CA1583 – 図書館員の大量退職に潜む構造的変化〜米国における図書館員不足の状況 / 早瀬均

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カレントアウェアネス
No.287 2006.03.20

 

CA1583

 

図書館員の大量退職に潜む構造的変化〜米国における図書館員不足の状況

 

はじめに

 来年には,我が国においてもベビーブーム世代である「団塊の世代」の定年退職が始まる(CA1573参照)。少子高齢化とも相まって,技術やスキルの継承,年金や医療などの社会保障が大きく社会問題視されているが,図書館界においては,一部で危惧が表明されているものの,必ずしも深刻な問題とはとらえられていないようである。一方,欧米においては,ベビーブーム世代の図書館員(ここでは図書館学修士号(MLS)あるいは図書館情報学修士号(MLIS)を取得した専門職をいう)の大量退職が人材不足に繋がる深刻な問題であると認識され(E386参照),国を挙げた対策が講じられつつある。しかし,欧米とくに米国における状況を見ると,図書館員の不足は,単に退職者が多いことだけが原因ではなく,実は図書館労働人口の構造的な変化が背景にあることに気付く。

 

退職者数の予測

 米国におけるベビーブームは,戦後直ぐの1946年から始まり,1964年まで続いた。その19年間の出生数は7千6百万人に上る。ドーム(Ariene Dohm)は,2000年の報告のなかで,大きな人口の層であるベビーブーム世代の退職が労働人口の減少による労働市場の悪化や他の世代への労働のしわ寄せ,さらには経済成長の遅延を引き起こすおそれのあることを指摘した(1)

 図書館員のベビーブーム世代が通常の退職年齢にあたる65歳に達するのは2011年以降となるが,リンチ(Mary Jo Lynch)らが労働統計局の2000年の国勢調査データを使って行った分析では,「65歳人口」のピークは2015年〜2019年の5年間とされ,2010年〜2019年の10年間にいまの図書館専門職の45%(48,222人)が65歳に到達することになる(2)

 

図書館員の労働力構成

 ドームは,上述の報告で1998年における「45歳以上人口」の占める割合の高い職業,すなわち年齢層の高い職業のランキングを示しているが,図書館員は高い順から7番目(56.5%)にランクされており,もともと年齢層の高い職業である(3)

 また,従来から女性が多数を占める職業であったが,2000年国勢調査でも女性の占める割合は82%と依然として女性の多い職場である(4)

 

図書館員が不足している

 しかし,実は,ベビーブーム世代の大量退職が始まる前の現在でも図書館員は不足している。米国の図書館員は1990年代に22%(18,819人)増加したが(5),2000年には,既に退職者のポストを埋めることが困難な状況があった。米国図書館協会(ALA)が2001年に図書館の人事担当者に対して行った調査(6)によると,回答者の73%がMLS取得者の採用が難しいと回答している。その主な理由は,図書館員の給料の低さ(38.4%)とMLS取得者がいないこと(28.8%)であった。MLS取得者の不足は,館種を問わず表明されている。

 図書館員の平均初任給は,年間約3万9千ドル(2004年)であるが(7),地域や館種によって異なる。図書館関係者からは年俸3万ドル半ば前後では質の高いMLS取得者を確保するのは難しいと報告されているし(8),一方,図書館学校修了者からは,折角MLSを取得しても,図書館では仕事量の割に3万ドル台の低い給与の職場しかないことに落胆する者もいるという。

 北米にはALA認定の図書館学校が56校(2005年)あり,毎年約5千人が修了する。したがって,退職で空いたポストを埋めることはできるはずであるが,新しい人材の確保ができない状況があり,その要因は図書館員側にも,図書館側にもあるように思われる。

 

構造的変化のトレンド

1)女性の職場の変化

 米国では,図書館は100年にわたって女性が多数を占めてきた職業であり,数少ない女性に開かれた職業だった。しかし,女性の職業選択の幅が著しく広がったために,図書館を志望する,とくに若い女性が減少した。例えば,図書館学校の学生数は1983年から2001年までの15年間で3倍になったが,30歳以下の若い女性の数は24%減少した。また,1990年代に女性の図書館員は30%(20,202人)増加したが,年齢では30代後半から40代前半の増加が一番多かった。一方,男性の占める割合は,対照的に1990年の23%から2000年には5%(1,383人)減少して,18%に落ちた。とくに45〜54歳人口は10年間で33%も減少しており,何らかの理由によってこの年齢層の多くが離職したことになる(9)。図書館は,女性が多数を占める職業であることは変わりないが,若年層(30歳以下)が補充されているというよりも,第2あるいは第3の職業を求める中堅・中年層の参入が拡大しているのである。

2)図書館関連以外への就職

 図書館学校の修了生の就職先として急増しているのが,図書館関連以外への就職である。かれらは民間企業,非営利機関,銀行などの金融機関,研究財団等において,情報コンサルタント,アーカイブサービス,コンピュータトレーニング,ソフト開発等に携わっている。これらのポストの平均給与は図書館員の平均初任給の22%増となることもあり,就職者の割合は2003年の2.61%から2004年は9.08%に拡大した(10)。図書館は,このような図書館以外の組織と人材獲得競争しなければならないわけである。

3)職能専門家(functional specialist)の急増

 米国研究図書館協会(ARL)の専門職種の推移では,1985年から2005年の間に,伝統的な職種である目録担当者(cataloger),利用サービス担当者及び整理担当者(11)は,それぞれ30%,45%,47%減少した。一方,レファレンス担当者や主題専門家(subject specialist)はそれぞれ42%,51%増加したが,なかでも最も顕著な増加を示したのが,職能専門家と呼ばれる職種である。この間に3倍以上に急増し,このまま増加すれば,ARL図書館においてレファレンス担当者を抜いて最大の職種になるだろうと予測されている。つまり,図書館が求める人材やスキルにも変化が生じているのである。

 職能専門家は,従来の図書館専門職で対応できなかった情報システム関係,財務・人事関係,アーキビスト,資料保存関係等の特殊な専門スキルを要請される職種であり,以下の点でこれまでの図書館員とは異なる特徴を持つとされる。

(1)MLS取得者が少ない(2000年の調査では,48%が持っていない)

(2)男性が多い(44%が男性である)

(3)経験年数が少ないわりに,給与が高い(12)(13)

 

人材不足への対応

 MLS取得者の不足に対して,地区の図書館協会等において様々な取り組みがなされている。例えば,フロリダ州ブロワード郡のGraduate Intern(14)やカリフォルニア州のPublic Library Staff Education Program(15)のように,専門職を目指す学生や職員に対してMLS取得を支援するプログラムが実施されているし,job bankを地区単位で設ける動きもある(16)

 連邦レベルでは,博物館・図書館サービス機構(Institute of Museum and Library Services:IMLS)が重要な役割を果たしている。IMLSは博物館・図書館サービス法(Museum and Library Service Act)の改正を経て,2003年から図書館員の採用に関連した助成を開始した。MLSや上位学位取得希望者に対する助成の他,MLS取得環境を改善するためにラトガース大学におけるMLISコースのオンライン化もIMLSの助成によって実現した。また,2004年には約百万ドルの助成を得て「労働力における図書館員の将来に関する全国的研究調査」も採択されている。この研究調査は,ノースキャロライナ大学を中心に,専門図書館協会(SLA)やARLその他の大学,関連組織が協力して実施する2年間の事業で,今後10年間に予想される図書館員不足の本質をつきとめ,館種・職種毎にどれくらい人材が必要となるか,それらの人材に求められるスキルはどのようなものかを明らかにして,効果的な人材確保の方法を提示することを目標とした大がかりなものである(17)。このような連邦レベルの取り組みは,2006年からこのプログラムの名称がThe Laura Bush 21st Century Library Programと改称されたことからもわかるように,自らも図書館員であったローラ(Laura Bush)大統領夫人のコミットメントによるところが大きい(18)

 

おわりに

 ベビーブーム世代の大量退職は,図書館の労働市場に大きな影響を及ぼす要因の一つと考えられるが,図書館員不足の要因はそれだけではない。その背景にある構造的変化のトレンドを理解しなければ有効な対処はできないと思われるが,その意味でも,IMLSの助成による上記全国的研究調査の成果が期待される。

名古屋大学附属図書館:早瀬 均(はやせ ひとし)

 

(1) Dohm, Ariene. Gauging the labor force effect of retiring baby-boomers. Monthly Labor Review. 2000.7, 17-25.

(2) Lynch, Mary Jo et al. “Retirement and recruitment: a deeper look”. (online), available from < http://www.ala.org/ala/ors/reports/recruitretire/recruitretire-adeeperlook.pdf >, (accessed 2006-01-08).

(3) Dohm, op. cit., (1), 19.

(4) Lynch, op. cit., (2).

(5) Lynch, op. cit., (2).

(6) Lynch, Mary Jo. “ALA recruitment & retirement survey”. (online), available from < http://www.ala.org/ala/ors/reports/recruitretire/recruitmentretirement.htm >, (accessed 2006-01-08).

(7) Davis, Denise M. “Librarian salaries: have they kept pace with inflation?”. (online), available from < http://www.ala.org/ala/ors/reports/LibrarianSalaries1982-2003-091605.pdf >, (accessed 2005-12-12).

(8) Newmarker, Chris. “Faced with shortage, New Jersey intensifies librarian recruitment”. 2005. (online), available from < http://www.phillyburbs.com/pb-dyn/news/104-01012005-425431.html&gt; (accessed 2005-12-12).

(9) Lynch, op. cit., (2).

(10) Maatta, Stephanie. Closing the gap ? placement and salaries 2004. Library Journal. 130(17), 2005, 26-33.

(11) 利用サービス(public services)担当者にはレファレンス担当者は含まれない。整理(technical services)担当者には目録担当者は含まれない。

(12) Wilder, Stanley J. Demographic change in academic librarianship. Washington, D.C, ARL, 2003, 76p.

(13) Kyrillidou, Martha et al. ARL annual salary survey 2004-2005. Washington, D.C., ARL, 2005, 108p.

(14) McConnell, Carole. Staff and leadership shortages?Grow your own. American Libraries. 35(9), 2004, 34-36.

(15) Low, Kathleen. California style. American Libraries. 35(9), 2004, 37-38.

(16) Salomone, Susan. Recruiting in the region. American Libraries. 35(9), 2004, 36.

(17) The Future of librarians in the workforce. (online), available from < http://www.libraryworkforce.org/ >, (accessed 2006-01-08).

(18) Institute of Museum and Library Services. (online), available from < http://www.imls.gov/whatsnew/current/101405a.htm >, (accessed 2005-12-17).

 


早瀬均. 図書館員の大量退職に潜む構造的変化〜米国における図書館員不足の状況. カレントアウェアネス. (287), 2006, 4-6.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no287/CA1583.html