CA1282 – 公共図書館の予算減がもたらすもの / 田中敏

カレントアウェアネス
No.242 1999.10.20


CA1282

公共図書館の予算減がもたらすもの

公共財である公共図書館の運営は,自治体の予算によって賄われている。予算は政治・経済状況によって大きな影響を受けるため,公共図書館もまたその影響を受けることになる。予算が減った場合に図書館がとる行動として考えられるのは,図書購入費の減額や開館時間の縮小などである。英国で行われた二つの調査は,予算減に図書館がどのように対処し,それによって利用者がどのような影響を受けたのかを調べている。

図書の購入予算と利用の関係

英国図書委員会(出版関係団体によって1975年に設立された調査・政策提言のための団体)が行った調査は,公共図書館の予算と図書の貸出冊数の関係を調べている。1984/85会計年度から1994/95会計年度までの10年間に,英国全体の貸出密度は11.4から9.2に減少した(1997/98年度では8.2にまで落ち込んでいる)。しかし,図書館行政庁別や図書の種別に変化を見ると,必ずしも一様な落ち込み方ではないことがわかる。

この10年間において,図書購入費を維持しているところでは貸出も順調であるが(ウェールズのラネリーで支出155%増で貸出37%増・同ロンダで支出166%増で貸出27%増など),図書購入費を維持できていないところでは貸出も減少していた(ロンドンのランベスで支出26%減で貸出59%減・同サザークで支出23%減で貸出50%減など)。総じて,ロンドンをはじめとする大都市圏の落ち込みが激しく,非大都市圏域では顕著な減少はない。

貸出の減っている理由としては,他にも非効率な経営や短期主義的な行政などがあげられているが,やはり図書購入費が一番大きな要因のようである。図書購入費を維持できない理由は,必ずしもその図書館の予算総額が減っているからということだけではなく,図書購入費に関する他のさまざまな要因も関係している。

1997年までの10年間において,図書館の総予算の実質価値(名目上の金額ではなく物価上昇を考慮した価値)は減少していないが,図書購入費は実質では減少している。その理由の一つは,図書の価格の上昇である。この期間に図書購入費は名目では56%増加したが,物価上昇率で調整すると3%の減少となり,図書の価格の上昇率で調整すると12%の減少となる。そのため,総予算が減少していなくても図書購入費は減少していることになる。コンピュータなどの図書以外の設備への支出が増えたことも図書購入費の減少につながっている。

また,利用される図書の種類の変化も図書購入費に影響を与えている。図書館の貸出の内訳をみると,小説の利用が減っている一方で,実用書や専門書,児童書などの利用は増えている。一般的に言って,専門書の方が小説などよりも単価が高いため,限られた購入費の中で利用者の満足できる図書をそろえるのが困難になり,利用者の減少につながることになる。

図書館の閉鎖・開館時間の縮小の影響

シェフィールド大学のプロクター(Richard Proctor)がイングランドとウェールズの図書館を対象に行った調査で,1986/87年度から1996/97年度の10年間にほぼ90%の図書館で図書館の閉鎖ないしは開館時間の縮小が行われていたことが分かった。

179もの図書館が閉鎖されたが,その3分の2は財政的な理由によるものであり,16万人以上の人が近隣の図書館の利用機会を失った。図書館の閉鎖された地域の70%では移動図書館による代替サービスが行われたが,利用者にとって十分なものではなかった。図書館の利用をやめてしまった人も多いが,その割合は場所によって異なった。代わりの図書館までの距離が同じくらいであっても,その場所が住民の生活圏にあるかどうかによって大きく違ってくるようである。

また,シェフィールドでは学校の教師や親に協力してもらい,近隣の図書館が閉鎖されてからの2年間で子どもの図書館利用がどう影響を受けたかを調べている。教師も親も,閉鎖の影響は非常に大きいと感じているが,読書の量よりも質に対しての影響が大きいようである。例えば,書店では図書館でのようにたくさんの本を見比べることができないことから,子どもが読む本を自分で選ぶ能力が影響を受けている。また,子どもが図書館へ行くことによって得られていた人とのふれあいなどの社会的経験も,重要な点として指摘されている。

閉鎖ではなく開館時間が縮小された場合でも,利用者への影響は大きい。開館時間が縮小されると,利用者は図書館にぶらりと立ち寄りにくくなり,図書館を訪れる回数が減ることになる。定期的に図書館を利用していた人も,減少した利用機会に自分の都合を合わせ続けるのは難しいため,利用回数が減ることになる。こうして,開館時間の縮小の1,2年後には貸出の減少につながることになる。

田中 敏(たなかさとし)

Ref: National Book Committee. Public Libraries & Their Book Funds. London, Book Trust, 1997. 19p.
Proctor, Richard. Survey reveals scale of library cuts and closures. Res Bull-Br Lib Res Innov Cent (21) 9-10, 1998