CA1470 – 米国およびカナダにおける図書館情報学教育の変化―カリパー(KALIPER)プロジェクト概要 / 小島和規

カレントアウェアネス
No.273 2002.09.20

 

CA1470

 

米国およびカナダにおける図書館情報学教育の変化
―カリパー(KALIPER)プロジェクト概要―

 

 新しい情報環境の社会への浸透は、図書館そのものの役割と同様図書館情報学教育にも大きな変化をもたらしてきている。米国における図書館情報学教育の近年の変容に関する調査を参照し、国立国会図書館関西館で予定する現職者への研修プログラムの内容策定の一助としたい。

 米国では,1980年代以降,図書館情報学教育分野に大きな変化が現れた。この変化は,それまでの図書館情報学と新しい情報科学との結合に象徴されるものであるが,単に新しい科目を生み出すことにとどまらず,広い範囲に渡って影響を生じている。

 こうした状況を背景に1998年から2000年までの2か年にわたって,米国およびカナダの図書館情報学校(学部)における図書館情報学教育の履修課程に関する調査が行なわれた。調査は,W.K.ケロッグ財団の助成金により米国図書館情報学教育協会(ALISE)のプロジェクトとして実施された。プロジェクトの名称は,「ケロッグ財団と図書館情報学教育協会との情報専門職と教育の改革調査プロジェクト」で,その頭文字をとってKALIPERプロジェクトと呼ばれている。調査の目的は図書館情報学教育の履修課程の主要な変化に関する特徴とその範囲を分析することであり,1923年に出された『ウィリアムソン報告書』以降,図書館情報学履修課程に関する最も広範囲となる調査であった。

 調査は, カレン・ペティグリュー(Karen Pettigrew)ワシントン大学情報学部助教授を主任調査員とするグループによって計画され,7名からなる諮問委員会の支援を受けた。この調査に参加した研究者はコンペによって選ばれ,それぞれ3〜4名からなる5つのチームが選定された。

 この調査は,主に6つの局面からなっている。(1)図書館情報学校(学部)の学長(学部長)を対象に履修課程の変化を引き起こした要因について調査を行ない,今後の調査のための基礎資料とする。(2)26の図書館情報学校(学部)について履修課程の変化の内容に関する事例調査を行なう。(3)上記26校とは別の7校について履修課程の分析とその教授陣へのインタビューを行い,このプロジェクトの予備調査(局面(1)の調査)によって得られた結果が彼らの経験に合致しているかを判断する。(4)特定分野(公文書および記録文書の管理,学部におけるプログラムなど)を対象とした履修課程の詳細な分析を行なう。(5) 1990年から1998年までの期間に米国情報学協会(ASIS)ジョブラインおよび『アメリカン・ライブラリーズ』誌に掲載された,図書館情報学の求人募集広告を分析する。(6)ALISEの名簿から教授陣の専攻を表す語葉を分析する。

 これらの調査の結果から,全体として,大部分の図書館情報学校(学部)で重要な変化が進行していること,しかしながら,これら変化の進行の度合いや領域は学校ごとに異なっていることが明らかとなり,また,履修課程の変化について6つの傾向が見出された。その傾向は以下のとおりである。

  • (1)履修課程の拡張傾向:施設としての図書館や図書館特有の業務に加えて,幅広い情報環境および情報に関する課題を図書館情報学の履修課程に採り入れており,また,使用許諾契約と法的諸問題,ソフトウエア等の作成および製品のマーケティング,デジタル情報の組織化と管理といった,伝統的図書館環境を越えた課題に焦点を当てた科目を提供している。伝統的な図書館情報学科目の名称変更や必修科目と選択科目の見直しが行なわれ,時には学校(学部)の名称変更も行なわれている。このような履修課程の範囲拡張とそれにともなう科目名,科目内容の変化には,卒業生の新たな就職先の開拓や雇用者の意向が大きな影響を与えていることが報告されている。
     この傾向は,図書館情報学以外からの人材の活用(諮問委員や教授陣としての任用,他学部との戦略的提携,多様な学問的背景や実務経験を持つ学生の勧誘など)や非図書館専門職向けの科目・講座の提供等にもあらわれている。
  • (2)異なる分野との共同と図書館情報学固有の立場の強調:図書館情報学校(学部)は教授陣の共同任用等により,履修課程に異なる学術分野からの知見を採り入れ,学際的傾向を強めている。その一方で,図書館情報学の中心領域を確立し,「知識領域」として他の学問分野から際立たせるものを明確にすることの重要性についても認識している。図書館情報学は,「情報および情報システムがどのように形成,組織化,運用,広められ,ふるいにかけられ,送られ,検索され,アクセスされ,利用され,そして,評価されるかについて,その認知的側面および社会的側面を研究する」学問であるが,これらの活動の中心にはつねに「利用者」が存在し,図書館情報学と他の分野との違いを際立たせる方法として,利用者中心の物の見方が強調されている。
  • (3)情報技術基盤の整備および履修課程への情報技術導入の増大:図書館情報学校(学部)では,情報技術基盤の整備や情報の履修課程への情報技術の導入が進んでいる。これらは,情報技術の魅力ととともに,日常生活における普及度や出資者および設置母体の要望によるところも大きい。情報技術導入にかかる初期経費は以前に比べて低くなってきているが,人件費も含めた維持経費は増加している。
  • (4)自由度の高い履修課程の設定:過度の専門分化の障害が指摘される一方,図書館情報学校(学部)の中には,専門化した多様な科目の提供や融通の利くプログラムの提供を通じて,学生らが興味に従って自由にプログラムを組むことができるよう履修課程の変更を行なっているところもある。自由度を高める傾向は専攻分野の創設や専攻にあわせた教授陣の雇用にもあらわれている。
  • (5)多様な授業形態:自由度の高いプログラムの提供のため,例えば,ドレクセル大学では完全にインターネットに基盤を置いた修士学位のプログラムを提供しており,また,サンホセ州立大学ではすべての学生に対して,教室で授業を受ける科目と遠隔教育で履修する科目とを組み合わせ提供する混合モデルが用いられている。
  • (6)関連分野の学位の提供:図書館情報学校(学部)が学士課程,修士課程,博士課程において新しい学位や修了証書を提供している,あるいは計画中であるとする多くの例が収集された。学際的な学位や他学部との複合学位,他大学との二重学位の新設等を実施している図書館情報学校(学部)もある。

 これら大きく6つの変化をもたらした要因(これはしばしば変化を抑制する要因ともなるが)は以下のとおりである。

  1.  学生,雇用者,卒業生および専門職団体からの卒業までに身につけるべき能力に対する要求
  2.  新しい技術の導入とその経費
  3.  学内における他学科との関係や相対的地位
  4.  新しい主題に対応できる教授陣を揃えられること
  5.  他の図書館情報学プログラムとの競争
  6.  改革のための財政的支援の有無

 図書館情報学の履修課程の変化は,進行度合いや方向性も含めて,幅広く多様な広がりを見せている。その一方で,博士号取得者等高度に教育された後継者の不足に対する懸念や図書館情報学の専門性・独自性確立の必要性が示されている。図書館情報学校(学部)が変化していく様は異なっているにもかかわらず,将来への共通の関心が存在しており,図書館情報学の本質とその履修課程に関しては教育担当者はもちろんのこと,研究者,図書館情報学校(学部)経営者等さまざまな立場からの議論が今後も必要とされている。

関西館事業部図書館協力課:小島 和規(こじまかずのり)

 

Ref.

Pettigrew, Karen E. et al. KALIPER: Introduction and overview of result. J Educ Libr Inf Sci 42(3) 170-180, 2001

 


小島和規. 米国およびカナダにおける図書館情報学教育の変化―カリパー(KALIPER)プロジェクト概要―. カレントアウェアネス. 2002, (273), p.7-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1470