E2749 – コロナ禍以降の米国の文化施設におけるアウトリーチ活動

カレントアウェアネス-E

No.491 2024.11.21

 

 E2749

コロナ禍以降の米国の文化施設におけるアウトリーチ活動

電子情報部電子情報サービス課・石川侑希(いしかわゆき)

 

●はじめに

   2023年12月6日、米国の図書館等のネットワークであるLyrasisが、コロナ禍以降の文化施設におけるアウトリーチ活動等を調査した報告書“Building Connections: Community Engagement and Inclusion Trends in Cultural Institutions”を公開した。

   Lyrasisは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック以降、文化施設の閉鎖や対面プログラムの減少に関する調査を行い、コミュニティに対するアウトリーチの新たな傾向を示してきた。本報告書では、2023年3月からの調査によって収集した様々な事例と、傾向の分析がまとめられている。本稿では、報告書の概要を紹介する。

●文献調査とフォーカスグループ調査

   調査は、Lyrasisと市場調査会社Puro Researchとの共同で行われた。はじめに北米の図書館・アーカイブズ・博物館の3種の機関に関する論文、報告書などの文献調査を行った。その次に、図書館から7人、アーカイブズと歴史協会から5人、博物館から3人の代表者が参加してフォーカスグループ調査を行い、所属機関のアウトリーチやコミュニティにおける活動について議論した。

   報告書では次のような傾向やキーワードが挙げられており、上記の調査によって多くの機関でコミュニティへの奉仕・関与に意識が向けられていることが分かった。

  • 資料のデジタル化

       多くの機関で資料のデジタル化が進められ、直接来館ができない中でも利用者にコンテンツ提供を行った。コロナ禍以前から始めていた機関においてもこの動きは加速した。

  • 多様性・公平性・インクルージョン・アクセシビリティ(DEIA)

       コレクションや展示、プログラムなどの内容はもちろん、会議のテーマ、機関の方針などに関してもDEIAを意識することが多くなっている。また、物理的なアクセシビリティを確保するため、改装を行った施設もある。

  • リモートサービス、バーチャルサービス

       オンラインで行われるイベントやプログラムが増えた。しかし制限が緩和された今は対面イベントの開催も増え、中には完全にリモートサービスを取りやめた機関もある。

  • 社会や政治情勢の変化への対応

       米国では近年、人種や性的マイノリティに対する差別や暴力、禁書運動などが起こっており、社会的・政治的な不安が高まっている。そのような中でも文化施設が様々なプログラムなどを行うことによってコミュニティと関わり、不安を乗り越えようとしている。

●アンケート調査

   フォーカスグループ調査終了後の2023年6月、Lyrasisの会員やメーリングリスト参加者、またソーシャルメディアを利用して幅広い文化施設を対象に、コミュニティインクルージョンに関するアンケート調査を行い、125件の回答を得た。調査項目のうち、回答者の所属機関が地域社会と協力する上で優先的に取り組んでいる事項と、その実施程度への評価から、報告書で着目されている点を次に記す。

  • 優先度、実施程度のいずれも高い項目

       優先度が高いと回答した人の割合が高い順に「機関がインクルーシブな印象を与えること」(82%)、「バーチャル・プレゼンスの強化」(77%)、「対面イベントの実施」(65%)となった。また、それぞれの項目に関して50%以上の回答者が所属機関の実施程度を高く評価していた。

  • 優先度は高いが実施程度が低い項目

       「DEIA計画の目標達成」(69%)と「十分な行政サービスを受けることができていない人を参加させること」(72%)は、多くの機関が優先したいと考えているものの、実施程度を評価する回答はいずれも約30%と少なかった。

   その他にもアンケート調査では、コミュニティとの関与において、多くの機関が地域の教育団体等とのパートナーシップを重視していることや定期的にフィードバックを求めてアウトリーチを行っていることなどが分かった。

●おわりに

   本報告書で繰り返し登場したDEIAは、近年文化施設や団体でも注目され始めた概念である(E2559E2569参照)。この潮流の一例として、米国博物館・図書館サービス機構が「2022年度から2026年度までの戦略計画」の1つにコミュニティエンゲージメントの強化を提示したことが挙げられる(E2511参照)。筆者の所感であるが、個々の取り組みにとどまらず機構全体として促進している点で、米国において文化施設のアウトリーチ活動には高い期待が寄せられていると推察することができるのではないだろうか。

   本稿で取り上げた調査はコロナ禍に始められたものではあるが、米国では政治情勢の変化や社会の分断によって引き続き不安は高まっている。そのような中でも、文化施設が社会的なインフラとしての役割を意識し、DEIAを重視しながらコミュニティに働きかけていることが今回の調査で分かった。各機関の事例を共有することで、今後のコミュニティへのアウトリーチ活動に役立てることができるだろう。

   なお、本文と付録にはより詳細な調査結果や、参加者からの回答内容が掲載されている。詳細なデータ分析についてもぜひ参照されたい。

Ref:
Clareson, Thomas F.R.; Grinstead, Leigh A. Building Connections: Community Engagement and Inclusion Trends in Cultural Institutions. Lyrasis, 2023, 32p.
https://doi.org/10.48609/YKYD-W448
青野正太. 米国公共図書館の職員と多様性に関する調査. カレントアウェアネス-E. 2022, (448), E2559.
https://current.ndl.go.jp/e2559
和多もなみ. 多様性・公平性・包摂性研究に関するコレクション評価(米国). カレントアウェアネス-E. 2023, (450), E2569.
https://current.ndl.go.jp/e2569
鈴木一生. 米国博物館・図書館サービス機構の2022-2026年度戦略計画. カレントアウェアネス-E. 2022, (438), E2511.
https://current.ndl.go.jp/e2511