CA1153 – 公共図書館のストライキと利用者の反応 / 石塚陽子

カレントアウェアネス
No.218 1997.10.20


CA1153

公共図書館のストライキと利用者の反応

1995年の6月から8月にかけて,イギリスのシェフィールド市の図書館情報サービスに携わる職員が8週間もの長期に渡ってストライキを行った。このストライキによって,全ての業務は何の代替手段も無く停止してしまったのだが,シェフィールド大学のプロクター(Richard Proctor)らは,この前代未聞の出来事を,利用者の行動と態度を知るのにこれまでにない好機とみなし,調査を行った。調査において特に焦点が当てられたのは以下の点である。1)図書館の閉鎖が,それまで習慣化された図書館の利用と利用者の態度にどの程度影響するであろうか。2)図書館利用者の生活にとって,図書館というものはどの程度重要なのであろうか。3)ストライキによって明らかにされた図書館サービスに対する一般大衆とマスコミの態度は,どのようなものであったか。4)地域の基本的な施設として,図書館はどの程度重要なのか。

調査は,来館利用者・電話サービスの利用者・図書館職員・書店員へのインタビュー,貸出データの分析,タウン紙の内容分析など,多方面に行われた。土曜日や夜間の利用者も調査対象に含まれていたにもかかわらず,調査を実施した中央館など5館で,調査対象となった利用者のうち,70%もの人が無職であった。これは,職業を持つ人にとって図書館の利用がいかに制限されてしまっているかを表している。

調査の結果,ストライキの間ほとんどの回答者は,大学図書館や他の地域の図書館を利用する,本を買って読むなど,通常の公共図書館の利用に類似した行動をとっていたことが明らかになった。しかし,そうした代替手段では十分に満足できない利用者が多かったようである。

また,調査した図書館のうち,2つの図書館では,回答者の半数以上が普段週に少なくとも1回は来館しているという事実が確認された。図書館利用の頻度の差は,その地域の性質によるものであるらしく,社会的・経済的水準が低く,失業率が高い地域の図書館では,この割合がなんと72%にものぼった。(その図書館における回答者の中で,大学教育を受けている者はわずか1%にすぎない。)反対に,回答者の44%が大学教育を受けている裕福な地域の図書館では,この数字はわずか20%にとどまっている。

さらに,利用者には通常,学習の目的で図書館を訪れる者も多いという結果が出たが,主に高等教育を受けていない利用者に,学習の目的で図書館を利用する傾向が認められた。この傾向は,特に少数民族の人口割合の高いダナールの図書館に顕著であり,そこでは学習のために図書館サービスを利用している人々の多くが,だれにでも参加できる公開学習講座をも利用しているということであった。ロンドのある地域においても,図書館におけるそのような学習講座を利用している人々の多くが,少数民族出身の人々であるという報告がある。

イギリスでは,他の先進国に比べて,正規の高等教育を受ける人口割合が著しく低い。しかしだからといって,イギリス人の教育水準が低いというわけではない。というのは,日本の放送大学のモデルであるオープン・ユニヴァーシティで学ぶ人々や,公開学習講座などを利用する人々が多く存在するからである。自主的に学ぼうとするそのような学習者が増え,教育と生活との間の伝統的な境界がなくなりつつある時代の流れの中で,公共図書館の果たす教育的役割は大きくなってきていると言えるだろう。

また,ストライキが原因でもう図書館を利用したくないと答えたのは,518人の回答者のうちわずか2人だけだった。開館後の本の貸出量も以前と変化はなかったという。これらの調査結果に,読書という行為がいかに人々にとって欠くことのできないものであるかが如実にあらわれているのではないだろうか。

ストライキの間は,図書館が閉館しているために,図書館が立地する商業地区へ足を運ぶ回数が減ったと回答した者も23%いた。図書館の近くの書店でも,来館するついでに立ち寄る人がいなくなったので,売り上げが落ちたと報告している。図書館の存在は,その地域の商業にも影響力を持っているのである。

このストライキによる図書館サービスの停止のために,利用者はサービスのありがたみを再認識し,自らがいかにサービスに依存してきたかに改めて気づかされた。ストライキ中に新聞に掲載された投書はおおむね職員の立場に同情的であったし,ストライキ後の3ヶ月間に届いた3,427通ものコメントの実に98%以上が,好意的なものであったという。図書館サービスがいかに人々の生活の奥深くにまで浸透し,不可欠なものとなっているかがこのストライキを契機とした調査によって明らかにされたと言えるだろう。

石塚 陽子(いしつかようこ)

Ref: Proctor, Richard et al. What happens when a public library service closes down? Libr Manage 18 (1) 59-64, 1997
Got the library,s-on-strike blues. Libr Assoc Rec 99 (1) 38-39, 1997
Greenhalgh, Liz et al. Libraries in a World of Cultural Change. UCL Press, 1995. p.100-111