E2868 – 意味に基づく多言語学術資源検索手法に関するCOARによる報告書

カレントアウェアネス-E

No.519 2026.02.26

 

 E2868

意味に基づく多言語学術資源検索手法に関するCOARによる報告書

室蘭工業大学附属図書館・三上絢子(みかみあやこ)

 

  オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)は、2025年11月6日、リポジトリを始めとする学術情報システム上で公開された多言語の学術資源を検索する手法に関する報告書“Enhancing Visibility Across Languages: Semantic Multilingual Search for Scholarly Content”(以下「本報告書」)を公開した。

  本報告書は、多言語使用および非英語コンテンツを支援するCOARタスクフォース(COAR Task Force on Supporting Multilingualism and non-English Content in Repositories)による数年間の活動実績、およびラテンアメリカの学術情報流通推進コミュニティであるLA Referenciaとブラジル科学技術情報研究所(IBICT)が共同で実施した初期段階の実証実験の成果に基づき、LA Referenciaの事務・技術責任者であるLautaro Matas氏がCOARを代表して執筆したものである。本報告書において、COARは新たな検索手法を提案すると共に、提案手法の実用化に向けてコミュニティからのフィードバックや評価への参加を広く呼びかけている。

●背景

  国際的な学術研究の場においては伝統的に英語が使用されてきたが、世界各地では多くの研究者が自身の言語で研究成果を発表している。これには、その国の政策立案者や実務家、教育者、市民等の研究の影響を直接受ける人々へと、研究成果が届きやすいという利点がある。

  しかし、こうした様々な言語で発表される研究成果の発見にあたっては、現行の検索システムによる多言語対応は不十分な状況である。これは、主流のキーワード検索方式が抱える構造的課題によるものといえる。具体的には、類語・同義語の関連付けができないこと、英語などの主要言語に偏重した順位付けアルゴリズムの不備、非ラテン文字への適切な処理の不足、多言語混在メタデータへの対応不足などが挙げられる。その結果、国際的な学術研究の場において、研究の質ではなくシステムの不備による「見つけやすさの格差」が生じ、各国の研究者や政策立案者が他言語圏の重要な研究にアクセスするのが困難であるという不公平な状況が生じている。

●提案手法

  このような現状の検索手法が抱える限界を解消するために、本報告書では「多言語セマンティック検索」(以下「本手法」)を提案している。本手法では、生成AIにも用いられる機械学習の手法である「埋め込み」と「多言語トランスフォーマーモデル」を用いる。

  まず、検索対象となる学術成果のタイトル、抄録、主題、本文の一部などのテキストデータを「埋め込み」により数値化(ベクトル化)し、セマンティック検索用のインデックスに格納しておく。ユーザーが入力した検索クエリも、同様のモデルを用いて数値化され、セマンティック検索用インデックス内のデータとベクトル形式同士で比較されることにより、意味的な類似度が高い学術成果を算出する。

  なお、本手法は、従来のキーワード検索手法を置き換えるものではなく、双方を併用して相互に補完させることができる。そのため、本手法により計算された類似度スコアと従来のキーワード検索での一致度を組み合わせたアルゴリズムによって検索結果の表示順位を決定することで、情報資源を幅広く捕捉しつつ、正確な絞り込みも行えるようにバランスを取ることが可能である。

  本手法が実際に動作している様子は、本報告書中で案内されているGoogle Colabページにおいて、コードを実行することで確認できる。

●実装の方向性

  本手法を学術情報システム上で実装するにあたっては、以下の2つのルートが考えられる。

  • 分散型:共通の多言語埋め込みモデルやスキーマ、交換フォーマットの採用に合意した各機関が、自機関または他機関が作成した「埋め込み」データを利用する枠組み。
  • 中央集権型:コンソーシアムやサービスプロバイダーがデータ収集と「埋め込み」データの作成、およびAPI等を通じた検索機能の提供を行う枠組み。

  現実的なロードマップとしては、まずは中央集権型で発展させた後に、経験と実績が蓄積されるにつれ、分散型へと段階的に移行していく形がありうる。いずれのルートを辿るにせよ、機関が既に利用している学術情報プラットフォーム(DSpaceやDataverse等)といかにスムーズに統合するかが本手法の普及の鍵となるため、これらのプラットフォーム向けにプラグインやアドオンを開発することが重要であるといえる。

●運用にあたっての考慮点

  本手法の導入は、単なる技術的な挑戦ではない。使用するモデルや学習データ等について公平性、透明性、そして長期的な持続可能性を確保することも、本手法が信頼されるインフラとして進化していく上では解決すべき問題と言える。具体的には、モデルや学習データをオープンにすることでコミュニティによる検証や改善を可能にすること、言語モデルに潜むバイアスの監視・評価と修正を行い続けること、既存インフラ(OAI-PMH等)との相互運用性を確保すること、そして単に従来のデータベースにおける検索評価指標だけではなく、「いかに言語を横断して関連コンテンツを発見できたか」「いかに多様な学術コミュニティにおける情報の可視性を広げたか」を評価していくことが重要である。

●今後の展望

  本報告書は「自分の言語を使って調べたときに、全世界の知識が答えてくれるような機会を持てるようにすること」というシンプルな目標を掲げて、締めくくられている。

  COARは本報告書で示した概念モデルとアプローチの実現可能性について広く意見を求めており、寄せられたフィードバックに基づき、現在のリポジトリを取り巻く環境においてこれらの技術を実装・評価するための、より包括的なプロジェクトの立ち上げを検討する予定である。

Ref:
“Can Semantic Multilingual Search Improve the Accessibility of Research Outputs Across Languages? A COAR Proposal”. COAR. 2025-11-13.
https://coar-repositories.org/news-updates/can-semantic-multilingual-search-for-scholarly-content-improve-the-accessibility-of-research-outputs-across-languages-a-coar-proposal/
Matas, Lautaro Julián. Enhancing Visibility Across Languages: Semantic Multilingual Search for Scholarly Content. Ver. 1. COAR, 2025, 13p.
https://doi.org/10.5281/zenodo.17535337
“Breaking language barriers in science through semantic multilingual search”. COAR. 2025-09-08.
https://coar-repositories.org/news-updates/breaking-language-barriers-in-science-through-semantic-multilingual-search/
“Multilingual and Non-English Content”. COAR.
https://coar-repositories.org/what-we-do/multilingual-and-non-english-content/
LA Referencia.
https://www.lareferencia.info/es/
Instituto Brasileiro de Informação em Ciência e Tecnologia.
https://www.gov.br/ibict/pt-br
“Semantic Multilingual Search for Scholarly”. Google Colab.
https://colab.research.google.com/drive/11GD65XBjsWobRK3tOzIPlL_niQLtIbXv