カレントアウェアネス-E
No.502 2025.06.05
E2793
英国図書館のサステナビリティと気候変動に関する戦略 2024-2030
国立国会図書館電子情報部電子情報流通課・廣田和也(ひろたかずや)
英国図書館(BL)は2024年10月に2024から2030年までのサステナビリティと気候変動に関する戦略“Sustainability and Climate Change Strategy 2024-2030”を公表した。BLは現在、ビジョン“Knowledge Matters : The British Library 2023-2030”に基づき事業を行っているが、ビジョンの全体を支える大きなテーマの一つとして「サステナビリティとレジリエンス」を挙げている。本戦略は、サステナブルな未来の実現に向けたBLの活動目標を、より具体的に定めたものである。
本戦略は四つの優先事項で構成されており、それぞれの概要は以下のとおりである。
●サステナブルな施設・設備(Our places)
施設の脱炭素化を進め、現在計画している新施設についても環境への負荷が最小になるようにベストプラクティスを導入する。
具体的には、2035年までに温室効果ガス(Greenhouse Gas : GHG)排出を1990年比で78%、2050年までに実質ゼロを目指す政府目標以上を達成する。この目標には、直接排出するGHGのみならず、電気・ガスの使用に伴う排出や、サプライチェーン全体で排出されるGHGの削減も含まれる。また、サプライチェーン全体でのGHG排出量の測定、報告も行う。電気・ガス等のエネルギー消費については年平均4%削減を目指す。そして、サステナブルなエネルギー使用に向けた対策の階層の枠組みであるエネルギーヒエラルキーの考え方に基づき太陽光等の再生可能エネルギーの活用を目指す。資料管理においては、太陽の光や熱、自然風等を活用して建物内の環境を調節するパッシブな技術等、コレクション管理とエネルギー消費の抑制のために良い方法を探る。
既存施設の拡張や新施設の整備に当たっては、建設時の資材調達から解体・破棄までの全炭素排出量の削減、ネイチャーポジティブ(「自然再興」。自然の損失を食い止め、回復を目指す世界的目標)、気候レジリエンス(気候変動の影響を予測し、準備し、対応する能力)の推進を含めベストプラクティスを導入する。
再利用できない資源の利用を減らし、廃棄物を最小限にするとともにリユース、リサイクル品等の利用を促進する。
また、事業運営とコレクションに対する気候変動の影響を見直すとともに、気候変動適応計画を策定し、事業継続計画も見直す。
●組織目標(Our purposes)
ビジョンに掲げられている組織目標を下支えし実現するための横断的テーマの一つがサステナビリティである。直面する環境問題の解決支援のため、コレクションを広く使ってもらえるよう、協力関係を構築することを目指す。
具体的には、気候変動とサステナビリティに関するコンテンツ構築計画を策定し、新たなコレクションを構築する。また、パブリックエンゲージメント(図書館の活動に市民を巻き込む方法)、展示、イベント等のテーマや在り方にもサステナビリティを組み込み、人々の気候リテラシー向上に貢献する。現に気候変動の影響を受けている世界の図書館等との協力も行う。
●パートナーシップ(Our partnership)
気候変動対策の促進や優良事例の共有に寄与するため、セクターを越えた連携を進める。
具体的には、英・図書館情報専門家協会(CILIP)が取り組んでいる、英国のすべての図書館をグリーンライブラリー(CA1797参照)にすることを目指すGreen Libraries Campaignへの支援を強化する。また、BLと英国内の公共図書館との連携の枠組みであるLiving Knowledge Networkでの活動や、BLが所在する地域での近隣機関との連携にもサステナビリティを組み込む。
●業務へのサステナビリティの導入(Embedded in our work)
組織の文化、政策、ガバナンス等にサステナビリティの考え方を定着させる。ここには、リスクマネジメント、ガバナンス、資料保存の方針に気候に関係するリスクを反映させることも含める。
具体的には、意思決定の中核にサステナビリティを位置付ける。全部局長(Directors)が関連する業務目標を一つ以上設定するようにし、サステナビリティに関連するKPI(重要業績評価指標)も強化する。また、炭素排出や脱炭素についての職員の知識・能力を向上させる。2023年のサイバー攻撃(E2700参照)からの復旧に当たってのプログラムやデジタル戦略等にもサステナビリティを組み込む。サプライチェーンの管理についてもサステナビリティに関する基準を設け、大規模な契約については契約者に対して炭素排出に関する報告と、排出量削減に関する計画を提出するよう求める。
なお本戦略ではこれらの優先事項に加え、資金調達に関する戦略等も詳しく記載されている。
本戦略の冒頭で、BLのキーティング(Roly Keating)館長は「BLは国のコレクションを次世代のために守る責任を負っている。これは自ずと気候変動について長期的に考えることに通じる。」と述べているが、これはBLに限ったことではない。例えば、国際図書館連盟(IFLA)は2025年2月に「グリーンでサステナブルな図書館のためのガイドライン」(The IFLA Guidelines for Green and Sustainable Libraries)の草稿、5月には気候変動に対する図書館の取組に関する報告書“State of Library Engagement in Climate Communication and Education”を公表した。いずれも、サステナビリティに関して図書館が取り組む上で有益な情報を提供している。また、各国の国立図書館で進められている書庫建設においても、サステナビリティの考え方が取り入れられている(CA2075参照)。
これら近年の国際的な動向を踏まえると、日本の図書館においてもサステナビリティに関する意識の向上が求められよう。
Ref : Sustainability and Climate Change Strategy 2024-2030: Summary. BL. https://www.bl.uk/about-us/sustainability-and-climate-change-strategy-2024-summary.pdf/ Sustainability and Climate Change Strategy 2024-2030. BL, 54p. https://www.bl.uk/about-us/sustainability-and-climate-change-strategy-2024.pdf/ Knowledge Matters: The British Library 2023-2030. BL, 36p. https://www.bl.uk/about-us/Knowledge-Matters-British-Library-Strategy-2023-30.pdf/ “知っておきたいサステナビリティの基礎用語~サプライチェーンの排出量のものさし「スコープ1・2・3」とは”. 経済産業省資源エネルギー庁. 2023-09-26. https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/scope123.html “The Energy Hierarchy: a powerful tool for sustainability”. Institution of Mechanical Engineers. 2020-05-21. https://www.imeche.org/news/news-article/the-energy-hierarchy-a-powerful-tool-for-sustainability “Passivhaus design”. Chudley and Greeno’s building construction handbook. Kovac, Karl et al. 13th ed., Routledge, 2024, p. 47-48. WHOLE LIFE CARBON: EXPLAINER GUIDE. UK Green Building Council. https://ukgbc.org/wp-content/uploads/2024/06/Whole-Life-Carbon-Final.pdf “ネイチャーポジティブ”. 環境省. https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20240214.html “What is Nature Positive”. Nature Positive Initiative. https://www.naturepositive.org/what-is-nature-positive/ “What is Climate Resilience, and Why Does it Matter?”. Center for Climate and Energy Solutions. https://www.c2es.org/document/what-is-climate-resilience-and-why-does-it-matter/ “Introducing Public Engagement”. National Co-ordinating Centre for Public Engagement. https://www.publicengagement.ac.uk/introducing-public-engagement “What is Climate Science Literacy?”. Climate gov. https://www.climate.gov/teaching/what-is-climate-science-literacy “What is a Green Library?”. IFLA. https://www.ifla.org/g/environment-sustainability-and-libraries/ifla-green-library-definition/ “About the Green Libraries Partnership”. CILIP. https://www.cilip.org.uk/page/aboutGreenLibraries “What is the Living Knowledge Network?”. Living Knowledge Network. https://living-knowledge-network.co.uk/faq#2 “The IFLA Guidelines for Green and Sustainable Libraries”. IFLA. https://www.ifla.org/the-ifla-guidelines-for-green-and-sustainable-libraries/ Redman, Aaron. State of Library Engagement in Climate Communication and Education. IFLA, 2025, 46p. https://repository.ifla.org/handle/20.500.14598/3941 How Libraries Engage in Climate Communication and Education. IFLA, 2025. https://repository.ifla.org/items/7007fa48-4387-4701-8c01-35ffecdb313c 岩見祥男. 米国および日本におけるグリーンライブラリーの事例紹介. カレントアウェアネス. 2013, (316), CA1797, p. 18-23. https://doi.org/10.11501/8228835 岡本史也. 英国図書館へのサイバー攻撃に関する報告書. カレントアウェアネス-E. 2024, (480), E2700. https://current.ndl.go.jp/e2700 竹内秀樹. 気候変動時代における図書館・文書館資料の環境管理:持続可能な資料保存へ. カレントアウェアネス. 2024, (362), CA2075, p. 10-12. https://doi.org/10.11501/13942640