に進めるための新技術・新ビジネスモデルの開発支援プログラム「SPARC Leading Edge」,全く新しい学術コミュニティの発達を促進するプログラム「SPARC Scientific Communities」である。このうち,SPARC設立当初からの取り組みで,電子出版の特性を生かしての商業出版社との競争という方向性をもっとも強く打ち出したものが「SPARC Alternative」であり,SPARCの加盟機関は,出版社に対するインセンティブ計画に基づき,収集方針に反しない限りSPARCと提携した代替誌を購入することになっている。

 また,SPARCは近年,論文の執筆者・査読者・読者であり,学術誌の編集者でもある研究者の意識教育に力を入れており,その活動は以下のイニシアチブの成果物として結実している。Create Changeは研究者に雑誌問題に関する基礎的な知識を与えるための教育ツールであり,日本でも国立大学図書館協議会のホームページで翻訳版を目にすることができる。Declaring Independenceは,学術誌の編集委員を対象としたもので,彼らの作っている雑誌の学術界への貢献度を判定するとともに,代替誌を調査し,評価する方法を示している。この二つを補完する役割にあるのが,2002年4月に発表されたGaining Independenceである。これは非営利の電子出版社設立のための具体的なマニュアルである。

 以上のように,SPARCの戦略には,商業出版社との闘争への指向と研究者との連携の指向という二つのベクトルが見て取れる。前者のはらむ攻撃性がSPARCの一番の特徴として強調されることが多いが,SPARC Europeへと続く流れは後者の延長上にある。

 SPARC Europeは,学術界との協調重視に加え,SPARCがアメリカで培った方法論を一律に持ち込むのではなく,各々の国や地域の状況に即した活動を目指すところをその特徴とする。ある程度の融和性を選択することによって,汎ヨーロッパ的かつ個々においても機能的という組織を作り上げるのが狙いであろう。

 SPARC Europeの活動内容は,ヨーロッパにおけるSPARCの周知と,新技術・新ビジネスモデルの開発に大別される。創立年のプランにおいては, Create ChangeDeclaring Independenceのパンフレットのヨーロッパ諸言語への翻訳,学術誌の編集者と論文の書き手である研究者を対象とした問題意識高揚プログラムの展開,学術界と図書館界とのパートナーシップの確立,新たなビジネスモデル・ファンドモデルへの投資などがあげられていた。2002年度のアクションプログラムは,同路線のもと,より実際の活動に即した具体的なものになっている。開発活動には,現行の学術出版モデルの変革を目指す,公開を前提とした研究機関運営のリポジトリの展開,ブダペスト・オープン・アクセス運動への支援, Gaining Independenceや個人の著作者を対象にした電子出版案内Roquadeプロジェクトなど研究者主導の学術出版社設立の支援,革新的な電子出版モデルの立ち上げ後援が,周知活動には, Create Changeの英語版以外のパンフレット・ウェブ情報の作成,地域的なセミナーや研究会の開催,まだSPARCの加盟機関がない国での講演などがある。

 LIBERとSPARCの他にもさまざまな機関がSPARCEuropeを支援しているが,現在のSPARC Europeの組織についてはLIBERに頼るところが大きい。ヨーロッパの図書館界と学術界双方から選ばれた運営委員と,専属のスタッフが,その活動を支える。支援機関の寄付とヨーロッパの加盟機関の納める年会費が現在の運営資金であり,支援機関からの資金援助が保証されている2003年までに,ヨーロッパ全域をカバーし,今後の活動を支えるに足る組織網を作ることが急務とされている。

 日本においては,「シリアル・クライシス」はいまだ図書館のみに関わる問題としてとらえられがちで,一般の研究者に広く認知されているとは言い難いように思われる。国内に有力な学術雑誌もその出版社もあまり多くなく,研究者が学術出版システムに興味を持ちにくい環境であることに,その原因を帰する声も多い。だが同時に,世界の投稿論文のほぼ一割は日本人研究者によって書かれているという指摘があり,また,大学院大学構想によって研究者の数はさらなる増加傾向にあると考えられる。つまり,独自の形態の学術出版システムと,変革の潜在力としての多くの研究者を抱える日本にとっては,研究者の意識改革に重点をおいたSPARC Europeの方法論は示唆に富んでいるのではなかろうか。今年1 月に国立情報学研究所(National Institute of Informatics:NII)主催で行われた,SPARCの副事業長であるバックホルツ(Alison Buckholtz)氏の講演会においても,SPARCJAPAN/ASIAの設立が呼びかけられている。年会費として一定の資金が必要であるため,日本の大学図書館には参加が難しいのではという声もあるが,今後の国内での統一的な雑誌問題対策のためにも,新たな展開が期待される。

関西館資料部文献提供課:井上 雅子(いのうえまさこ)

 

Ref.

SPARC. [http://www.arl.org/sparc/home/index.asp](last access 2002.7.13)

SPARC Europe. [http://www.sparceurope.org/](last access 2002.7.13)

Budapest Open Access Initiative. [http://www.soros.org/openaccess/] (last access 2002.9.4)

国立大学図書館協議会 [http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/] (last access 2002.9.4)

国立情報学研究所成果普及課 講演会「SPARCと日本の学術コミュニケーション」を開催 NIINews (9) 7, 2002 [http://www.nii.ac.jp/publications/nii-news/niinew9.pdf](last access 2002.7.13)

窪田輝蔵 解説 現代の学術雑誌:その変遷と課題情報管理 44(6) 391-401, 2001

 


井上雅子. 拡大するSPARC−SPARC EuropeやSPARC JAPANへの流れ−. カレントアウェアネス. 2002, (273), p.5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1469