CA1495 – スロバキアの遠隔研修プロジェクトPROLIB / 岡本常将

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カレントアウェアネス
No.276 2003.06.20

 

CA1495

 

スロバキアの遠隔研修プロジェクト PROLIB

 

 

1.背景

 図書館職員の専門職研修の必要性については世界中の共通テーマになっているが,インターネットの発達した現代においては,その要請がいっそう強くなっている。氾濫した情報の中で,情報の収集・蓄積・提供に携わる図書館の役割が増大するにつれ,図書館職員も時代に対応した能力を身につける必要がある。

 たとえば英国政府は公共図書館職員のIT技術習得のために2,000万ポンドを拠出した(CA1212参照)。また,東南アジアではユネスコが各国政府と協力して図書館の機械化に伴う研修を行っている。

 中・東欧諸国においても,1990年からEUが主体となって政治・経済面での改革プログラム(Phare Programme)が実行された。このプログラムの中で,中・東欧諸国の政治・経済の改革には高等教育システムの改善が必要であるとの認識から,高等教育の推進を目的としたプログラムTempus Phare Programmeが実施され,施設面の充実やカリキュラム整備などの支援が行われた。

 このプログラムの一環としてスロバキア国内で実行された計画が「PROLIB(Professional Development Programme for Slovac Librarians)」である。PROLIBの目的は2つある。(1)スロバキア国内の図書館職員の継続的な能力向上を図る研修プログラムを開発し,(2)先端知識の中心地として情報の収集機能を高め,国民の生涯学習機関として図書館の機能を拡充すること,である。

 以下PROLIBの詳細についてみてみたい。

 

2.PROLIB

 PROLIBは1998年12月から2001年3月まで行われ,EUから331,000ユーロの資金援助を受けた。目的ははじめに述べたように,図書館職員の研修プログラムを開発・提供することにある。中でも注目すべきなのはそのプログラムを遠隔研修の形で提供することにある。この期間中,約180の様々な種類の図書館が研修に参加した。

 インターネットの発達により,地理的・時間的にそれまで困難だと思われていた研修を,パソコンを介して実施できるようになった。実際にコシツェ(Kosice)とズヴォレン(Zvolen)両大学図書館に遠隔研修センターが設立され,各施設に15台のパソコンが設置された。

 研修プログラムの開発にあたっては,多数の機関が協力した。コシツェ工科大学(TUK)をはじめとした国内の大学図書館やスロバキア教育省などの政府機関,さらにはスウェーデンのルンド大学図書館などの国外の機関も参加した。各機関の代表が1名,PROLIB運営委員となり,定期的に委員会を開いてプログラムの進捗状況の点検や政策決定を行った。参加機関の多数は大学図書館ということもあり,プログラムの内容もより大学図書館に比重を置いたものになっている。

 プログラムはすべてスロバキア語で行われるため,使用する教材等もスロバキア語で新たに執筆する必要があった。これまでスロバキア語による図書館研修の資料が十分でなかったため,各開発者はそのノウハウ蓄積のために英国やスウェーデンを訪問した。教材の執筆や講座の運営には40人ほどが関わり,大学教授や大学図書館職員,技術者が主なメンバーであった。

 プログラムの内容については,大きく6つの講座に分けることができる。以下はそのタイトルである。

  • < 1 >図書館の変革と経営改革の必要性
  • < 2 >図書館における利用者サービス論
  • < 3 >図書館運営におよぼす情報技術の影響
  • < 4 >図書館におけるインターネットと新しい情報技術
  • < 5 >電子図書館
  • < 6 >電子出版

 それぞれの講座には,自己学習用のテキストが添付されている。そのテキストはあくまでも受講生が一人で読んで分かるように書かれ,各単元末には演習問題も付されている。また,受講生は2週間ごとに課題を提出せねばならず,一つの講座ごとに6つの課題が用意されている。各受講生には電子メールアドレスが配布され,受講生同士,あるいは講師とも常時コミュニケーションがとれるようになっている。具体的には1週間の対面授業,テキスト主体の自己学習,インターネットを介した3か月の遠隔研修が含まれ,一つの講座が140時間で終了するようになっている。研修の最後には筆記試験と口頭試問があり,3人(うち2人はプログラムの講師,1人は図書館学の専門家)で運営される試験委員会で認定されると講座修了となる。

 遠隔研修という性格上,テキストに沿って学習し,課題を提出することがメインとなる。しかしはじめに行われる1週間の対面授業は,先に述べたコシツェとズヴォレンにある研修センターで受講することになっている。

 近年,英語の必要性が高まり,スロバキア国内では第2言語としての地位を築きつつある。それに伴って,受講生の中でも特に優秀な者には上級英語コースを設け,図書館業務に耐えうる英語力の養成をはかっている。

 受講生の募集はリーフレットやインターネットを介して行われ,期間中に175名が受講し,117名が修了した。

 

3.結論と将来性

 PROLIBによって,スロバキア語による,まとまった形での初の図書館職員研修プログラムが完成した。2000年にはスロバキア政府教育省がTUKにおける上記の6講座の開講を承認した。そして講座で使用されるテキスト類の保存を大学側に義務付けることにした。

 PROLIBは,内外にも様々な影響を及ぼした。2000年9月にはソロス基金主催による17か国の協力者会合が開催された。そこでPROLIBが紹介され,コンピューターを駆使した遠隔研修の方法が注目された。2001年3月,基金はズヴォレン出身のプログラム開発者を1名,米国のイリノイ大学における6週間の研修に派遣した。2001年7月にはブリティッシュ・カウンシル,スロバキア政府,TUKおよびソロス基金の運営機関であるOSI(Open Society Institute)の代表者がコシツェに集まり3日間のセミナーを開催した。そこでは英国,スウェーデン,米国を訪問した講座開発者の経験を,今後のスロバキアの図書館にどのように活かしていくかが話し合われた。

 PROLIBはEUによる試験的なプロジェクトであるため,プログラムの継続を望む声も強く,2000年1月から「EDULIB(Education for Librarians)」という名でPROLIBの事業が継続された。資金はOSIによって提供された。EDULIBでは研修施設をさらに充実し,6つの講座のうち4つの内容を更新し,39人の図書館員が受講した。さらに2001年8月から2002年2月まで「EDULIB II」として事業が継続され,知的所有権や資料管理システムに関わる新たな講座が開発されている。

関西館資料部文献提供課:岡本 常将(おかもとつねまさ)

 

Ref.

Dahl, Kerstin. et al. Training for professional librarians in Slovakia by distance-learning methods.Libr Hi Tech. 20(3), 2002, 340-351.

Tedd, Lucy. et al. Training librarians in the production of distance learning materials: experiences of the PROLIB project.Education for Information. 18(1), 2000, 67-76.

Sliwinska, Maria. “ICIMSS: a new opportunity for Central and Eastern Europe”. Online Information 99. proceedings 23rd international online information meeting. McKenna, Brian ed. Learned Information Europe Ltd, 1999, 79-85.

About the Open Society Institute and the Soros Foundations Network. (online), available from < http://www.soros.org/about_network/index. html >,(accessed 2003-03-20).

 


岡本常将. スロバキアの遠隔研修プロジェクト PROLIB. カレントアウェアネス. 2003, (276), p.8-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1495