カレントアウェアネス
No.360 2024年6月20日
CA2064
動向レビュー
国内の大学における電子ジャーナルの転換契約をめぐる動向
大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE):小陳左和子(こじんさわこ),
山崎裕子(やまざきひろこ)
1. はじめに
転換契約(Transformative Agreements)は、学術雑誌に係る出版社への支払いを購読料からオープンアクセス(OA)出版料に移行させることを意図したものである。2024年現在、日本の大学図書館において転換契約が注目されるようになってから数年が過ぎ、実際に出版社と契約を締結した機関が急速に増えている。
転換契約登場の背景、欧州でのそれを後押しする取り組み、日本における初期の事例等は、2020年の動向レビュー(CA1977参照)で詳述されているが、本稿では日本国内における2024年上半期までの転換契約の状況について取り上げる。まず、2019年以降の大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)と出版社との交渉および転換契約の提案合意状況について述べる。次に、大学・出版社間のJUSTICE提案外の転換契約の締結状況を紹介する。最後に、今後の課題について述べる。
2. JUSTICEにおける転換契約交渉開始の背景
JUSTICEは2011年の発足以来、オプトイン形式のコンソーシアムとして活動してきた。550を超える大学図書館等(2024年4月現在)から構成される会員館を代表する形で、電子リソース購入・利用条件の交渉と取りまとめを担当している。JUSTICE自体は電子リソースを直接契約する予算や権限を持たないため、会員館は、JUSTICEと出版社との間で合意した提案内容に基づき、契約締結について各自判断を行っている。
JUSTICEではこれまで、購読モデルの製品を主な交渉対象としてきた。並行してOA出版モデル交渉への取り組みを始めたのは、2016年9月の“OA2020”の関心表明(Expression of Interest:EOI)への署名を契機とする。その後、2019年3月に「購読モデルからOA出版モデルへの転換をめざして~JUSTICEのOA2020ロードマップ~」(1)を公表し、OA出版モデル実現までの移行期を乗り越える道筋を示し、さらに2019年8月には「オープンアクセス出版モデル実現に向けた交渉方針について」(2)を作成して、出版社との転換契約交渉を開始した。
「交渉方針について」では、出版社に対して例えば、
- 従来の購読契約と転換契約の両方を提案し、会員館が選択可能とすること
- 転換契約を締結する大学の出版論文は、原則OAになる提案であること
- 転換契約を締結する大学の支出額は原則現在の支出額(購読額+論文掲載料(APC)支出額)を上限とする
- 転換契約として、購読契約をベースにOA 出版できる権利を追加したRead&Publish(RAP)契約の他に、購読額に応じたOA出版のためのバウチャーの発行、APC単価の割引、OA出版量に応じた購読額の割引等、OA出版モデルを促進する提案を歓迎する
現在、世界における転換契約はRAPが主流であり、JUSTICEで合意している提案もRAPが中心である。
3. JUSTICEにおける転換契約提案合意
JUSTICEでは2019年から学術出版社との転換契約の交渉を開始した。以下の各見出しに示すのは契約開始年であり、交渉と合意はその前年に行っている。
- ・2020年(CUP)
- JUSTICEが最初にRAPモデル提案に合意した出版社はケンブリッジ大学出版局(CUP)である(E2259参照)。提案期間は2020年から2022年までで、会員館は購読モデルとRAPモデルのいずれかを選択可能である。RAPモデルを選択した機関は、フルタイム換算値(FTE)の階層毎に定められた購読料とOA出版のための追加料金を支払うことで、機関に所属する著者は契約コレクションの対象タイトルに対して数の制約なく論文を出版することができるとした。
また、米国電気電子学会(IEEE)に対してAPC単価の割引を適用する提案に合意した(2021年まで)。 - ・2021年(ASME, SPIE)
- 米国機械学会(ASME)および国際光工学会(SPIE)とは、2021年契約分からのRAPモデル提案に合意した。また、Elsevier(3)およびWileyとAPC単価割引適用の提案に合意した。
なお、2021年2月に「我が国の学術情報流通における課題への対応について(審議まとめ)」(4)が文部科学省のジャーナル問題検討部会から示され、この中でJUSTICEに対して、契約主体のグループ化を検討している大学等研究機関との役割分担を含む戦略の明示等の対応が求められた。 - ・2022年(IEEE)
- IEEEと、2022年から2024年の3年間のRAPモデル提案に合意した。また、De GruyterおよびTaylor & FrancisとAPC単価割引適用の提案に合意した(Taylor & Francisは2022年のみ)。
- ・2023年(OUP, Taylor & Francis, Wiley)
- 2023年から2025年までの3年間で、以下の3社とのRAPモデル提案に合意した。
オックスフォード大学出版局(OUP)(5):RAPモデルを選択した場合、OUPのジャーナルにOA出版する論文の割合を増やすことができる他、フルOA誌のAPCの割引が適用される。
Taylor & Francis(6):図書館の購読料支出のうち、機関としてOA出版に充当する費用の割合を段階的に増やすことができる。
Wiley(7):次項で述べるJUSTICE提案外で始まっていた国内4大学の転換契約パイロットプロジェクト(E2505参照)を発展させる形で交渉を行い、合意した。Wileyのすべてのハイブリッドジャーナル・フルOAジャーナルで、契約で定められた本数まで論文をOA出版できる権利を得られる。
JUSTICEではこの年の2月に「OA2020ロードマップ」の改訂を行った(8)。2019年の作成時は、OA出版モデル契約に向けた試行後にOA出版モデル契約に向けた展開を実施するとしていたが、改訂版では試行を続け、試行と展開が繰り返されるイメージに改めた。また、JUSTICE に転換契約の提案がない出版社との間で独自に転換契約を締結する大学等が現れた状況を踏まえ、契約・交渉を行う大学のグループ等をJUSTICEが支援し、グループが望む契約の実現を目指すとともに、そこで得られた経験と成果をJUSTICEの活動に還元することも新たに盛り込んだ。 - ・2024年(The Company of Biologists, Elsevier, CUP, SPIE)
- 2024年から2026年までの3年間で、新たに以下の2社とRAPモデル提案に合意した他、CUPおよびSPIEとRAPの更新に合意した。
The Company of Biologists(9):同社が発行するすべての雑誌(ハイブリッドジャーナル3誌とフルOAジャーナル2誌)を対象としており、2024年現在、6機関が契約を締結している。
Elsevier(10):JUSTICEとして初めて、RAPモデルの交渉への参画に意欲を示す会員館を募り、57大学のチームを結成して共同交渉を行った。合意した提案に対して、その57大学を含む140大学が関心表明を行い、2024年は51大学が契約を締結した。
2023年5月のG7仙台科学技術大臣会合(11)、およびG7広島サミットのコミュニケ(12)でオープンサイエンスの推進が明記され、2024年2月には統合イノベーション戦略推進会議が「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」(13)を公表するなど、政府もOA推進に向け大きく動き始めており、日本における転換契約への影響が注目される。
今後JUSTICEでは、「OA2020ロードマップ」に基づき各社のモデルの分析・評価を行い、その結果を踏まえて出版社にモデルの改善を要求し、改善したモデルを段階的に他の出版社へ展開していきたいと考えている。
4. 大学・出版社間における転換契約事例
前項のとおり、JUSTICEでは2020年契約分からRAPモデル提案の交渉を開始したが、その後しばらくは一部の出版社に留まり、しかも国内で多数の大学が契約する大手商業出版社とは交渉を進めることができていなかった。これは、オプトインコンソーシアムであるJUSTICEでは一定数の大学が確実に契約することを前提とした交渉が難しかったことが一因であった。この状況に風穴を開けたのが、2022年4月からの国内4大学とWileyとの転換契約の締結(E2505参照)であった。これは2024年12月までのパイロットプロジェクトとして開始され、その後JUSTICEによる提案合意に発展したことにより、2024年には45大学等研究機関に契約が拡大した。
続いて、複数の大学とRAP契約を行ったのは、Springer Natureであった。交渉を始めるにあたっては、今度は大学側としてもより規模を大きくした上で対応したいと考え、研究大学コンソーシアム(RUC)を母体にすることとした。RUCの構成機関のうち関心を示した10数大学による共同交渉を行い、その結果として2023年1月から3年間のパイロット契約に10大学が締結した(14)。その後、JUSTICEでも交渉を行ったものの、2024年現在合意には至っていない。その一方で同社は前述のパイロットプロジェクトに参画していない大学を対象として、独自にJ-SPRINTAという枠組みを作り、2024年1月から3年間の契約を13大学と締結している。
JUSTICEが関与していないRAPモデルを個別の大学が契約している事例としては他に、米国計算機学会(ACM)、米国化学会(ACS)、英国王立化学会(RSC)、ロックフェラー大学出版会(Rockefeller University Press)などがある。
5. 今後の課題
以上のように、この数年間で国内での転換契約の事例が急速に増えている一方で、課題も見えてきている。
転換契約のモデル全体に係る課題は、2020年の動向レビュー(CA1977参照)でもまとめられている。まず、大学においてはジャーナル購読料とOA出版料であるAPCを一括契約することにより、総支出額を抑制できるメリットはあるものの、購読料からOA出版料に移行させるという「転換」に至っていないケースも存在する。また、多額の料金を出版社に支払い続ける状況は、第二のビッグディール問題を生み出しているとも言え、依然として持続可能なモデルとは言い難い。
また、JUSTICEでの交渉や、大学での導入プロセスにおける日本特有の課題は、2023年にJUSTICE関係者がまとめている(15)。海外のように国またはコンソーシアム全体ではなく、それぞれの事情・判断により大学単位で契約を行っている日本においては、大学間格差の拡大や、全体的な非効率性の点で大きな懸念がある。
現在の転換契約はこのような課題を抱えてはいるが、当面は学術論文のOA化の拡大を図る手段の一つとして推進しつつ、より成熟した契約モデルへ成長させていく必要がある。
(1)JUSTICE. 購読モデルからOA出版モデルへの転換をめざして:JUSTICEのOA2020ロードマップ. 2023, 4p.
https://contents.nii.ac.jp/sites/default/files/justice/2023-04/JUSTICE_OA2020roadmap-20230227_JP.pdf, (参照 2024-03-20).
(2)JUSTICE事務局. オープンアクセス出版モデル実現に向けた交渉方針について. 2023.
https://contents.nii.ac.jp/sites/default/files/justice/2024-03/OAnego_20230227.pdf, (参照 2024-03-20).
(3)“プレスリリースのお知らせ:JUSTICEとエルゼビア、OAの目標を支援するための提案に合意”. JUSTICE. 2020-11-18.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20201118, (参照 2024-03-20).
(4)科学技術・学術審議会・情報委員会・ジャーナル問題検討部会. 我が国の学術情報流通における課題への対応について(審議まとめ). 文部科学省. 2021-02-12.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu29/001/mext_00650.html, (参照 2024-03-20).
(5)“プレスリリースのお知らせ:JUSTICEとOUPがR&P提案に合意”. JUSTICE. 2022-11-18.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20221118, (参照 2024-03-20).
(6)“プレスリリースのお知らせ:JUSTICEとT&FがR&P提案に合意”. JUSTICE. 2022-12-15.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20221215, (参照 2024-03-20).
(7)“プレスリリースのお知らせ:Wileyのオープンアクセス契約の拡大”. JUSTICE. 2023-01-10.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20230110, (参照 2024-03-20).
(8)“JUSTICEのOA2020ロードマップの改訂を行いました。”. JUSTICE. 2023-03-30.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20230330, (参照 2024-03-20).
(9)“プレスリリースのお知らせ:JUSTICEとCoBがR&P提案に合意”. JUSTICE. 2024-02-28.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20240228-0, (参照 2024-03-20).
(10)“プレスリリース:JUSTICEとエルゼビア 日本のオープンアクセスを拡大する転換契約提案に合意”. JUSTICE. 2023-10-12.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20231012, (参照 2024-03-20).
(11)科学技術・イノベーション推進事務局. “G7仙台科学技術大臣会合(概要)”. 内閣府. 2023-05-16.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kokusaiteki/g7_2023/2023.html, (参照 2024-03-20).
(12)G7広島首脳コミュニケ(仮訳)(2023年5月20日). 首相官邸, 39p. https://www.kantei.go.jp/g7hiroshima_summit2023/pdf/231005communication_kari.pdf, (参照 2024-03-20).
(13)学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針. 統合イノベーション戦略推進会議, 2024, 3p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/oa_240216.pdf, (参照 2024-03-20).
(14)“国内10大学とSpringer Nature社との転換契約パイロットプロジェクトについて”. RUC. 2022-11-21.
https://www.ruconsortium.jp/efforts/cat1/9eeac48ef69fe1c0f2c0812ff3aa0028174be272.html, (参照 2024-03-20).
(15)平田義郎ほか. 転換契約への移行と大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)のオープンアクセスに関する取り組み. 情報の科学と技術. 2023, 73(8), p. 318-323.
https://doi.org/10.18919/jkg.73.8_318, (参照 2024-03-20).
[受理:2024-05-13]
小陳左和子, 山崎裕子. 動向レビュー:国内の大学における電子ジャーナルの転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2024, (360), CA2064, p. 14-16.
https://current.ndl.go.jp/ca2064
DOI:
https://doi.org/10.11501/13706989
Kojin Sawako
Yamazaki Hiroko
Trends in the Transformative Agreements of E-Journals in Japanese Universities
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