CA2062 – 3つの情報リテラシー概念に関する検討:各分野における背景と問題意識に着目して / 飯尾 健

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カレントアウェアネス
No.360 2024年6月20日

 

CA2062

 

3つの情報リテラシー概念に関する検討:各分野における背景と問題意識に着目して

徳島大学高等教育研究センター:飯尾健(いいおけん)

 

1. はじめに

 現在、フェイクニュースや炎上にいかに対処するかは大きな課題となっており、その対策となる情報リテラシーとその育成の重要性は様々な学問分野から提言されている。

 現在提言されている情報リテラシーの概念には、ある程度共通性が見られる。すなわち、これまでの情報リテラシーに見られたような情報探索や活用の面に加えて、情報を適切に評価し、共有・発信し、あるいは創造する面を強調している点である。したがって、現在における情報リテラシーの概念的検討に際しては、それぞれの情報リテラシー概念間の差異よりも、どのような背景や問題意識から検討された結果、このような内容が導出されたかを考えることが要点となるであろう。

 そこで本論では、とくに情報リテラシーについて現在積極的な取り組みを見せる以下の3つの分野、すなわち図書館情報学、メディア教育、および歴史学の動向に焦点を当て、それぞれにおける情報リテラシーの概念について各分野が有する背景や問題意識を含めて検討を行う。

 

2. 図書館情報学を背景とする情報リテラシー

 まずは図書館情報学を背景とした情報リテラシー概念のうち、とくに現在注目すべきものとして、「メタリテラシー(Metaliteracy)」として情報リテラシーを捉える理論を取り上げる(CA2032参照)。メタリテラシーは全米大学・研究図書館協会(ACRL)が2015年に策定した『高等教育のための情報リテラシーの枠組み』(1)における理論的な中軸を担っており(CA1870参照)、現在の図書館情報学における情報リテラシーの理論的な枠組みと言える(2)

 メタリテラシーの特徴の第1として、メディアリテラシー等、様々なリテラシー概念を統合したものとしての情報リテラシーを捉える仕方が挙げられる(3)。これは情報リテラシー像をより幅広いものへと拡張することで、SNSを中心とした様々な媒体や形式で扱われる情報に関して、創造や発信、他者との協働といった新たな能力を含めることを意図したものである。

 加えて、より高次の能力の育成に焦点を当てているのがメタリテラシーにおける第2の特徴である(CA2032参照)。メタリテラシーは「認知(cognitive)」「行動(behavioral)」「態度(affective)」「メタ認知(metacognitive)」の4領域を相互に関わり連動させる能力と位置づけられており、これらを発揮することで「協働的(collaborative)」「参加意識を持つ(participatory)」「省察的(reflective)」「市民意識を持つ(civic-minded)」「開放的(open)」「適応的(adaptable)」「生産的(productive)」「情報に立脚する(informed)」学習者の育成が目指されている(4)。以上から、メタリテラシーでは情報を適切に利用し、新たな知識の創造や協働を通じてコミュニティに寄与できる学習者の育成が目指されていると言えよう。

 またメタリテラシーの理論では、教育の側面が強く意識されているのが大きな特徴である。これは、情報リテラシー教育に関する研究の蓄積が行われてきた図書館情報学という分野の特徴を反映したものと言える。

 

3. メディア教育を背景とする情報リテラシー

 続いては、メディア教育を背景とする情報リテラシーについて述べる。UNESCOの「メディア教育についてのグリュンバルト宣言」(5)に見られるように、元来メディア教育は民主主義社会のためのシティズンシップ教育と結びつけられてきた。しかしながら情報環境の変化に伴い、メディア教育と情報リテラシー教育の境界があいまいになってきたことにより、UNESCOは「メディア情報リテラシー」という概念を提示した(6)。これはメディアリテラシーや情報リテラシーをはじめ、ICTリテラシー、ニュースリテラシー等の幅広いリテラシー概念を調和・統合したものと捉えられている。以上の経緯からメディア情報リテラシーは、単にメディアや情報を読み解くだけにとどまらず、メディアや情報を積極的に活用した創造、コミュニケーション、社会参加を通じて、多文化共生、人権、民主主義社会のための基盤と位置づけられている(7)

 さらに現在では、よりシティズンシップ教育の側面がクローズアップされたデジタル・シティズンシップ教育へと展開している。これはICTやデジタル環境の危険性を認識させその使用を抑制するのではなく、テクノロジーを積極的に使うことでよりよい社会にしていくことを志向した教育である(8)。デジタル・シティズンシップ教育はアメリカから始まり、現在ではヨーロッパ各国やOECD、UNESCOの教育政策にも採用されている。UNESCOでは、デジタル・シティズンシップを「情報を効果的に見つけ、アクセスし、利用し、創造し、他のユーザーやコンテンツに、積極的、批判的、慎重かつ倫理的な態度で関わり、安全かつ責任を持ってオンラインやICT環境を航行し、自分自身の権利を認識する能力」(9)と定義し、メディア情報リテラシー政策の一部として取り入れている。

 UNESCOは、デジタル・シティズンシップに含まれる能力を以下の5つとして示している。すなわち、1)情報に立脚した意志決定を行うためにデジタルツールや情報を効果的に扱う「デジタル・リテラシー(digital literacy)」、2)デジタル空間において有害な他者から自己を守る「デジタルな安全とレジリエンス(digital safety and resilience)」、3)ICTを通じて積極的に交流し、ポジティブな社会的影響を与える「デジタルな参加とエージェンシー(digital participation and agency)」、4)個人内・個人間でのデジタルな相互作用の中で感情を認識し、表現する「デジタルな感情的知性(digital emotional intelligence)」、加えて5)ICTを用いたコンテンツ制作を通じて自己表現・自己探究する「デジタルな創造性とイノベーション(digital creativity and innovation)」である(10)

 以上のように、メディア教育において情報リテラシーは民主主義社会の構築・維持に必要な能力として位置づけられ、情報環境や社会の変化に合わせながらその内容や理論を柔軟に変化させていると言える。

 

4. 歴史学を背景とする情報リテラシー

 これまでは、従来から積極的に情報リテラシー教育に取り組んできた分野の動向について述べた。しかしながら現在では、これまで情報リテラシーの育成とは直接関わりがなかった学問分野においても、各分野特有の知識やスキルにもとづいて情報リテラシーを育成しようという動きがある(11)。本論ではその代表例として、アメリカのDigital Inquiry Group(旧Stanford History Education Group)による歴史学からのアプローチを紹介する。

 このグループは、これまで歴史学者が史料を読み解くスキルである「出所の明確化(Sourcing)」「文脈化(Contextualization)」「確証(Corroboration)」「丹念な読み(Close Reading)」を、歴史学にとどまらず、情報社会で生きるためのスキルとして育成しようと試みてきた(12)(13)。さらに児童・生徒に対するオンライン情報の評価能力の調査を実施したり(14)、ファクトチェッカーが実際にインターネット上でファクトチェックを行う際の行動を歴史学者の行動と比較して検証したりする(15)ことで、情報社会において必要とされるスキルを修正・洗練させてきた。このようにして、上記の「丹念な読み」に替えて複数の情報を比較する「横読み(Lateral Reading)」を加えたインターネット上の情報を読み解く能力を育成するカリキュラムである“Civic Online Reasoning”を開発している(16)

 また現在では、「横読み」に加えて「セルフナッジ(Self-Nudging)」「釣りに餌を与えないためのヒューリスティックス(“Do Not Feed the Trolls” Heuristics)」を含め、必要でない・有害な情報に深入りしないための「批判的無視(Critical Ignorance)」という考え方も提唱されている(17)

 このようにDigital Inquiry Groupの試みは、社会の状況や実態に応じて適宜変更が加えられているものの、「歴史的史料を読むスキル」を基盤にして、情報リテラシーとしてインターネット上の情報にも適用できる能力の育成を志向している。

 

5. まとめにかえて

 以上のように、現在では情報リテラシー概念はその立脚する背景は異なるものの、いずれも適切に情報を読み取り、活用し、社会の一員として適切に振る舞う能力として捉えられている点では共通している。今後はこれらの情報リテラシー概念の背景や、その結果情報リテラシーとして挙げられる個々の知識やスキルについて理解しつつ、いかにしてそれぞれを相互に架橋し、情報リテラシーの育成に向けて連携・協働するかが求められるであろう。

 さらに言えば、現代社会において情報環境は日々変化しており、それによって情報リテラシーの概念や必要とされる能力はさらに変化することが予想される。これらの動向を継続的に注視することも必要であろう。

 

本論では、英語表記について引用元の表現をそのまま用いることとした。そのため、語頭が大文字の表記と小文字の表記が混在していることをここに付しておきたい。

 

(1)“Framework for Information Literacy for Higher Education”. ACRL.
https://www.ala.org/acrl/standards/ilframework, (accessed 2024-04-15).

(2)『高等教育のための情報リテラシーの枠組み』におけるメタリテラシーにおいては、以下の文献も参照。
瀬戸口誠.『高等教育のための情報リテラシーの枠組み』の意義と課題. 図書館界. 2019, 71(1), p. 36-45.
https://doi.org/10.20628/toshokankai.71.1_36, (参照 2024-04-15).

(3)Mackey, Thomas P.; Jacobson, Trudi E. Reframing Information Literacy as a Metaliteracy. College & Research Libraries. 2011, vol. 72, no. 1, p. 62-78.
https://doi.org/10.5860/crl-76r1, (accessed 2024-04-15).

(4)Mackey, Thomas P.; Jacobson, Trudi E. Metaliteracy in a connected world: Developing learners as producers. ALA Neal-Schuman, 2022, 209p.

(5)“Challenge of Media Education (The Grunwald Document)”. Center for Media Literacy.
https://www.medialit.org/reading-room/challenge-media-education-grunwald-document, (accessed 2024-04-15).

(6)UNESCOによるメディア情報リテラシーに関する代表的な文としては、以下のものがある。
UNESCO. UNESCO ICT Competency Framework for Teachers. 2018, 68p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000265721, (accessed 2024-04-15).
UNESCO. Global Media and Information Literacy Assessment Framework: country readiness and competencies. 2013, 158p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000224655, (accessed 2024-04-15).

(7)坂本旬.メディア情報教育学:異文化対話のリテラシー.法政大学出版局,2014,227p.

(8)坂本旬.“デジタル・シティズンシップとは何か”.デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び.大月書店,2020, p. 1-37.

(9)UNESCO. Digital citizenship in Asia-Pacific: translating competencies for teacher innovation and student resilience.2023, 121p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000385426, (accessed 2024-04-15).
訳は、坂本旬.ユネスコのデジタル・シティズンシップ教育政策の形成過程:デジタル時代のESDを再考する.法政大学キャリアデザイン学部紀要.2024,no. 21, p. 1-26.によった。

(10)Ibid.

(11)日本においては、各学問分野で「大学教育の分野別質保証参照基準」が策定されており、その中には分野特有の学習を通じて習得でき、かつ他の分野にも活かすことができる知識や能力が示されている。詳細は以下のウェブサイトを参照。
“大学教育の分野別質保証委員会”. 日本学術会議.
https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/daigakuhosyo/daigakuhosyo.html, (参照 2024-04-15).

(12)Wineburg, S.; Martin, D.; Monte-Sano, C. Reading like a historian: Teaching literacy in middle and high school history classrooms. Teachers College Press, 2012, 154p.

(13)Wineburg, S. Why historical thinking is not about history. History News. 2016, vol. 71, no. 2, p. 13-16.
https://stacks.stanford.edu/file/druid:yy383km0067/Wineburg%20Hist.%20Thinking%20is%20not%20about%20history.pdf, (accessed 2024-04-15).

(14)Wineburg, S.; McGrew, S.; Breakstone, J.; Ortega, T. “Evaluating Information: The Cornerstone of Civic Online Reasoning”. Stanford Digital Repository.
https://purl.stanford.edu/fv751yt5934, (accessed 2024-04-15).

(15)Wineburg, S.; McGrew, S. Lateral Reading and the Nature of Expertise: Reading Less and Learning More When Evaluating Digital Information. Teachers College Record. 2019, vol. 121, no. 11, p.1-40.
https://doi.org/10.1177/016146811912101102, (accessed 2024-04-15).

(16)Civic Online Reasoning.
https://cor.inquirygroup.org/, (accessed 2024-04-15).

(17)Kozyreva, A.; Wineburg, S.; Lewandowsky, S.; Hertwig, R. Critical ignoring as a core competence for digital citizens. Current Directions in Psychological Science. 2023, vol. 32, no. 1, p. 81-88.
https://doi.org/10.1177/09637214221121570, (accessed 2024-04-15).

[受理:2024-05-10]

 


飯尾健. 3つの情報リテラシー概念に関する検討:各分野における背景と問題意識に着目して. カレントアウェアネス. 2024, (360), CA2062, p. 9-11.
https://current.ndl.go.jp/ca2062
DOI:
https://doi.org/10.11501/13706987


Iio Ken
An Examination of Information Literacy Concepts in Three Disciplines: Focusing on their Backgrounds