カレントアウェアネス
No.273 2002.09.20
CA1468
英国の公共図書館における電子情報の収集
−図書館コンソーシアムの可能性−
電子ジャーナルやデータベースなどの電子情報の提供は,現在,多くの図書館で重要なサービスのひとつとして認識されるようになってきている。しかし,こうした電子情報を収集することは,印刷物を対象とした従来の収集手法に収まりきらないものであるため,その手法の確立が大きな課題となっている。そして,近年,共通の課題をもつ図書館がコンソーシアムを結成し,電子情報の出版者や販売代理店と交渉するという手法が注目されている(CA1353参照)。この手法は大学図書館や研究図書館などの館種で積極的に採用されており,日本でも国立大学図書館協議会が立ち上げた電子ジャーナルタスクフォースがその可能性を探っている。しかし,公共図書館においては,こうした手法の確立が大学・研究図書館と比べ進んでいるとはいえない。
英国には,目録の共同構築,資料の共同購入,分担収集・保存などの図書館協力活動を目的として作られた公共図書館コンソーシアムが以前からいくつも存在しており,現在も活発に活動している。中でも,1994年に,公共図書館を管理する各地域の図書館行政庁が集まり結成したEARL (Electronic Access to Resources in Libraries)コンソーシアムは,公共図書館のネットワーク化を目的に研究開発や技術情報の提供などの活動を行い,全国的な共同デジタルレファレンスサービスである「Ask A Librarian」,米国議会図書館(LC)の共同デジタルレファレンスサービスプロジェクト( Collaborative Digital Reference Service:CDRS:CA1355,1422参照)への参加,電子情報にかかる図書館行政庁の政策立案を研究する「ネットワークサービス方針タスクグループ」の立ち上げ等の成果を残した。これらの成果のいくつかは,EARLが2001年9月に「国民のネットワーク」プロジェクト(後述)に道を譲るかたちで解散した後も,他の組織に引き継がれている。
現在,英国の公共図書館を電子化,ネットワーク化する計画は,主に,1996年に図書館情報委員会(Library and Information Commission: LIC)が発表した報告書『新しい図書館 国民のネットワーク』とそれを受けた「国民のネットワーク」プロジェクトによって進められている(CA1181,1212,1394参照)。この『新しい図書館 国民のネットワーク』は,公共図書館を情報化社会の心臓部と位置付けてそのネットワーク構築を目指すという英国図書館政策の方向性を示しているが,その中に,公共図書館ネットワークを介した電子情報の提供と図書館コンソーシアムによる電子情報の購入への言及が見られる。これは,コンソーシアムによる公共図書館の電子情報収集が英国の国家的戦略としてとらえられていることの証左といえよう。
こうした戦略の一環として,2002年5月,博物館・文書館・図書館国家評議会(Council for Museums, Archives and Libraries,通称Resource,CA1382参照)の委託研究報告書『イングランドの公共図書館における電子情報資源のコンソーシアム購入(Consortium Purchase of Electronic Resources by Public Libraries in England)』が発表された。この研究では,公共図書館コンソーシアムによる電子情報の共同購入のあり方を探るために,NETBase(注)による統計の分析に加えて,6つの既存公共図書館コンソーシアムと5つの図書館行政庁に対してインタビュー調査を行っている。
報告書では,調査結果として,英国の公共図書館コンソーシアムの現状を以下のように報告している。
(1)既存コンソーシアムのほとんどは図書や雑誌などの印刷物の共同購入を主目的としている。優れた技能のスタッフにより堅実な運営モデルを用いて活動しているコンソーシアムも多数存在するが,そのほとんどは電子情報を対象とはしていない。いまだに多くの公共図書館において主要な電子情報とはCD-ROMのことであり,オンライン情報はほとんど扱われていない。つまり,電子情報は現在の公共図書館サービスに完全には組み込まれていない。(2)既存のコンソーシアムモデルの中には電子情報収集に適応可能なモデルもあるが,それらのモデルは運営方法や参加機関などの点において多種多様であり,それぞれのモデルごとに一長一短がある。
次いで,コンソーシアムによる電子情報の購入契約にかかる問題点として,以下の点を言及している。
- 参加機関の選定に順当な基準(地域的くくり等)がないと,その場限りのコンソーシアムになりがちである。
- 一般に,電子情報の価格は印刷物よりも高くみられがちであり,かつ費用体系は分かりにくい。そのため,収集方針の作成においても実際の収集においても,電子情報と印刷物とを区別して考えがちである。
- コンソーシアムによる契約が,必ずしも費用的に優れているわけではない。(逆に費用がかさんでいる事例も見られた。)また,例えば出版者などの情報供給者が少数しか存在しない市場の場合,全国規模でコンソーシアムを結成すると,契約する情報供給者がおのずと限定され,供給者間に競争がなくなり,特定企業の寡占を生む可能性がある。このような場合,長期的に見ると全国規模のコンソーシアムは適切とはいえない。
- 各図書館や図書館行政庁には電子情報の購入契約に関して出版者や販売代理店と対等に話をするための専門知識がない。コンソーシアムには専門家の関与が必須である。また,参加機関の事務的負担を軽減するため,コンソーシアムに専任職員を置くことも必要である。
- 電子情報に関する国家的な戦略や取り組みがない。また,電子情報の使用についてのライセンス,インターフェース,認証,統計が標準化されていない。
これらの問題点を受けて,報告書では最後に,今後の課題として,(1)電子情報に関する国家的戦略の策定,(2)前述の問題点を検討するための全国規模のコンソーシアム・フォーラムの開催,(3)複数のレファレンス資料を単一のインターフェースを用いて提供する「英国電子レファレンスコレクション(National Electronic Reference Shelf)」の作成などを挙げている。特に(3)については,供給者間の競争を生むことにつながるために,重要だと指摘している。
本報告書は,電子情報の収集に関して公共図書館コンソーシアムの現実的な可能性を探っている。「国民のネットワーク」プロジェクトチームは,今後この調査をもとに,プロジェクトの成功に求められる電子情報の開発と収集および全国ネットワークの構築を進めていくとしている。
関西館事業部図書館協力課:橋詰 秋子(はしづめあきこ)
(注)「NETBase」は,「国民のネットワーク」チームが作成しているデータベースで,英国の博物館・文書館・図書館における情報通信技術の開発状況を継続的にモニターするために,全国から集めた様々な統計情報を公表している
Ref.
EARL. [http://www.earl.org.uk/] (last access2002.7.4)
英国図書館情報委員会情報技術ワーキンググループ永田治樹ほか訳 新しい図書館:市民のネットワーク 日本図書館協会 2001. 131p
The People’s Network. About NETbase..[http://www.peoplesnetwork.gov.uk/progress/netbase.asp] (last access 2002.6.3)
Ball, David. Consortium purchase of electronic resources by public libraries in England. [http://www.resource.gov.uk/documents/re178-01.pdf] (last access 2002.9.3)
橋詰秋子. 英国の公共図書館における電子情報の収集−図書館コンソーシアムの可能性−. カレントアウェアネス. 2002, (273), p.3-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1468