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カレントアウェアネス
No.287 2006.03.20
CA1587
動向レビュー
米国国立医学図書館と図書館情報学国家委員会による健康情報サービス支援事業
1. はじめに
米国では,国立医学図書館(National Library of Medicine;NLM)が,医療専門家だけでなく,市民一般をもサービス対象とする方針転換をはかり,1990年代おわりから一般向け健康情報サービス(Consumer Health Information Service)の牽引役を果たしている。同図書館では,信頼のある健康情報サイトMEDLINEplus(1)や多くのデータベースを無料公開するほか,助成や関連の研究活動で個々の図書館や地域におけるサービスの支援事業を推進している。
2004年から2005年にかけ,2号に渡って一般向け健康情報特集を組んだLibrary Trends誌に詳細が報告された「健康情報アクセスプロジェクト」は,同図書館が一般市民やサービスの届きにくい環境にある医療専門家を含めた,地域での健康情報サービス強化のために1999年から18か月にわたって行った助成事業である。計53のプロジェクトが対象となった(2)。
また最近では,大統領および連邦議会の諮問機関である図書館情報学国家委員会(National Commission on Libraries and Information Science;NCLIS)が,重点領域の一つである「健康情報の提供に関する図書館の役割の拡充」の最初の事業として,図書館による健康情報サービスを展開する37プロジェクトを健康情報モデルプログラムとして表彰し,2005年2月にその報告書を大統領などへあて提出した(E331参照)(3)。
本稿では,米国において1970年代から展開されてきた様々な種類の図書館による健康情報サービスに対する制度的な支援として,前述の助成と表彰事業について解説する。あわせて,先進的なサービスとして同助成と表彰の対象となった事例についても,それぞれの報告書から紹介したい。
2. 米国国立医学図書館(NLM)による助成事業
NLMは,長らく医療専門家だけを利用者として焦点を定めてきたが,政府の健康重点政策を受け,その長期計画(4)に一般向け健康情報サービス,およびその支援を重点目標として掲げるようになった。初めての大きな関連事業は,1998年から公共図書館を中心に実施された実験プロジェクトであった。同プロジェクトの結果,1)公共図書館が健康情報サービスの拠点としてふさわしいこと,2)主に研修の面で医学図書館が公共図書館に協力できること,3)地域での医学および公共図書館などの協力が重要なことなどが指摘された(5)。1999年から並行して進められたのが「健康情報アクセスプロジェクト」で,一般向けサービスを前提とした健康情報サービスを提供する図書館等への助成事業である。このプロジェクトは,地理的にサービス拠点から離れているということだけではなく,いわゆるマイノリティと呼ばれる英語を母国語としない少数民族であったり,または経済的な理由や適切な教育機会が少ないために読解力やコンピュータの扱いが不得手であったりと,情報サービスを受ける上で様々な障壁のある人々に手を差し伸べる「アウトリーチプログラム」の一つとして位置づけられた。このため,申請にあたっては,障壁を取り除くひとつの手段として特に電子的な情報アクセスに焦点を置くことが条件とされた。助成金として11の単独機関にそれぞれ1万ドル,42の複数機関から成るプロジェクトにそれぞれ4万ドルが,全国医学図書館ネットワーク(National Network / Libraries of Medicine;NN/LM)の地域拠点図書館(Regional Medical Libraries;RML)を通じて授与されている。プロジェクトの実施地域は34州とワシントン特別地区の計35地区に渡っている。Library Trends誌の報告には,個々の事例紹介はないが,全体の傾向,プロジェクト成功の鍵などの分析結果がまとめられている。
3. 図書館情報学国家委員会(NCLIS)による表彰事業
NCLISは,1970年に創設された,大統領と議会に図書館情報政策について勧告をするための米国政府の恒久的な独立機関である。2004年1月に,数年ぶりに空席が埋められ,16名の委員がそろったのを機に,国民の利益につながる図書館情報サービスを目指して,3つの目標を設定し公表した。
1) 図書館情報サービスの評価
2) 国民の暮らしと図書館情報学の関連性の強化
3) 図書館情報サービスの拡充と改善のための調査開発の促進
これらの目標のもと,さらに6つの重点領域が打ち出されたが(E308参照)(6),「健康情報の提供に関する図書館の役割の拡充」はそのひとつである。背景にはやはり政府の健康重点政策があり,病気や医療に関する情報ニーズへの対応に加えて,Healthy People 2010(7)に代表されるような健康的なライフスタイルを推奨する運動への協力が期待されている。
この健康情報に関する重点領域について,同委員会内にタスクフォースが組織され,リーダーには地域の健康運動の旗手でもある通信社のコラムニストが採用され,メンバーには公共図書館関係者と公衆衛生学の研究者が指名された。同タスクフォースは活動の手始めとして,2004年NCLIS消費者健康情報図書館栄誉賞(The 2004 NCLIS Blue Ribbon Consumer Health Information Recognition Awards for Libraries)と称する表彰を実現した。同表彰の目的は,受賞プログラムを称えるとともに,これから健康情報サービスを始める図書館のために参考となる成功事例を集めることと,それらを大統領や議会への提言の材料とすることである。賞金はない。表彰にあたって同委員会は,全米各州の図書館団体代表(Chief Officers of State Library Agencies;COSLA)に協力を仰ぎ,各州から推薦されたプログラムのうち37のプログラムを選んでいる。このためか,受賞プログラムが複数存在する州はないが,先のNLM助成を受けたプロジェクトもいくつか含まれている。いずれのプログラムも影響の大きさ,革新性,そして他の図書館でも応用可能であるという観点から選ばれた。同委員会は,
各事例をまとめた報告書に添付された,大統領などにあてた手紙の中で,健康情報サービスにおける図書館の位置づけを調査するために,医療関係組織など官民の協力関係の創設を求める提言をしている。
4. 二つの報告にみる健康情報サービスの成功事例
4.1. サービスの担い手と協力・分業
NLMの助成プログラムは,1998年の実験プロジェクトでも支持された「直接サービスをする公共図書館とそれを支援する医学図書館」という組み合わせが多く,公共図書館と大学医学図書館(33%),あるいは公共図書館と病院図書館(29%)の共同プロジェクトがそれぞれ約1/3ずつを占めている。一方,NCLISの表彰プログラムも,15(41%)が複数の組織の共同事業に力をいれているが,単独の館種や3館種以上の例もあるなど,その組み合わせは多様である。地域の事情によって適切なサービスの担い手が異なることは,個々の事例を見ると理解できる。たとえば,マサチューセッツ州やワシントン州の受賞プログラムは, RMLとなっている大学医学図書館の活動である。公共,大学医学,病院の3種類の図書館以外の担い手もいくつかのプログラムで見られる。大規模病院(ミシガン州),医師会図書館(デラウエア州),医学会(フィラデルフィア州),健康教育センター(ジョージア州)などがそれである。
NCLISの事例では,協力,あるいは分業体制の具体例が紹介されている。たとえば,大学医学図書館で専門的な知識へのニーズに応える体制として,ワシントン州では,公共図書館で受けた専門的な質問を地域拠点の医学図書館へ回付している。また,カンザス州では,公共図書館の健康情報サービスを実施するためのコーディネータとして医学図書館員が指名されている。ニューハンプシャー州,テネシー州のプログラムは大学医学図書館での専門資料の提供例で,要望に応じて特定トピックの資料を集めて提供する情報パケットサービスを実施している。
公共図書館と医療専門家との協力関係も多く見られる。フロリダ州のプログラムでは,公共図書館でのレファレンスサービスに医療専門家を起用している。ルイジアナ州のプログラムでは,古くから出張クリニックの会場として地域で身近な公共図書館が使われていて,その延長で健康情報サービスが行われている。また,ハワイ州では,医療機関が患者に対して公共図書館での情報入手を勧めている。ヴァージニア州のプログラムは,医師が患者に必要な情報を“処方する”「情報処方プログラム」である。これは,NLMが米国内科医師会と協力して主導するプロジェクトで,MEDLINEplusからの情報を主に利用している。
4.2. 活動内容
報告書の中で注目して取り上げられている活動内容は,教育研修,ウェブサイト構築,特定地域やグループに対するサービス,そして広報やマーケティングである。
教育研修は,NLM助成プロジェクトでは85%にあたる45のプロジェクトで実施されていて,計820セッション,13,750名が参加している。NCLIS受賞プログラムでも19(51%)が研修に力を入れている。対象者として,図書館員向け,一般市民向け,医療関係者向けの三種類があるが,最も頻繁に行われているのは,大学医学図書館員が協力する公共図書館員向け研修である。NCLISの受賞プログラムでは,オクラホマ州,テネシー州,ユタ州,ワシントン州などの事例があげられる。類似の例はニューヨーク州のプログラムで,ここでは公共図書館が病院図書館と提携して医学図書館員を雇用している。この医学図書館員はNLMなどの助成金を受け,2003年の1年間で州内30館の図書館員225名に対して研修を行った。さらにいくつかの公共図書館で健康情報プログラムのコンサルティングにあたるなど,幅広い活動を行っている。また,ネブラスカ州では,1985年から公共図書館員の健康情報サービスのための研修プログラムを実施し,研修ビデオも作成している。
一般市民向けの教育活動は,自らインターネット上の健康情報を探したい人向けに,信頼できる情報源を探すセミナーが中心である。ちなみに,米国では,74%の成人がインターネットに接続できる環境にあり,そのうち72%が健康情報を探したことがあると言っている(8)。また,公共図書館の98.9%が利用者にインターネット環境を提供しているので,自宅からのインターネット接続ができない人もここで利用が可能である(9)。そのため,公共図書館分館での演習つきのセミナーが効果的であるという結果が,NLM助成事業の分析として報告されている。ユニークなのは,MEDLINEplusの普及のために,11年生(高校生相当)にデモと演習のクラスを実施したテキサス州の例である。計2,000名の参加者はさらに同級生や地域へのMEDLINEplusの利用促進に一役買うことを期待されている。医療関係者を対象に,一般向けのリソースやその探し方を教える教育プログラムは,公衆衛生情報サービスを並行しているアリゾナ州や,前述のヴァージニア州の「情報処方プログラム」などで実施されている。
既存のインターネット上の健康情報を利用したり,その探し方を一般市民に教えると同時に,信頼できるリソースへのリンクや,地域に根ざした情報をオリジナルで搭載するウェブサイト構築を主眼とするプロジェクトも多い。NLMの助成のうち38プロジェクト(70%)がそうであった。NCLISの事例にも掲載されているハワイ州のプログラムでは,多くの島が分散している地理的な特徴から,情報提供のゲートウェイとなるウェブ構築は不可欠であった(10)。また,移民の多い地域の特徴にあわせ,特にスペイン語など,英語以外の言語を含む多言語によるウェブサイトを構築する例も多い。ほかに,類似のプロジェクトと相乗りで情報ウェブサイトを構築,運営している例もある。アリゾナ州のAZHealthInfo (11)は,地域の公衆衛生関係者向けの情報サイトを一般向けにも拡充したものである。また,コロラド州では,デンバー市の公共図書館と環境健康部門が協同し,公共図書館の健康情報サイト(12)と健康促進を目標とする医療関係者向けのDenver Healthy People 2010のサイト (13)を並行して構築,運用している。
サービスの行き届きにくい地域や,特定グループへのサービスは,NLMでもアウトリーチサービスとして重きを置いている。NLM助成のプロジェクトでも,移民など,いわゆるマイノリティへのサービスを9件が,高齢者向けサービスを7件が実施している。NCLIS受賞プログラムでも16(43%)件が,これまでサービスが不十分だった地域や,マイノリティ向けサービスを特に実施している。具体的な活動としては,サウスカロライナ州の広範囲の遠隔地サービスを目指したウェブサイト(14)や,移民が多いワシントン州の民族や言語ごとの健康情報を搭載したウェブサイト(15),アイダホ州やインディアナ州で実施されている高齢者向けコンピュータリテラシーも含めた,インターネットによる健康情報の探し方を教えるプログラムなどがある。
広報やマーケティングの重要性は,NLMの報告書で特に指摘されている。半数以上のプロジェクトで宣伝用のしおりやパンフレット,ポスターの作成が行われ,その他,地元メディアへのニュースリリースや,関連行事への参加などが実施されたと報告されている。
5. NLMとNCLISの今後の関連活動
NLMは,ここで紹介した事業以降も引き続きマイノリティ向けサービスを対象とした助成金事業を継続している。また,NCLISは内容を改訂して再び表彰を実施する予定である。2006年NCLIS図書館健康情報賞(2006 NCLIS Health Awards for Libraries)(16)がそれで,2006年1月末まで候補を募集中である。2004年と同様にCOSLAを通じて候補が集められるが,二次審査には米国医師会会長ほか数名の医療関係者も加わり,表彰式は2006年5月,NLMを会場として行われる予定とのことである。さらに,トップ10には1,000ドル,最高賞には2万ドルが賞金として授与されるなど,より影響力の大きな賞として企画されている。また,受賞対象には公共図書館だけでなくすべての館種が対象となることが強調され,より広く事例を集め,当初の計画に示されていた健康情報サービスのプロトタイプ作成を目指すものと思われる。
6. おわりに
本稿で紹介したNLMやNCLISのほかにも,図書館による一般向け健康情報サービスを支える全国規模の組織は多く存在する。公共図書館向けのサービスガイドラインやガイドブックを刊行する米国図書館協会の公共図書館部会(Public Library Association;PLA)や,同じようにガイドブックの出版や継続教育,認定制度を運営する米国医学図書館協会(Medical Library Association;MLA),科学的な健康に関する知識を高めるための一般向け冊子を作成して配布している米国科学振興協会(American Association for the Advancement of Science;AAAS)(17)などである。
また紹介した事例のように,地域の特徴にあわせた多様なサービスも各地で実行されている。手厚い支援体制と,実績の積み重ねが,米国での一般への健康情報サービスの発展を支え,さらに活性化している様子がうかがえる。
慶應義塾大学信濃町メディアセンター:酒井由紀子(さかい ゆきこ)
(1) MEDLINEplus. (online),< http://www.medlineplus.gov> , (accessed 2006-01-15).
(2) Ruffin, A. B. et al. Access to Electronic Health Information for the Public: Analysis of Fifty-Three Funded Projects. Library Trends. 53(3), 2005, 434-452.
(3) The United States National Commission on Libraries and Information Science (NCLIS). Libraries and Health Communication Task Force. “Libraries and health communication: model programs in health information provided by libraries throughout the nation: the 2004 NCLIS Blue Ribbon Consumer Health Information Recognition Awards for Libraries”. [May 2, 2005] (online), available from < http://www.nclis.gov/info/ModelProgramsReport04-19-05.pdf >, (accessed 2006-01-15).
(4) National Library of Medicine. “Long range plan 2000-2005.” 2001. (online), available from < http://www.nlm.nih.gov/pubs/plan/lrp00/lrp00.html >, (accessed 2006-01-15).
(5) Wood, F. B. et al. Public library consumer health information pilot project: results of a National Library of Medicine evaluation. Bulletin of the Medical Library Association. 88(4), 2000, 314-322. (online), available from < http://www.pubmedcentral.nih.gov/picrender.fcgi?artid=35252&blobtype=pdf >, (accessed 2006-02-01).
(6) The United States National Commission on Libraries and Information Science (NCLIS).”Special report: the new NCLIS”. January 2005. (online) Available from < http://www.nclis.gov/libraries/SpecialReporttNewNCLIS.pdf >, (accessed 2006-01-15).
(7) Healthy People 2010. (online), < http://www.healthypeople.gov/ >, (accessed 2006-01-15).
(8) “Number of cyberchondriacs – U.S. adults who go online for health information – increases to estimated 117 million”. The Harris Poll, (54), July 15, 2005. (online), available from < http://www.harrisinteractive.com/harris_poll/index.asp?PID=584 >, (accessed 2006-01-16).
(9) Bertot, J. C. et al. Public libraries and the Internet 2004: survery results and findings. 2005,111p. (online), available from < http://www.ii.fsu.edu/projectFiles/plinternet/2004.plinternet.study.pdf >, (accessed 2006-01-18).
(10) Hawaii Health Portal. (online), < http://hawaiihealthportal.org/ >, (accessed 2006-01-15).
(11) AZHealthInfo. (online), < http://www.AZHealthInfo.org >,(accessed 2006-01-15).
(12) “Health and Medicine”. Denver Public Library. (online), < http://denverlibrary.org/research/health >, (accessed 2006-01-15).
(13) Denver Healthy People 2010. (online), < http://www.denvergov.org/hp2010 >, (accessed 2006-01-15).
(14) Hands on Health South Carolina. (online), < http://www.handsonhealth-sc.org/ >, (accessed 2006-01-15).
(15) Echnomed. (online), < http://www.ethnomed.org/ >, (accessed 2006-01-15).
(16) 2006 Health Awards for Libraries. (online), < http://www.nclis.gov/award/healthawards06.html >, (accessed 2006-01-15).
(17) Healthy People Library Project. (online), < http://www.healthlit.org/ >, (accessed 2006-01-15).
Ref.
酒井由紀子. “北米における消費者健康情報(Consumer Health Information)の歴史と現状”. 健康・医学情報を市民へ. 東京, 日本医学図書館協会, 2004, 67-130.
酒井由紀子. 米国国立医学図書館と図書館情報学国家委員会による健康情報サービス支援事業. カレントアウェアネス. (287), 2006, 13-16.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no287/CA1587.html