カレントアウェアネス
No.344 2020年6月20日
CA1974
読書バリアフリー法の制定背景と内容、そして課題
専修大学文学部:野口武悟(のぐちたけのり)
2019年6月21日、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(以下「読書バリアフリー法」)(1)が衆議院本会議で可決、成立し、1週間後の6月28日に公布、施行された。本稿では、この読書バリアフリー法の制定背景、内容、課題について論じる。
1. 読書バリアフリー法の制定背景
読書バリアフリー法制定の直接的な契機となったのは、盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約(以下「マラケシュ条約」;E2041参照)の締結とそれに伴う著作権法の一部改正であった(ともに2018年)。また、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」)の制定(2013年)と障害者の権利に関する条約の締結(2014年)、当事者団体の働きかけなども大きな背景となった。
2013年6月に世界知的所有権機関(WIPO)において採択されたマラケシュ条約は、条約締結国間において印刷物の判読に障害のある者が利用しやすい様式の複製物をAuthorized Entity(AE:権限を与えられた機関)を介して交換できるようにするものである。条約締結に関する国会承認の手続きが2018年4月に完了し、同年10月に日本政府は加入書をWIPO事務局長に寄託した(2019年1月1日発効)。
マラケシュ条約締結にあわせて、2018年5月には著作権法の一部改正が行われ、第37条第3項も改正された(2019年1月1日施行)(2)。同規定の対象者を「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」から「視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者」(以下「視覚障害者等」)に改め、対象者への公衆送信を可能とした(改正前は自動公衆送信に限定)。また、同規定にもとづく複製等の主体にボランティアグループ等も含むことになった(3)。
著作権法の一部改正にあたっては、「視覚障害者等の読書の機会の充実を図るためには、本法と併せて、当該視覚障害者等のためのインターネット上も含めた図書館サービス等の提供体制の強化、アクセシブルな電子書籍の販売等の促進その他の環境整備も重要であることに鑑み、その推進の在り方について検討を加え、法制上の措置その他の必要な措置を講ずること」(4)との附帯決議が衆参両院の委員会でなされた。時を同じくして、国会議員による超党派の「障害児者の情報コミュニケーション推進に関する議員連盟」が設立(2018年4月)され、議員立法で読書バリアフリー法制定に取り組むこととなった。
そもそも、障害者の権利に関する条約締結に向けた国内法整備の一環として制定された障害者差別解消法(2016年4月1日施行)では、行政機関等に障害者への合理的な配慮を義務づけ、合理的な配慮の的確な提供のための基礎的環境整備(事前的改善措置)に努めることとされた(E1800参照)。当然ながら、公立図書館等にも適用される。ところが、2018年度に国立国会図書館が実施した『公共図書館における障害者サービスに関する調査研究』(以下「調査研究」)では「視覚障害者などに対する障害者サービスの実績が「確かに」あるといえる図書館は2割にも満たない」現状や、障害者差別解消法施行を受けても新たなサービス等を「検討していない」図書館が3割を超える状況などが示された(5)。
こうした読書環境に対する改善を求めて、視覚障害者等の当事者団体は、「国民読書年」と「電子書籍元年」だった2010年前後から読書バリアフリー法制定を求め続けてきた(6)。当事者団体による約10年にわたる地道で粘り強い働きかけも、読書バリアフリー法制定の大きな後押しとなったことは間違いない。
2. 読書バリアフリー法の内容
2.1. 読書バリアフリー法の特徴と目的
障害者やバリアフリーに関する法律はこれまでも制定されてきたが、「読書バリアフリー」に特化した法律の制定は初めてとなる。また、視覚障害者等が利用しやすい書籍や電子書籍を「借りる」だけでなく「買う」ところまでをカバーする法律となっていることも注目される。これは、当事者団体が前述の働きかけのなかで求めてきた「借りる権利」と「買う自由」の確立にも呼応している。
18条から成る読書バリアフリー法は、第1条で目的が明示されている。すなわち、「視覚障害者等の読書環境の整備を総合的かつ計画的に推進し、もって障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受することができる社会の実現に寄与すること」である。また、第3条には次の3つの基本理念が示されている。要約すると、(1)視覚障害者等が利用しやすい電子書籍等の普及を図るとともに、電子書籍等以外の視覚障害者等が利用しやすい書籍も引き続き提供されること、(2)視覚障害者等が利用しやすい書籍及び電子書籍等の量的拡充と質の向上が図られること、(3)視覚障害者等の障害の種類及び程度に応じた配慮がなされること、の3つである。
2.2. 読書バリアフリー法の要点
読書バリアフリー法の要点は次の3点に整理できる。
1つめは、国と地方公共団体の責務を明らかにし、国に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」(以下「基本計画」)策定を義務づけ、地方公共団体に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する計画」(以下「計画」)策定を努力義務としていることである(第4条から第8条)。第6条では「政府は、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する施策を実施するため必要な財政上の措置その他の措置を講じなければならない」とし、財政措置を明示している点は施策の実効性を高めるために重要である。
2つめは、基本計画等に盛り込むことになる9つの基本的施策をあらかじめ示していることである(第9条から第17条)。「借りる」だけでなく「買う」ところまでの施策が盛り込まれている。なかでも、「借りる」については、全ての館種に関わって「視覚障害者等が利用しやすい書籍等の充実、視覚障害者等が利用しやすい書籍等の円滑な利用のための支援の充実その他の視覚障害者等によるこれらの図書館の利用に係る体制の整備が行われるよう、必要な施策を講ずるものとする」(第9条第1項)などの施策が示されている。
3つめは、施策の効果的な推進を図るための協議の場を国に設置するとしたことである(第18条)。協議の場を構成する関係者は、「借りる」から「買う」までに関わる「文部科学省、厚生労働省、経済産業省、総務省その他の関係行政機関の職員、国立国会図書館、公立図書館等、点字図書館、第十条第一号のネットワークを運営する者、特定書籍又は特定電子書籍等の製作を行う者、出版者、視覚障害者等その他の関係者」とした。この協議の場として、2019年10月に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に係る関係者協議会」が設置された。設置以降、基本計画の策定に向けた協議が進められ、2020年3月現在、基本計画案の内容がほぼ固まりつつある(7)。今後、パブリックコメントを経て、同年5月から6月ごろに策定の予定である。
なお、読書バリアフリー法の逐条解説は、拙稿(8)を参照してほしい。
3. 読書バリアフリー法の課題
読書バリアフリー法の制定により、今後、視覚障害者等の読書環境整備が一層推進されることになろう。しかし、いくつかの課題もある。
課題の1つめは、「読書バリアフリー」が必要な人々は視覚障害者等以外にも存するが、読書バリアフリー法ではカバーできていないことである。例えば、外国にルーツのある人々や帰国者のうち日本語の読書に困難のある人々などである。図書館界における障害者サービスは、従来から「図書館利用に障害のある人々へのサービス」として、これらの人々も対象と捉えてきた。今後も、視覚障害者等はもちろん、それ以外の読書に困難のある人々の「読書バリアフリー」にも留意して、読書環境整備を進めていくことが大切であろう。
課題の2つめは、地方公共団体、とりわけ都道府県の計画策定が努力義務にとどまることである。先述の国立国会図書館による調査研究では、障害者サービスの現状に都道府県間で大きな開きがあることも明らかとなっている。努力義務ではあるが、各都道府県には、当該都道府県内の市町村のモデルとなるべく、率先して計画を策定し、施策を実施してほしい。
課題の3つめは、出版者の協力である。読書バリアフリー法は民間の出版者に対して何かを強制したり、義務づけているわけではない。しかし、読書バリアフリー法に示された目的や基本理念の実現には、出版者による視覚障害者等が利用しやすい書籍や電子書籍の一層の出版拡大と販売促進が欠かせない。ぜひ多くの出版者が「読書バリアフリー」の必要性を理解し、可能なことから取り組みを進めてほしいと期待している。
(1) “視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(令和元年法律第四十九号)”. e-Gov.
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=501AC1000000049, (参照 2020-04-01).
(2) “著作権法の一部を改正する法律”. 衆議院.
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/19620180525030.htm, (参照 2020-04-01).
(3) 野口武悟.“障害者サービスをめぐるこの一年”. 図書館年鑑2019. 日本図書館協会図書館年鑑編集委員会編. 日本図書館協会,2019,p. 110-112.
(4) 衆議院文部科学委員会. “著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議”. 衆議院.
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/monka2FF88AD49B164BB04925826E0029907C.htm, (参照 2020-04-01).
なお、参議院の文教科学委員会でも同様の決議がされている。
参議院文教科学委員会. “著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議”. 参議院. 2018-05-17.
https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/196/f068_051701.pdf, (参照 2020-04-01).
(5) 国立国会図書館関西館図書館協力課編. 公共図書館における障害者サービスに関する調査研究. 国立国会図書館, 2018, 118p., (図書館調査研究リポート, No.17).
https://current.ndl.go.jp/files/report/no17/lis_rr_17.pdf, (参照 2020-04-01).
(6) 宇野和博. 障害者・高齢者のための「読書バリアフリー」を目指して:2010年国民読書年と電子書籍元年に文字・活字文化の共有を. 出版ニュース. 2010, (2207),p. 12-15.
(7) 協議の経過については、文部科学省のウェブサイト上で公開されている。
総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課障害者学習支援推進室. “視覚障害者等の読書環境の整備の推進に係る関係者協議会”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/043/index.htm, (参照 2020-04-01).
(8) 野口武悟. 視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」の内容と今後の展開. 図書館雑誌. 2020, 114(4), p. 184-186.
[受理:2020-04-27]
野口武悟. 読書バリアフリー法の制定背景と内容、そして課題. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1974, p. 2-3.
https://current.ndl.go.jp/ca1974
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509684
Noguchi Takenori
Background, Contents, and Issues of the Reading Barrier-Free Law