カレントアウェアネス
No.218 1997.10.20
CA1152
簡便な脱酸性化技術の特許
LCはDEZ法,そしてブックキーパー法と大量脱酸性化処理の検討を重ねてきた。しかし,最近,LCより出された劣化抑制技術に関する2件の米国特許は,いずれもDEZ法やブックキーパー法とは異なる。
最初の特許は,米国特許5,393,562で,インドのKathpalia氏による10,000〜100,000ppmの高濃度のアンモニアガスを用いて酸性紙を処理するとアルカリ性になるという報告に基づいて,より現実的な処理法として考案されている。処理は,酸性紙,特にpH5.5以下の紙から作られた図書や文書を,0.05〜10ppmのアンモニアガス雰囲気中に保存することによって脱酸性化を図り,劣化を抑制するものである。このとき,pH5程度の弱酸性の紙では比較的低濃度のアンモニアガスで十分であるが,pH4以下の酸性の強い紙には,1ppm以上の高濃度のアンモニアガスにより処理する必要がある。
処理室の温度は2〜21℃とし,アンモニアガスは空気より軽いので,ファンによって循環することが望ましい。また,処理後に図書館の本棚など通常の環境条件下に移して保存すると紙のpHが再び低下し,最終的には処理前のpHまで戻るため,密閉された空間の中で低濃度のアンモニアガスを継続的にまたは定期的に図書に対して投与することが劣化抑制に有効である。
アンモニアガスの濃度については,低すぎると効果が少なくなる一方,高濃度になると有害性の問題がある。通常,1ppm以上でアンモニアの刺激臭を感じるようになる。この方法では0.5〜5ppmの濃度を推奨している。この点に関しては,アメリカ産業衛生専門家会議が,空気中の化学物質許容濃度値,すなわち,1日8時間,週40時間の時間荷重平均濃度で,ほとんどすべての労働者が毎日繰り返し暴露されても健康に悪影響を受けない濃度を定めているが,アンモニアガスの場合25ppm以下になっている。そこで,この方法においては,予め2.5〜10ppmの高濃度のアンモニアガス処理を行った後,低濃度のアンモニアガス雰囲気の保存室へ移すとよいとしている。また,高濃度処理の際には処理室内を減圧下におくとより効果的である。
したがって,継続的に室内でアンモニアガス処理を行う場合には,アンモニア臭や人体への影響に十分配慮する必要があり,一方,アンモニアガスは紙中から拡散して効果が薄れていくため,継続的な処理を行うことができない場合には処理室を設け,比較的高濃度の定期的な処理が必要であろう。
2つめの特許は,米国特許5,537,760で,低温度,低湿度の下で図書・文書を保存することによって劣化を抑制する方法である。しかし,処理によって紙の柔軟性が低下し,閲覧等のハンドリングに支障が生じることになるので,上記の保存状態から取り出したときに5〜50torrの減圧下で同時に水蒸気処理を施すことによって柔軟性を回復させるというものである。
この方法では,図書を温度2〜7℃,相対湿度20〜25%の条件で保存するが,このとき紙の水分は約3%まで低下する。この条件による保存から解除する際に室温(約25℃)で12〜30torrの真空度のチャンバー内に連続的に水蒸気を投入しながら,3.5から6時間図書に処理を行う。この処理によって紙の水分は約6%まで上昇し,紙の柔軟性が回復できる。
ご存じのように紙は水分,湿度に対して極めて鋭敏に反応する素材であるため,この方法では水蒸気を投入する柔軟性回復処理を含めて紙の水分管理には十分に注意を払う必要がある。
以上の2つの処理法とも,比較的簡便であるという利点はあるが,実施に当たっては処理および保存条件に管理を要する点が多く,大量脱酸性化処理というより比較的小ロットで実施する保存処理として可能性があると思われる。
東京農工大学:岡山 隆之(おかやまたかゆき)
Ref: Patents for low-cost deacidification, rapid retrieval in remote storage facilities. Abbey Newsl 20 (8) 105-106, 1996
Sebera, D.K. Method of Preserving and Storing Books and Other Papers. U.S.Patent 5,393,562. 1995-02-28
Sebera, D.K. System of Low-Temperature Low-Humidity Preservation Storage and Accelerated Retrieval of Books and Other Papers. U.S.Patent 5,537,760. 1996-07-23