カレントアウェアネス
No.360 2024年6月20日
CA2063
横浜国立大学附属図書館ビジョンを策定して―大学図書館機能の再定義作業―
横浜国立大学名誉教授/前附属図書館長:大原一興(おおはらかずおき)
1.はじめに 策定の背景
横浜国立大学においては、附属図書館運営委員会による「横浜国立大学附属図書館ビジョン」(1)(以下「ビジョン」)が2022年3月に策定されてから、およそ2年が経過した。2023年1月に「オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ)」(2)が出されてから、全国で大学図書館の機能を再定義しつつある昨今だが、そもそもこの時期になぜ「ビジョン」を策定し、それがどのような意味を持ちいかに効果を発揮し、また今後どうなるかについて、他大や他館からも関心を持たれているようでもあり(3)、現時点での整理をしておこうと思う。
まず、やや個人的な事情も加わるが、筆者が附属図書館長となったのが2020年4月であった。すぐさまコロナ禍に対する大学での全く初めての様々な対応に追われた。感染防止のために登校が制限され、一気にオンライン化が進み無人の図書館の光景が続き、少し慣れてきた時期に再開時の運営を予想してみると、これまでとは異なる光景を想像しないとならなかった。大学内での知の共有の場としては、その手法が大きく変わることになり、ひとつの転換期であることが議論され、その際に将来像を様々に描くこととなった。その考えられ得るいくつかの将来の方向性を示す参考となったのが、国立大学図書館協会の2021年6月の総会で採択された「国立大学図書館協会ビジョン2025」(4)である。これは、同ビジョン2020を次の5年間に継続発展させたものであり、今後の大学図書館の方向性を示唆する指針となりうるものである。
これを本学においてどのように展開する(ローカライズする)か。そのためには、横浜国立大学の特性を捉えて整合させていく必要があった。その特性としては、①大学の教育研究方針の特性、②キャンパスおよび附属図書館の空間的特性、の両面から考えていくことが重要である。
2.横浜国立大学における附属図書館の特性
前述した①大学の運営上の特徴を捉えるには、まずは進行しつつある中期目標・中期計画を押さえ、この時点2022年4月に開始された第4期中期目標(5)を大学の指針として基本的理念の軸と考えた。第4期中期目標の期間は、2022(令和4)年4月1日~2028(令和10)年3月31日までの6年間とされている。ここには「本学は、建学以来の理念(実践性、先進性、開放性、国際性)の下に、人文系、社会系、理工系などの多様な専門性を有する教員がOne Campusに集う中で社会実践を重視した教育研究や各分野における第一線の学術研究を蓄積してきた。令和5年3月には、一人一人の在り方を尊重し合う「多様性」を本学理念に加えた上で今後は、その成果の上に、国と地域のイノベーション創出の中心的役割を果たすべく、多様な学術知・実践知を動員し、自治体、産業界、市民等の多様なステークホルダーと国内外を問わず分野を越えてオープンに連携することで、新たな社会・経済システムの構築やイノベーションの創出・科学技術の発展に資する「知の統合型大学」として世界水準の研究大学を目指す。」と記されている。
そこで、この時点における4つの建学以来の理念(実践性、先進性、開放性、国際性)と、一方で「国立大学図書館協会ビジョン2025」で示された3つの重点領域(知の共有、知の創出、知の媒介)との組み合わせから成る4×3のマトリックスを作成し、附属図書館が関与し展開できる活動やプログラムを各セルに書き出していく作業をまずはおこなった。
さらに前述②のキャンパス空間における特性から図書館空間の場の活用の仕方についても考察した。横浜国立大学は、文系と理系が近接しているコンパクトな統合型キャンパス構成であり、附属中央図書館はその中心部、まさに要の部分に立地していることから、情報集積空間としても物理的交流空間としても、コモンズとしての図書館空間の価値が十分に発揮できる条件にある。一方で、学生は専攻以外の分野にも関心をもっており、日常的な展示や情報交換などを通じた研究成果の相互交流を求めている。このような場における異分野間の知の交流や触発・創発が有効となり、その物理的空間として人が交流し議論をする場の提供が図書館には求められている。
3.「ビジョン」の構成
「ビジョン」の構成は大きく3部構成になっており、まず基本理念が示された後に、近未来の図書館像として5つの展開軸を示し、最後に、実現のために5軸ごとに整理した実施すべき方向を示した指針、から成っている。
前述の、国立大学図書館の将来像を示すビジョン(大学図書館のあり方)と、第4期中期目標・中期計画(横浜国立大学のあり方)との組み合わせ、さらに場所の活用を図る交流のあり方について、様々な方向性の具体例を列挙し、それを総合的に再整理して5つの展開軸として編集した。それぞれについて、およそこの10年で進展すべき展開の方向性を示すとともに、それに従って想定されるサービス機能や設置されるべき空間などの例を示して、整備展開するための指針とした。
すなわち、図書館の根幹としての①「知識基盤」の質的変化やオープン化への対応、それには、知の発展や創出をはかるための②「交流空間」を充実させること、その方向性として横浜国立大学の重点的な方針としての③「先進実践」と④「地域共創」に対応した知識コンテンツを充実させること、さらにこれらの総体を⑤「持続可能」に運営するための組織基盤づくり、という、充実を図るための5つの要素に再整理して、具体的な展開例を示すこととした。展開例・拡張機能についての実現の難易度はまちまちだが、当面考えられる可能性のあるものを以下の見出しの下に列挙したものが「ビジョン」である。
- ①[知識基盤]世界水準の研究と教育を支える学術情報基盤の構築:世界的な潮流を視野に、情報の収集・蓄積のみならず、知の創出・オープン化を推進
- ②[交流空間]ポストコロナの時代における図書館空間の再構築:多様な学生教職員が多様な場で安全に交流し知的生産性を高める空間
- ③[先進実践]DX・データ・AIの時代に対応した図書館サービスの構築:デジタル変革とイノベーション創出の場(知の実験場)としての図書館
- ④[地域共創]地域社会とグローバル社会をつなぐ情報交流の拠点:地域に即した情報・知識をグローバルに共有し、人材の交流をはかる
- ⑤[持続可能] 持続可能な図書館運営モデルの構築:将来の変化に柔軟に対応でき、研究教育の触媒となるような専門的人材の確保
4.ビジョン策定後の動き
策定作業を行い「ビジョン」に挙げられた様々な具体的アクションが明確になってくるにつれ、これらの5つの展開軸はそれぞれが独立しているものではなく相互に連関し、また現況では、図書館単体ではなかなか人的物的に新設できるものが極めて限られることが明らかになってきた。つまり、他部局との協働での推進が必要であり、場合によっては図書館から切り離して実施した方が良いものなども見えてきた。
そこで、そもそもこの「ビジョン」作りの目的は、附属図書館の近い将来の方向性メニューを示すための、大学図書館機能の再認識・再定義だったわけだが、「ビジョン」として明文化された文書は、今後推進する上で他部局との協働を誘うためのカタログとして活用できるということに気づいた。当初は自分を知り歩き出すための孤独な地図のようなものでもあったが、関連部局の関心を引くことによって大学組織としての将来イメージの共通理解と行動を共にするきっかけづくりのための道具として機能することとなった。
学内版では他施設の事例の写真や図などを配し、関心を得易くしたものを作成し、学内会議でも報告した。これによって、実際は、図書館再整備WG(各部局やキャンパス整備担当)、グローバルコモンズの開設(国際学生支援担当)、研究データポリシー作成TF(研究推進担当)、地域アーカイブ(地域連携推進担当)、などとの協力体制による事業が少しずつだが実現してきている。大学図書館とその周辺の活動についての共通理解が深まり、大学関連部署からの認識も高まり、協力支援を得やすくなったと言えるのではないか。
5.ビジョンと附属図書館のこれから
2022年3月からすでに2年経ち、コロナ禍後の学生の行動も従前とはやや異なり、DXの推進とそれに関連する技術も高度化し、また、大学の4つの基本的理念も5つめに「多様性」が加わったことなど、図書館の周辺をとり巻く環境は変化しつづけている。これらに対応して、少しずつ改訂することも必要と思われる。新たなニーズに対応した専門的人材の確保も必要だが、本ビジョンでは「持続可能」のカテゴリーに含めているように、先端技術の開発自体も図書館によって進められる必要もあるのではないかと感じているところである。
(1)横浜国立大学附属図書館運営委員会. 横浜国立大学附属図書館ビジョン. 公開版. 2022, 9p.
https://www.ynu.ac.jp/hus/lib/27996/13_27996_1_4_220422100119.pdf, (参照 2024-04-16).
(2)オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ). 科学技術・学術審議会 情報委員会, オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方検討部会, 2023, 24p.
https://www.mext.go.jp/content/20230325-mxt_jyohoka01-000028544.pdf.pdf, (参照 2024-04-16).
(3)第70回国立大学図書館協会総会時の「審議のまとめ」に関する研究集会(2023年6月23日)においても依頼され「ビジョン」について報告した。
(4)“国立大学図書館協会ビジョン2025”. 国立大学図書館協会.
https://www.janul.jp/ja/organization/vision2025, (参照 2024-04-16).
(5)国立大学法人横浜国立大学 第4期中期目標. 3p.
https://www.ynu.ac.jp/about/project/several_years/pdf/cyuki_mokuhyo4.pdf, (参照 2024-04-16).
[受理:2024-05-16]
大原一興. 横浜国立大学附属図書館ビジョンを策定して―大学図書館機能の再定義作業―. カレントアウェアネス. 2024, (360), CA2063, p. 12-13.
https://current.ndl.go.jp/ca2063
DOI:
https://doi.org/10.11501/13706988
Ohara Kazuoki
Developing a vision for the Yokohama National University Library: Re-arrangement on the functions of university library