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カレントアウェアネス
No.283 2005.03.20
CA1547
米国愛国者法の制定と図書館の対処
1. はじめに
図書館は,利用者が,図書館で何を読むかや,図書館のコンピュータでいかなる情報にアクセスするかに関知しない。こうした読書の自由を含む表現の自由は,民主主義の基礎といえる。他方で,図書館は,利用者が明白な法律違反行為を行う場合には,当然通報義務を負う。
2001年9月11日の同時多発テロ事件から2か月足らずで制定された米国愛国者法(USA PATRIOT ACT, Pub.L.No.107-56.,以下,「愛国者法」という)は,これまでの図書館の捜査協力義務を大幅に拡大した。この拡大により,図書館は,捜査協力義務と表現の自由の保護との間で,一層難しい舵取りを迫られている。
2. 図書館に影響を与える愛国者法の主要規定
図書館に関わる愛国者法の規定として議論の焦点となっているのは,同法215条である。この条は,1978年外国諜報監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978, 以下,FISAという。)の501条から503条を削除し,新たに501条および502条を定める。このうち,特に501条のa項およびd項が問題とされる。
新しい501条a項は,「連邦捜査局長又は同局長が指名した者(特定代理人補佐レベル以上)は,合衆国の人が関係しない外国諜報情報を取得し,又は,国際テロリズム若しくは秘密諜報活動の防止を目的とする捜査のために,有形物(帳簿,記録類,書類,資料その他の物品を含む。)の作成を求める命令を請求することができる」と定める。この「有形物」には,図書館の利用者記録,貸借記録,コンピュータ利用ログ,検索ログ等が含まれると解されている。
愛国者法215条は,上記501条を新設することで,図書館が保有する業務記録をFISAの適用下に置く。しかし,図書館が保有する業務記録は,必要な場合には,通常の犯罪捜査手続きに則り,捜査令状や大陪審の罰則付召喚令状により押収されうる。それでは,なぜ,図書館が保有する業務記録を,FISAの適用下に置くのか。それは,FISAが,外国人のテロ活動等を主な捜査対象とするために,米国民に対する捜査であれば科される制約が緩和されるためである。FISAは,それに基づく捜査に対する許可命令等を発する特別裁判所を設置する。この裁判所の審理や発せられた命令は原則非公開であるため,FISAの適用下に置かれることで,通常の犯罪捜査よりも捜査の秘密性が高まるのである。
また,FISA501条d項は,「何人も,連邦捜査局がこの条に基づき有形物を捜索し,又は取得したことを他の者(この条に基づく有形物の作成に必要な者は除く。)に漏らしてはならない。」と定める。そのため,図書館関係者は,この条の問題を議論するための前提となる,この条に基づく捜査の有無さえも把握できない状態に置かれることになる。
愛国者法215条は,2005年12月31日までの時限規定とされている(愛国者法224条)。
3. 主要規定の図書館にとっての意味
これらの規定について,図書館として特に注目すべき点は,次の二点である。
第一は,議会が,連邦捜査局(FBI)に対し,図書館の業務記録をFISAに基づき捜査する道を開いた点である。これまでも,FBIが,図書館における利用者の行動を把握しようとする動きをみせたことはある。よく知られているのは,冷戦中に行われていた図書館覚醒プログラム(Library Awareness Program)である。これは,FBIが,国家安全保障上の懸念を引き起こす可能性のある図書館利用者,特にソ連の科学技術スパイを発見するためのプログラムであった。FBIは,知的でリベラルな外国人が多く居住する地域の図書館の利用記録等を重点的に調査した。多くの場合,こうしたFBIの行動には,法的根拠がなく,図書館員の側もそれに従う義務を負っていなかった。それに対し,愛国者法による今回のFISAの改正は,FBIによる図書館の業務記録の調査に法的根拠を与えるものである。このことは,図書館と利用者の関係や図書館の方針に大きな影響を及ぼす。
第二は,図書館員に,FISAに基づくFBIの捜査があったことを口外してはならないとしたことが,図書館研究のための調査を行いにくくする可能性がある点である。上述したように,愛国者法の制定は,図書館政策に大きな影響を及ぼすために,調査の必要性は高まっている。しかし,口止め規定が存在することにより,(1)様々な諜報機関や捜査機関から情報の請求を受け,どの情報がどの機関により請求されたかを理解できない図書館員は,口止め規定に違反することを避けるために,あらゆる情報請求について調査に応じない可能性があること,(2)研究者は,調査にあたり,回答者が愛国者法215条違反に問われないような質問文を作成しなければならないこと,(3)研究者の所属する団体が,所属研究者によるこうした調査を嫌うこと等の事態が予測される。こうした調査が行いにくくなることで,結果的に,図書館が愛国者法にいかに対処すべきかについての政策策定も遅れることが懸念されている。
4. 米国図書館協会(ALA)の対処
ALAは,愛国者法の制定過程で,連邦議会に対し,図書館に対する影響を減らすための修正案の可決を働きかけた。これは成功しなかったが,ALAはその後も,同法の検討およびその結果の公表を行っている(CA1474参照)。
2002年1月には,図書館員のための愛国者法のガイドラインを公表し,(1)前もって弁護士に相談しておくことや利用者データの収集方針を見直すこと,(2)捜査官がきたときには弁護士を呼んだうえで対処すること,(3)捜査官が立ち去った後は弁護士に捜査についての情報公開の範囲等について相談すべきこと等を勧告している。また,同年4月には,図書館に関係する愛国者法の主要規定の解説を公表している。さらに,同年6月に公表したQ&Aにおいては,愛国者法に基づく捜査ができるのはFBIのみであることに注意を喚起した。2003年1月には,愛国者法および他の定めが図書館利用者の憲法上の権利を侵害しているとし,連邦議会にその改正を促す決議を行っている。
5. 図書館の対処
愛国者法への公共図書館の対処については,イリノイ大学図書館研究センターによる調査が存在する。これは,2002年10月に,5,000人以上の利用者を擁する5,094館の公共図書館の中から,1,505館の館長を選び,郵送調査で行われたものである。このうち,906館の館長(60.2%)から回答を得た。
この調査によれば,図書館資料や館内でのインターネットの利用についての方針を変更した館はそれほど多くない。利用者のインターネット利用規則を変更した館は9.7%,テロリストを支援するために用いられうる資料を自発的に除籍した館は1.3%にとどまる。また,愛国者法についてスタッフ等に訓練を行った館は約6割に及ぶが,同法に即して図書館の方針を変更した館は1割以下である。
ただ,図書館員が自発的に利用者を監視するといったことはあるようである。利用者が返却した資料に以前より注意を払うようになった館は8.5%,テロ関連で捜査官に自発的に情報を提供した館は4.1%である。
なお,この調査によれば,連邦の捜査官または州の捜査官の訪問を受け,記録の提供を求められた館は10.7%,FBIの訪問を受けた館は3.5%となっているが,上述の口止め規定が捜査に関するあらゆる回答を控えさせる可能性があるため,実際の訪問数はさらに多いと考えられている。
この調査とは別に,愛国者法への公共図書館および学術図書館の対処については,ALAが,フロリダ州立大学およびシラキュース大学の研究者に委託した調査が進行中であり,2005年のALA年次大会で成果が公表される予定である。
6. おわりに
ALAは,愛国者法の危険性について広報に努めているものの,現場の図書館の対応は鈍いように見受けられる。他方で,司法省は,2003年9月時点において,愛国者法215条に基づく捜査事例はないことを公表している(E133参照)。
しかし,こうした中でも,ALAは,FISAの規定の適用対象から図書館の業務記録を除外させるための連邦議会に対する働きかけを継続しており,第108議会には,この趣旨の法案が複数提出された。主なものに,サンダース(Bernard Sanders)議員が提出した下院法案(H.R.1157)やボクサー(Barbara Boxer)議員が提出した上院法案(S.1158)がある。
これに対して,愛国者法215条を含むいくつかの規定に設けられた2005年12月31日の期限を削除し,これらの規定を恒常化するための法案も複数提出されている(E213参照)。
2005年1月に始まった第109議会においては,この時限規定の延長を中心とする愛国者法改正をめぐる攻防が本格化することが予想される。FISA501条の改正については,ファインゴールド(Russell D. Feingold)議員がすでに法案(S.317)を提出している。また,新たに就任したゴンザレス(Alberto R. Gonzales)司法長官は,愛国者法がこれまでのテロ捜査に役立ってきたことを認める発言をした。これは,愛国者法の時限規定の延長を支持する意図であるとみなされている。今後の動きに注目したい。
調査及び立法考査局海外立法情報課:中川 かおり(なかがわ かおり)
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