CA1434 – 博物館情報の標準化−概念参照モデルの提案− / 菅野育子

カレントアウェアネス
No.267 2001.11.20

 

CA1434

博物館情報の標準化―概念参照モデルの提案―

国際博物館会議(International Council of Museum: ICOM)は,世界の博物館の発展と文化遺産の保存を目的として1946年に創設された国際団体で,わが国を含む105ヵ国が参加している。その専門委員会として1950年に設立された国際ドキュメンテーション委員会(International Committee for Documentation: CIDOC)が,現在「概念参照モデル(Conceptual Reference Model: CRM)」(1)を国際規格制定に向けて提案している。

CRM提案の目的は,博物館におけるドキュメンテーション活動を円滑に行うためのデータベースの構築である。CRMは,研究者,学芸員,利用者らが博物館活動全般(博物館資料の収集,管理,保存,調査・分析,広報など)において必要とする情報を記述し,必要に応じて取り出すことができるようなデータベースを構築するための概念モデルである。モデル化の手法としては,国際図書館連盟(IFLA)の「書誌的記録の機能用件(Functional Requirements for Bibliographic Records: FRBR)」で用いられたモデルに類似したオブジェクト指向モデル(2)を採用している。

各博物館資料には識別番号がシステム内部で与えられ,識別番号ごとに博物館資料に関する情報が,「実体(entity)」と呼ばれるデータの単位を用いた階層構造で記述されている。博物館資料に関する情報の処理を考える際に,処理手順ではなく処理対象となる博物館資料を中心に考えることができる仕組みであり,既存のデータベースシステムからの変更が容易であるとされている。

階層構造の最上位にくる主要な実体は9個あり,そのなかでも特にモデルを形成するための基礎概念を示しているのが,Physical Entity(当該博物館資料の物理的特徴),Conceptual Object(資料名,関連文献,講演など,当該資料に関して人間が創り出したもの),Temporal Entity(発掘年,製作期間,保存期間など,当該資料に関連する時制),Actor(当該資料に関連する人や機関),Place(当該資料に関連する場所・位置)の5実体である。主要な9実体の下位にも実体が階層的に配置され,さらに各実体には,その特徴を示す「属性(property)」,他の実体との関係を示す「参照(reference)」などが決められている。例えば,資料の保存状態は,時制を示すTemporary Entity の下位にあるCondition State(保存状態)という実体において,Type(保存状態の種類),Time Span(保存期間)などの属性を用いて記述され,さらにCondition Assessment(保存状態の評価)やPhysical Entity(物理的特徴)からの参照がつけられる。なお,各実体での具体的な記述方法については,すでにCIDOCで開発された「博物館資料情報の国際的ガイドライン(International Guidelines for Museum Object Information)」(1995年)において,用語や記述内容が規定されている。

FRBRが書誌情報というメタデータを作成する際の概念枠組みとして用いられるのと同様に,CRMは「博物館情報(museum information)」というメタデータを作成するために有効なものとなろう。英国博物館ドキュメンテーション協会(Museum Documentation Association: MDA)が1991年に提案した「MDAデータ標準(The MDA Data Standard. Rev. ed.)」(1991年)をはじめ,多くの標準が博物館界においてすでに作成され,現在も対象となる博物館資料の種類ごとに新たな標準が検討されている。同時に,博物館情報の電子化が検討され,その処理のためのより柔軟な概念枠組みが博物館界においても求められている。このような状況において,CRMが既存の博物館情報データベースをまとめ,国際的な情報交換を可能にする役割を果たすことが期待されている。

CRMは2000年9月,ISO/TC46/SC4(国際標準化機構第46技術部会[情報とドキュメンテーション]第4分科会[コンピュータ・アプリケーション])において,国際規格作成の新業務項目として承認された。現在,国際規格委員会原案が作成中である。

愛知淑徳大学文学部:菅野 育子(すがのいくこ)

(1) CRMについては,次を参照。ICOM/CIDOC Documentation Standards Group/CRM Special Interest Group. Definition of the CIDOC object-oriented Conceptual Reference Model. 2001. 7 [http://cidoc.ics.forth.gr/docs/crm_version_3.2.rtf] (last access 2001. 7. 26)
(2)オブジェクト指向モデルとは,モデル化手法の一つであり,データベース化の対象を世界と捉え,その中に存在する具体物や抽象物を「オブジェクト(対象物)」として捉えて,各オブジェクトに識別番号を付与して独立させ,その特徴を階層構造で示すものである。