CA1371 – 英国の公共図書館が閉館に至るまで / 冨田陽子

カレントアウェアネス
No.258 2001.02.20


CA1371

英国の公共図書館が閉鎖に至るまで

英国の公共図書館は,過去25年間において,削減される予算との兼ね合いの中でサービスの質を維持する闘いを強いられ,閉鎖を余儀なくされることも多かった。労働党政権となってからは,公共図書館間のネットワークの重要性が認識されるようになったが,それでもまだ,図書館閉鎖の恐れは,特にイングランドとウェールズにおいて消滅していない。

その図書館閉鎖という最悪の事態に至る道筋を明らかにしようとした調査が行われた。1992年から1997年の間に,予算上の都合で図書館を閉鎖したイングランドとウェールズの35の図書館行政庁に調査票が配布され,このうちの20の行政庁(57%)より回答が得られた。この中から,さらにこの問題に積極的な行政庁が10選ばれ,サービス業務責任者(service heads)に対しインタビューが行われた。

大多数の行政庁にとって,閉鎖は不本意なことであったようだ。閉鎖の主な要因の一つには利用の少なさも挙げられていた。開館時間の縮小という処置もよく取られるが,その結果,以前は利用が多かったのに,たちまち利用が減り,閉鎖に追い込まれるところもあった。

調査票による調査では,82%以上の行政庁で閉鎖を初めに提案したのは図書館管理担当部門であることが明らかになった。地方議員が提案したのは,たった3か所に過ぎない。提案者が誰であれ,利用者は閉鎖の責任が議員にあるとみなしがちなので,議員は閉鎖に消極的なのである。

また,大部分の行政庁が,閉鎖決定前に住民の意を問うことに対して懐疑的であり,意見を聞く場を設けなかったという。それを行った行政庁の中には,単に「図書館が存在するから」閉鎖に反対したがる傾向を非利用者に見出したところもあった。実際,非利用者の影響は大きく,1,500人の利用者登録しかない図書館の閉鎖に対し,反対署名が5,000人分も集まったケースがあった。住民との意見交換を行わなかった行政庁の管轄区域でも,住民は反対運動を起こした。それは,「自分たちの」図書館に対する強い思いの表われなのだと調査者は述べている。

ほとんどの行政庁は,会計年度にとらわれ,ごく短期間で図書館閉鎖を決定せざるを得ない状況にあった。唯一,2年という長期間,調査や住民との意見交換を重ねつつ閉鎖を決定した行政庁があった。労力はかかるけれども,議員や利用者のより充分な理解を得るには,どうしても長い時間が必要だったと担当者は述懐している。

その行政庁は,閉鎖の対象となる最も非効率的な図書館を選ぶために,非常に「科学的」な手段をとっていた。すなわち,貸出総数,過去5年間の貸出傾向,開館1時間あたりの貸出冊数や来館者数,最も近い図書館やより規模の大きな図書館との距離,公共交通手段の利便性などの調査である。しかし,これは例外的なケースである。大多数の行政庁では,こうした調査は軽視され,「利用の少なさ」と「最も近い図書館からの距離」が基準とされていた。

しかし,「利用の少なさ」といってもいろいろある。ある行政庁では年間8,000件の貸出がある図書館が,また別の行政庁では54,000件の貸出がある図書館が,ともに「利用の少ない」図書館とされたという。また,利用者は,閉鎖後,その次に近い図書館を利用するとは限らない。日常の行動範囲にある遠距離の図書館を利用することも多いのである。

10年前と同数の館を維持するのに半分の予算で四苦八苦している行政庁も珍しくない中で,閉鎖がサービスを向上させたところも数館ある。あるロンドン特別区では,14館のうち半分を閉鎖し,残りの館の開館時間の延長,購入資料の増大に成功した。しかし,閉鎖によって直接影響を受ける利用者に報いることは大変に難しいようだ(CA1282参照)。

インタビューでは閉鎖を悔やむ声もあった。閉鎖によって浮くはずの予算が期待外れなほど少なかった行政庁もある。肯定的に考えれば,少なくとも議員が図書館運営に関心を持つようになったことは,収穫であったといえるのかもしれない。閉鎖の結果,予算削減の割合が減少した行政庁もあるのである。

どうしても避けられない場合の図書館閉鎖は,全体としてのサービス向上のための手段であるべきであろう。もちろん,行政庁は閉鎖を決定する以前に充分に調査を行うべきである。利用者との意見交換の場は,閉鎖が決定した後の交渉の場ではなく,政策決定の判断材料を収集する場にしなくてはならない。

地方公共図書館は,単に本を借りる場所ではなく,孤独,倦怠,絶望感などから人々を救い,アイデンティティや地域社会に対する認識を持たせ得る場所なのだと調査者は述べている。そのような図書館を守るため,政策担当者や行政庁のよりいっそうの認識の向上が望まれる。

冨田 陽子(とみたようこ)

Ref: Proctor, Richard et al. Public library closures: the management of hard decisions. Libr Manage 21(1/2) 25-34, 2000