E2720 – 感覚過敏の来館者のための東京国立博物館センサリーマップ

カレントアウェアネス-E

No.485 2024.08.08

 

 E2720

感覚過敏の来館者のための東京国立博物館センサリーマップ

東京国立博物館・鈴木みどり(すずきみどり)

 

  東京国立博物館では、感覚過敏の来館者のためにセンサリーマップを作製し、2023年3月からウェブサイトで公開している。本稿では作製の経緯と、公開後の取り組みについて紹介したい。

●経緯

  当館が2022年に創立150周年を迎える際に、「みんなが楽しむ博物館」というコンセプトに基づき、来館に障壁を感じている層への取り組みの一環として、感覚過敏の来館者に焦点を当てた。それまで、視覚や聴覚、身体に障がいのある人へのサポートやプログラム、バリアフリーマップの作製なども行ってはいたが、感覚に関する取り組みは初めてであった。

  海外の文化施設では、感覚過敏の人のためのセンサリーマップや、カームダウンスペースと呼ばれる気持ちを落ち着ける場所が用意されていることもある。商業施設でも、クワイエットアワーという音や光の刺激を減らした時間が設けられるなど、感覚過敏の人を対象とした取り組みがあることを知った。当館では、まずはセンサリーマップの作製を計画した。

●感覚過敏とは?センサリーマップとは?

  感覚過敏という言葉を聞きなれない人も多いと思う。感覚過敏とは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)の中のどれか、または複数のものが過敏である症状のことである。また、鈍麻(感じにくい)である症状を感覚鈍麻とよび、どちらも日常生活に支障をきたす場合がある。同じ条件下であっても、人よりも刺激を強く感じ、そのために外出が制限されるようなこともある。

  その要因はさまざまである。自閉スペクトラム症などの発達障害の人は感覚過敏の例が多く、そのほか、うつ病や認知症、片頭痛等の疾患、目や耳などの器官に要因がある場合、またストレスや疲労感でも、一時的に感覚過敏になることがある。

  センサリーマップは、地図上に感覚刺激の強い箇所を表すもので、音や光、においなどの刺激の強い箇所や弱い箇所が示してある。それを事前に見ることで、訪問前に心の準備をし、見通しを立てることができる。刺激の強い箇所を避けたルートを考え、ノイズキャンセリングやサングラスなどの刺激を抑えるためのツールを準備して出かけることもできる。

●作製で気づいたこと

  作製に伴う調査は、特定非営利活動法人ユニバーサルツーリズム総合研究所、東京都自閉症協会、明治大学理工学部建築学科建築環境計画研究室の協力を得ながら行った。

  博物館は比較的静かで、騒音レベルの音やまぶしい光は展示室内には見当たらない。しかし、調査をすると、エントランス部分や体験スペースなど、人が集まりやすい場所は音刺激が強く、特に本館の構造上、大階段はコンサートホール並みの残響音があることが判明した。また、光は自然光か人工照明かなど照明の種類によっても感じ方が違い、必ずしも計測数値どおりにはならない。

  博物館が好きで体調を整えて来ている人にとっては、休みながらでも展示を見ることを楽しみにしているため、休憩場所や、専門図書などを置いている資料館の情報も重要である。そういった当事者からの助言により、博物館でセンサリーマップを作る意味は、決して刺激の強い箇所を避けてほしいのではなく、むしろ博物館で心地よく楽しむための提案であることに気づいた。

  そのため、マップ上には、全館の「音情報」「光情報」に加え、「座れる場所」を表し、感覚をリフレッシュできるような屋外なども対象とした。ウェブサイトに感覚情報コラムを設け、来館のサポートとなる情報もあわせて掲載した。

●公開後の取り組み

  センサリーマップの公開後、学会発表に加え、主に発達障害をサポートする団体にも広めてもらうことができ、後続してセンサリーマップを作製する博物館も出てきた。

  センサリーマップや感覚過敏については、まだ認知度が低いため、当館では、一般の来館者にも興味関心を持ってもらえるような取り組みをしている。センサリーマップの使い方の動画を公開しているほか、数種類のワークショップを時折開催している。「感覚ゲーム」ではカードの厚さや色の微妙な違いなど、遊びながら自分の感覚に目を向けることができる。「センサリーツアー」では館内各所の音と光の数値を測定し、感じ方を参加者と共有することで、人によって感覚の違いがあり、数値と自分の感覚が違う場合もあることがわかる。さらに「センサリーマップを作ろう」の催しでは、参加者それぞれが、館内で自分にとって刺激のある展示室と好きな展示室をみつけ、各自の感覚に合わせたマップを作成する。回数を重ねるごとに、興味を持つ人も少しずつ増えている。また、バリアフリーに関心を持っている当館のボランティアへの研修も継続して実施し、感覚過敏への理解を深めている。

  イベントの際にはカームダウンスペースを設置、防音のためのイヤーマフを用意し、障がいのある人向けの鑑賞日にはクワイエットアワーを設けるなど、感覚過敏の人が安心して来館できるための取り組みを継続している。

  センサリーマップは、感覚への取り組みの始まりである。誰もが安心して来館し、心地よく博物館で過ごせることを、当館では目指している。

Ref:
“センサリーマップ”. 東京国立博物館.
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2579
“感覚情報コラム”. 東京国立博物館.
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2587
“【オンラインギャラリートーク】 5月「センサリーマップを使って、トーハクを歩こう」 鈴木みどり(博物館教育課長)、増田万里奈(博物館教育課教育普及室アソシエイトフェロー)”. YouTube. 2023-06-22.
https://www.youtube.com/watch?v=2b6BtJaABvc
加藤路瑛. 感覚過敏の僕が感じる世界. 日本実業出版社, 2022, 220p.
井出正和. 科学から理解する自閉スペクトラム症の感覚世界. 金子書房, 2022, 186p.