CA1494 – PADIとSafekeepingプロジェクト / 原田久義

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カレントアウェアネス
No.276 2003.06.20

 

CA1494

 

PADIとSafekeepingプロジェクト

 

 「電子情報へのアクセスの保存(Preserving Access to Digital Information: PADI)」はオーストラリア国立図書館(NLA)が運営するイニシアチブで,電子情報の長期にわたる保存とアクセスの保証に関する活動を行っている。主な目的は次の4点である。

  1. 電子情報へのアクセスを保証するための戦略やガイドラインの開発・促進
  2. 電子情報保存に関する情報の提供と振興を図るウェブサイトの開発・運営
  3. 電子情報保存に関連する活動の積極的な発掘と提供
  4. 電子情報保存において関係各機関の協力を実現するためのフォーラムとなること

 PADIは1993年の発足当初,NLAを中心に文書館,博物館,美術館,フィルムサウンド・アーカイブやオーストラリア図書館情報サービス評議会,通信芸術省など国の文化関連機関の協力のもとにスタートした(CA1160参照)。しかし活動が進展するにつれて,協力関係も国際的な広がりをもつようになってきた。

 米国の図書館情報資源振興財団(Council on Library and Information Resources: CLIR)は現在スポンサーとしてPADIのプロジェクトに財政的な支援を行っている。また,英国の電子情報保存連合(Digital Preservation Coalition: DPC)とも複数のプロジェクトについて協力関係を結んでいる。

 PADIイニシアチブには諮問委員として,米国議会図書館,英国図書館,カナダ国立図書館,オランダ国立図書館,フィンランド国立図書館,ノルウェー国立図書館といった,電子情報の長期的な保存について主導的な役割を果たしてきた各国の図書館の代表も参加し,PADIの活動について助言を行っている。

 電子情報の長期的な保存とアクセスの確保というテーマには,多岐にわたる課題が含まれているため,PADIのウェブサイトでは,メニューをリソースのタイプとトピックに二分し,情報を整理して提供している。電子情報保存に関する質,量ともに充実したゲートウェイになっている。

 またDPCと共同で隔月のオンラインニューズレター(DPC/PADI What’s new in digital preservation)を発行して,その間にあった重要な研究発表や会議,イベント等を精選して,メーリングリストを通じて発信している。

 そして今PADIのこれまでの活動の集大成として,ひとつの成果がまとめられようとしている。ユネスコが「デジタル文化遺産保存(The Preservation of the Digital Heritage)」憲章の採択を目指す中,ユネスコからの委託でNLAが中心になってまとめようとしているガイドライン「デジタル文化遺産保存のためのガイドライン」がそれである(E021参照)。世界各地域での意見聴取会を経て今年,最終版が提出されたが,その草稿を見ると,PADIに収められた広範な情報をもとに,電子情報保存の責任の所在,情報発信者との協働,長期保存する電子情報の選択,保存のためのメタデータやOAIS参照モデル,著作権管理等,電子情報の長期的な保存とアクセスの保証に最低限必要な枠組みが提示されているのがわかる。

 このガイドラインとあわせてPADIが提供するウェブサイトをレファレンスツールとして活用することで,我々はこの複雑で困難な課題の全体像を,立体的に把握することができる。

 

 PADIが提供するウェブサイトには様々なタイプの情報へのリンクが収録されているが,リンクのいくつかに「Safekept」というマークが付いている。これは永続的な価値を有する論文,レポート,プロジェクト,方針,議論等へのアクセスを長期保存するために,NLAが2001年5月から行っているSafekeepingというプロジェクトから生まれたものである。

 PADIのデータベースは世界各国の登録ユーザによって情報が更新されているが,Safekeepingプロジェクトもそうした協力関係を基礎にしている。

このプロジェクトの最も困難な点は,情報の選択にある。つまりどのような情報が永続的な価値を持つのかの判断である。判断に当たって最も重視されるのは,その情報が独創性に富んだものであること,あるいは電子情報保存に関する考察において転換点となるものであることだ。具体的には,1996年に出されたUS Task Force on Archiving of Digital Informationの最終報告や米国研究図書館連合(Research Libraries Group: RLG)のウェブサイトで提供される基礎的な論考等が,この範疇に含まれる。次に,電子情報保存に当たって重要な問題やアプローチ,プロジェクト,研究等を扱った情報も収められる。また10年,20年にわたって価値を有するとは考えにくいが,一定期間,継続的な重要性をもつであろう情報も,レファレンスを目的として収録されている。このような事情からSafekeepingには,最新の情報は取り上げられていない。選択とその基準作りは当初,NLAのスタッフによって行われたが,現在,国外の協力者も多数参加するプロジェクトに進化している。

 また,Safekeepingの特徴的な点として,図書館が電子情報を収集保存するアーカイビングと異なり,保存の責任を情報の発行者や所有者にもたせていることが挙げられる。Safekeepingはあくまで,それを促す装置として機能する。保存に責任をもつ機関や人はSafekeeperと名付けられている。

 プロジェクトの第一段階で170の情報資源が選ばれた。その半数以上が図書館あるいは図書館関係の組織が発行したものだった。次いで高等教育機関が16%,残りは政府,電子ジャーナルの出版社,民間機関,調査機関,研究者等で構成されていた。2001年12月には,それらの電子情報の所有者とSafekeepingプロジェクトの間で,77の情報資源について,所有者の責任において長期保存を行うという合意がなされ,20の所有者と交渉を進めている。

 NLAがこのプロジェクトを推進していく過程で,電子情報の所有者と保存を行う機関との権利関係の調整が,電子情報の長期的な保存を行っていく上での最大の課題であることが明らかになった。いくつかの情報については,一機関内,例えば図書館とその研究部門で調整や交渉が可能なものもあるが,電子情報にあっては,所有権が複数の機関や個人にまたがる場合が多い。当然,権利交渉も複雑になる。そうした調整,交渉をどのようなメカニズムで処理していくのが適切であり,効率的であるのか。加えて,情報の所有者や提供者と保存を行っていく側は,電子情報の保存に当たってどのような役割を持ち,責任を果たしていくべきなのか。NLAはSafekeepingプロジェクトを通じた経験を蓄積していく中で,それを見出していこうとしている。このプロジェクトは,電子情報保存の小さな,しかし大きな意味を持つ実験場といえる。

関西館事業部電子図書館課:原田 久義(はらだひさよし)

 

Ref.

National Library of Australia. PADI. (online), available from < http://www.nla.gov.au/padi/ >, (accessed 2003-04-11).

Berthon, Hilary. et al. Safekeeping: A Cooperative Approach to Building a Digital Preservation Resource. D-Lib Magazine. 8(1), 2002. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/january02/berthon/01berthon.html >, (accessed 2003-04-14).

 


原田久義. PADIとSafekeepingプロジェクト. カレントアウェアネス. 2003, (276), p.6-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1494