CA1433 – Public Library of Science (PLoS)の試み / 田中久徳

カレントアウェアネス
No.267 2001.11.20


CA1433

Public Library of Science(PLoS)の試み

科学技術系学術雑誌(医学を加えて「STM雑誌」と略称される)の価格高騰と電子ジャーナルの拡大が急速に進むなかで,米国の生物医学分野の研究者グループが商業学術出版に対するボイコット運動を提唱し,波紋を広げている。

Public Library of Science(PLoS)と命名された公共アーカイブを主張するこのグループは,昨秋以来,全世界の研究者に対して公開質問状を発信し,「科学研究の成果が商業出版社により所有され,支配される現状」を打破するために,「刊行後6ヵ月以内にオンラインの公共アーカイブを経由して研究論文を(パブリックドメインとして)無償公開する」ことに合意した学術雑誌を除き,2001年9月を期して論文の投稿,編集・レビューへの参加,個人購読を中止するとした呼びかけを行った。その結果,8月末までに賛意の署名を行った研究者は,世界171ヵ国で27,000人に達し,一方では,PLoSの主張に同意して掲載論文の無料公開を表明する雑誌も出現する状況となっている。

具体的には,(1)刊行と同時にPubMed Central等の無料アーカイブで論文を開放(BioMed Central が刊行するオンライン雑誌等60誌),(2)刊行後6ヵ月以内に公共アーカイブに開放(Proceedings of the National Academy of Science1誌),(3)出版後一定期間が経過してから公共アーカイブに開放(British Medical Journal等),(4)一定期間は出版社のサイトで閲覧のみという制限つきで公開,その後アーカイブに開放(コールド・スプリング・ハーバー研究所刊行誌等),(5)一定期間は出版者サイトで有料公開,その後,出版者サイトで無料開放(HighWire Press 経由で利用可能な雑誌),などとなっている。多少の幅はあるものの,100誌を超える雑誌が PLoS の方針に協力する姿勢を明確にしている。

「科学論文を科学者の手に取り戻す」というスローガンを掲げた PLoS の旗揚げは,決して唐突なものではなく,いくつかの先行事例の延長上に位置づけられる。例えば,1998年に始まった米国研究図書館協会(ARL)の主導によるSPARCプロジェクトは,学術出版市場に競争を回復させ,寡占状態にある商業出版社に対抗するために,世界約200の学協会が連合した非営利の雑誌出版事業であり,学術出版を研究者のコミュニティに取り戻したいという動機は共通するものがある。また,PLoSに賛同する雑誌が論文公開のサイトとしているPubMed Centralは,米国国立保健研究所(NIH)の一部門である国立生物工学情報センター(NCBI)が2000年2月より開始した生物医学領域のオンラインアーカイブ事業であり,出版者から寄託を受けたデジタルコンテンツを政府のコンピュータにより検索可能な状態で提供するものである。さらに遡るならば,1995年にスタンフォード大学で設立されたHighWire Press社も既存の商業出版とは一線を画し,非営利学協会の雑誌サイトを運営するなどの実績をあげている。

このような一連の動きを含めて,PLoSに表明された危機意識が広く受け入れられる背景として,著しい価格高騰を続ける商業学術雑誌の状況がある。過去10年間,STM雑誌は毎年9〜13%の値上がりを続けており,1986〜99年の価格上昇率は207%に達している。急激な価格高騰を惹起した主な原因としては,商業出版社の吸収・合併による学術雑誌市場の寡占化が指摘されている。この点について,ファクソン社社長のタンカリー(D. Tonkery)氏は,「雑誌企業には創業者一族の家族経営形態が多かったという背景に加えて,低成長の市場で生き残りをかけた競争が進み,電子化に対する多大の資本投資が求められる状況が,企業売買の激化をもたらした」と分析している。

さて,雑誌価格の高騰とデジタルアーカイブの進展という背景が認識されているとはいえ,ボイコットという過激な手段をとったPLoSに対しては,賛否さまざまな反響がある。Nature誌では,この問題に対してWeb上で討論が行われており,科学者,図書館員,非営利出版者,商業出版社などが参加して,活発な議論が展開されている。当然ながら,商業出版社側の姿勢は厳しいものがあり,エルゼビア・サイエンス社CEOのハンク(D. Haank)氏は,「PLoSは既存の学術雑誌の半数を滅ぼしてしまうリスクの高い実験であり,赤子を湯といっしょに流すようなものだ」と批判している。他方,図書館員の立場として,イェール大学図書館のオカーソン(A. Okerson)氏は,商業出版のシステムが過去50年間有効に機能してきた事実を踏まえるならば,拙速で過激なボイコット運動は避けるべきであるとしながらも,関係者の協調により,緩やかに新しいモデルへの移行を進めることを呼びかけている。

ところで,PLoSに同調した雑誌だけでは,賛同の署名を行ったすべての研究者の論文掲載の場として不足していることは明らかである。研究者にとってピアレビュー(同一分野の他の研究者による投稿論文の評価)を経たSTM雑誌は,研究業績のプライオリティを確立する「公的記録」の役割を担うものであり,論文掲載の場の確保がPLoS成否の鍵を握るものと考えられる。この点について,PLoS発起人の一人であるカリフォルニア大学バークレー校の遺伝学者アイゼン(M. Eisen)氏は,「PLoSは読者が費用負担する従来型モデルではない実験を出版社に求めることが目的であったが,残念ながら大半の出版社は興味を示さなかった。そこで,不本意ながら自分たち自身の出版システムを立ち上げることにした」と述べている。PLoSのサイトでは「出版された瞬間から自由で,無制限なオンライン配布が許された,責任ある,効率的なピアレビューを受け,最も高い編集基準を持つ」『PLoSジャーナル』の発刊が予告されており,すでに編集委員会の立ち上げと初期運営費の資金調達が行われたとのことである。論文著者は1論文あたり300ドルの掲載料の負担が必要だが,貸付も可能としている。

これまでの学術商業出版のあり方を根本的に問い直し,新しいモデルを打ち立てたいとするPLoSの運動は予想以上の支持を集めてスタートを切った。どのような着地を果たすのか,今後の成り行きが注目される。

田中 久徳(たなかひさのり)

Ref: Buckholtz, A. Returning scientific publishing to scientists. J Electron Publ 7(1), 2001 [http://www.press.umich.edu/jep/07-01/buckholtz.html] (last access 2001. 10. 15)
Public Library of Science.[http://www.publiclibraryofscience.org/] (last access 2001. 10. 15)
Nature.[http://www.nature.com/nature/debates/e-access/](last access 2001. 10. 15)
Tonkery, D. Mergers and acquisitions in the library marketplace. Ser Rev 27(1) 45-50, 2001