E2721 – Jiscによる英国の転換契約に関する調査報告書

カレントアウェアネス-E

No.485 2024.08.08

 

 E2721

Jiscによる英国の転換契約に関する調査報告書

東京大学附属図書館・尾城友視(おじろともみ)

 

●はじめに

  2024年3月、英国の転換契約に関する調査報告書“A review of transitional agreements in the UK”が英・Jiscによって公表された。転換契約がオープンアクセス(OA)への移行にもたらした効果や、英国の高等教育分野の要求をどの程度満たしたかを検証するため、英国と世界におけるOA及び転換契約に関する分析を行ったものである。

  Jiscは英国の高等教育機関を支援する非営利組織であり、出版社との学術雑誌に関する契約交渉もその活動に含まれる。転換契約とは近年広まりつつある学術雑誌の契約形態で、論文処理費用(APC)の高騰や購読料との二重取りに対する懸念から、購読料をOA出版費用に転換させることを目指すものである(CA1977参照)。

  Jiscは高等教育機関中心の戦略グループを結成し、転換契約に関する要件を定めて出版社と交渉を行っている。その合意に基づき、Jisc会員機関の大学は出版社と契約を結ぶことができる。2024年1月時点で、Jiscは47の出版社と75の転換契約に合意している。

  以下、報告書の概要と、報告書が明らかにした転換契約の成果や課題の一部を紹介する。

●報告書の概要

  分析の主な対象は、2022年にJiscと有効な転換契約を結んでいた出版社38社と、転換契約の対象となる学術雑誌である(詳細は付録2:methodologiesを参照のこと)。報告書は以下の4つの章と付録から構成される。

  第1章では、世界的なOA推進の潮流とハイブリッドジャーナルの急速な増加およびAPCの高騰といった背景の下、英国でOA政策がどのように展開されてきたかが記述されている。近年の大きな動きとしては、英国研究・イノベーション機構(UKRI)やWellcome Trustといった研究助成機関が即時OAポリシーを採用し(E2448参照)、英国の大学評価制度であるResearch Excellence Framework(REF)にOA要件が盛り込まれたことで学術論文のOA化が推し進められた。

  第2章では、英国と世界におけるOAの普及状況が、OAステータス(ゴールド、ハイブリッド、グリーン、ブロンズ、クローズド)や出版社、分野等の観点で分析されている。

  • 世界的にOA論文の数・割合は共に増加しているが、Jiscの転換契約タイトルにおける英国著者のOA論文の割合は、他のタイトルも含めた全タイトルにおける割合よりも低い。逆に、非OA論文の割合は転換契約タイトルの方が高い。これは、全タイトルにおいてはフルOA誌が含まれOA論文率が高くなる一方、転換契約はハイブリッドジャーナルに焦点を当てており、非OA論文が占める割合が必然的に高くなるためである。
  • 転換契約は非OA論文ではなく、これまでグリーンルートでOA化されていたものをゴールド/ハイブリッドOAに移行させているようである。ただし、小規模な学会出版社に注目すると転換契約によって非OA論文が減少しつつある。
  • 英国においては、2018年から2022年にかけて、転換契約によって即時OA出版された論文数は900%以上増加した。世界と比べてもOA論文の割合はわずかに高い。英国の特徴としてハイブリッドOAとグリーンOAの割合が高いが、グリーンのみでOAとなっている論文は減少傾向にある。
  • 転換契約が影響を及ぼす範囲は限定的である。Jiscによる転換契約を利用してOA出版を行うには、著者の所属機関がJisc会員機関であり、その転換契約を実際に締結していなければならない。Jisc会員機関でない機関に所属する著者による論文は、英国全体の4分の1を占めるが、これらの論文に転換契約はリーチできない。

  第3章では、Jiscによる転換契約の評価を行っている。

  • 転換契約は総体的なコスト削減と理論上の経費の回避をもたらしたが、出版社や機関レベルではコスト増も観測された。各機関が転換契約の費用をUKRIの資金に依存しており、持続可能性に懸念がある。
  • 大手出版社の転換契約に係るコストやOA戦略に関する透明性は依然として低い。
  • 出版社によってプロセスやシステムが異なり、機関側の管理コストも課題である。

  第4章は結論として、報告書が明らかにしたことをまとめている。Jiscの転換契約は、出版時に即時OA化される研究量を大きく増やし、研究助成機関によるOA方針に高いレベルで準拠することを達成した。総体的なコスト削減にも成功している。一方で、転換契約はOAへの移行を速やかに実現する最適なメカニズムとはいえず、透明性にも大きな疑問が残ることが確認された。

  今後の展望として、より公平な出版モデルへの財政支援を行うことや、暫定的には出版社と協力して転換契約の改良に取り組むことを提唱している。

●おわりに

  日本においても転換契約は徐々に浸透しつつあり、英国と共通する課題が報告されている(CA2064参照)。2024年2月には統合イノベーション戦略推進会議が「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」を公表し、政策的なOA推進が次の段階に入ったように思われる。こうした状況下で転換契約をどのように展開・評価すべきか、英国の事例は参考になるものと思われる。

  英国ではJiscによる最初の転換契約から10年の節目に本報告書が公表され、次期REFにおけるポリシーの見直しも進んでいる。今後の動向も注視したい。

Ref:
“A review of transitional agreements in the UK”. Jisc. 2024-03-15.
https://www.jisc.ac.uk/reports/a-review-of-transitional-agreements-in-the-uk
Brayman, Kira; Devenney, Amy; Dobson, Helen; Marques, Mafalda; Vernon, Anna. A review of transitional agreements in the UK. Zenodo, 2024, 174p.
https://zenodo.org/doi/10.5281/zenodo.10787391
“Our role in open access”. Jisc.
https://www.jisc.ac.uk/our-role-in-open-access
“UUK/Jisc content negotiation strategy group”. Jisc.
https://www.jisc.ac.uk/get-involved/uuk-jisc-content-negotiation-strategy-group
“Publishing your research findings”. UKRI.
https://www.ukri.org/manage-your-award/publishing-your-research-findings/open-access-funding-and-reporting/
学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針. 統合イノベーション戦略推進会議, 2024, 3p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/oa_240216.pdf
尾城友視, 花﨑佳代子. 英国における公的助成機関によるOAポリシーへの対応に関する調査報告. 2024, 39p.
https://www.janul.jp/sites/default/files/2024-04/sirc_report_202403_uk_projection.pdf_0.pdf
脇谷史織. 英・UKRIの新オープンアクセス(OA)ポリシー公開について. カレントアウェアネス-E, 2021, (425), E2448.
https://current.ndl.go.jp/e2448
尾城孝一. 学術雑誌の転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス, 2020, (344), CA1977, p. 10-15.
https://doi.org/10.11501/11509687
小陳左和子, 山崎裕子. 国内の大学における電子ジャーナルの転換契約をめぐる動向. 2024, (360), CA2064, p. 14-16.
https://doi.org/10.11501/13706989
花﨑佳代子. 研究助成機関によるオープンアクセス義務化への大学の対応―英国の事例―. 2017, (332), CA1903, p. 26-32.
https://doi.org/10.11501/10369302