カレントアウェアネス
No.354 2022年12月20日
CA2032
メタリテラシー:ポスト真実時代の情報リテラシー
梅花女子大学文化表現学部:瀬戸口 誠(せとぐちまこと)
1. はじめに
メタリテラシー(Metaliteracy)は、マッキー(Thomas P. Mackey)とジェーコブソン(Trudi E. Jacobson)によって提唱された概念である(1)。マッキーらによると、メタリテラシーは、これまでの「情報リテラシー」、その関連概念である「メディア・リテラシー」、「デジタル・リテラシー」等の多様なリテラシー概念を統合する枠組みとして位置づけられている(2)。メタリテラシーは、2015年に米国の大学研究・図書館協会(ACRL)により公表された『高等教育のための情報リテラシーの枠組み』(以下「枠組み」 ; CA1870参照)の基盤になっており、今後の情報リテラシー教育において中心となる概念である(3)(4)。本稿では、メタリテラシーが登場した背景とその特徴について概観する。
2. ソーシャルメディアの普及と情報利用の変化
1990年代以降、情報リテラシーの研究や教育において、米国の図書館界は中心的な役割をはたしてきた(5)。1998年に米国学校図書館員協会(AASL)と教育コミュニケーション工学協会によって『児童・生徒のための情報リテラシー基準』、続く2000年にACRLによって『高等教育のための情報リテラシー能力基準』(以下「能力基準」)等の基準が策定された(6)。これらの基準において、情報リテラシーは汎用的なスキルとして位置づけられ、詳細な情報利用行動パターンのリストとして提示されていた。ただし、情報リテラシーがスキルとして提示されることによって、その教育において個別の情報資源の使い方の習得といった表面的な内容に陥ってしまうという問題があった。すなわち、「能力基準」に示されるパフォーマンス指標に焦点化することによって、内省を伴う思考面がその教育において十分にカバーできないのである。
このようなリスト形式の情報リテラシーに起因する問題に加えて、情報環境の変化もメタリテラシーが求められる要因となっている。すなわち、SNS等のソーシャルメディアの普及により生じた人々の情報利用行動そのものの変化である。従来、情報の生産は、著者や編集者、ウェブサイト制作者といった限られた人々が担っていた。しかし、ソーシャルメディアの登場によって、誰もが情報を生み出しうる環境が整い、情報生産の担い手は不特定多数に拡大した。すなわち、ソーシャルメディア環境下では、不特定多数の人々が情報を発信し、さらにそれらの情報を不特定多数の人々が拡散することで、情報の普及が行われている。その結果、情報の拡散スピードは劇的なものとなっている。
これらは単に印刷メディアからネットワーク型メディアへの媒体の変化にとどまらない。ソーシャルメディアの登場は、情報の質そのものにも影響を及ぼしている。例えば、印刷メディアとして出版されてきた学術雑誌に掲載されている学術論文では著者と読者という役割は固定化されているが、ソーシャルメディア環境下のコミュニケーションにおいてはその役割が流動的になる。ソーシャルメディアを介したコミュニケーションは、一対多(著者と読者)ではなく、常に多対多(著者(読者)対読者(著者))で実践される。その結果、従来の情報の質をコントロールする役割を果たしてきた権威(例えば、研究者による査読)やゲートキーパー(テレビや新聞等のマスメディア)が機能しない、あるいは不在の事態も生じている。その結果、ソーシャルメディア環境下においては、印刷メディアの情報の評価尺度だけでは十分ではなくなりつつある。
3. メタリテラシー概念
メタリテラシーは、「能力基準」に代表されるリスト形式で示される情報リテラシーの問題に加えて、ソーシャルメディア等の登場による情報利用の在り方そのものの変化によって提唱された概念である。メタリテラシーは、具体的な情報利用に必要となるスキルや行動パターンではなく、高次の認知機能(省察等)に焦点化している。
マッキーらは、メタリテラシーモデルとして図1のように表現している。
メタリテラシーモデルにおいて、情報リテラシーは、メタリテラシーとして図の中心に位置づけられ、メタ認知と、「アクセスする」「決定する」「評価する」「理解する」から構成されている。さらに、それらの外側にソーシャルメディア、モバイルテクノロジー、オンラインコミュニティ、オープン教育資源(OER)が位置づけられている。そして、一番外側に、「共有する」「参加する」「利用する」「統合する」「生産する」「協働する」といったソーシャルメディア環境下における協働的な情報利用形態が示されている。これは、メタリテラシーが、従来の「情報リテラシー」の能力に加えて、ソーシャルメディア環境下での協働的な情報利用行動(情報の生産や協働、共有等)を含むことを示している。加えて、このモデルでは、メタ認知が中心に位置づけられていることから、情報へのアクセスやその評価といった行動には、常に深い内省を伴う思考がその基盤となっていることが示されている。
4. メタリテラシー教育とその実践
4.1 メタリテラシー教育
マッキーらは、メタリテラシーの学習目標として以下の4つを挙げている(8)。
目標1:学術論文のプレプリント、ブログ、Wikiのような常に変化し、進化するオンライン上のコンテンツを含めたコンテンツを批判的に評価する。
目標2:変化する技術環境下において個人のプライバシー、情報倫理、そして知的財産の諸問題を理解する。
目標3:様々な参加型環境下において情報を共有し、そして協働する。
目標4:生涯学習プロセスや個人的、学術的、専門職的目標と学習や研究戦略を結びつける能力を発揮する。
マッキーらは、学習を行動や認知に加えて、メタ認知や情意から成るものとして捉え、メタリテラシーを有する学習者について図2のように示している。
これは、ソーシャルメディア環境下における学習において、認知や行動だけでなく、メタ認知や情意すべてが不可欠であることを示している。例えば、行動的領域については、ソーシャルメディア環境下で積極的な活動を行うために必要になる能力等が該当する。認知的領域については、日々進化する情報環境に後れを取らないための思考習慣を養うこと等が該当する。メタ認知領域については、向き合う課題や問題に対する熟考や深い内省等が該当する。最後の感情的領域については、メタ認知領域を支えるものであり、情報利用を行う様々な状況下での学習者の感情等が該当する。ここで重要なのは、行動や認知、メタ認知、感情がそれぞれ独立しているわけでなく、情報利用の際に常にそれらが連動している点である。例えば、上述の「枠組み」においても、情報リテラシーを構成する「知識の実践(Knowledge Practices)」に加えて、「心構え(Dispositions)」が列挙されているのはそれらが一体として位置づけられているためである。
この図の外側の部分は、ソーシャルメディア環境下において学習者が担う役割を示している。メタリテラシーを有する学習者は、ソーシャルメディア環境下の多様な媒体を駆使して、他者と協働し、情報を伝達したり、翻訳したりする。また、学習者は、他者への知識の普及を行うことによって、教育者(teacher)としての役割をも担うことを示している(10)。このように、メタリテラシーモデルにおいて、学習者は既存の情報を探索し、利用することだけでなく、他者と協働しつつ新たな情報(知識)を生み出し、それを発信していくことが目指されている。
4.2 メタリテラシー教育の実践
メタリテラシー教育の実践例としては、学士課程学生による研究に対する機関リポジトリを活用した大学図書館での実践がある(11)(12)。機関リポジトリは、有料の電子ジャーナル等のデータベースとは異なり、オープンアクセスである。また、機関リポジトリでは、教員や学生が執筆した論文等のセルフアーカイブを行っており、機関の同僚や同じ専門の研究者がアクセス可能である。以上のような状況は、結果的に、機関リポジトリが、学生が査読のある出版物を公表するよりも容易に学術コミュニケーションプロセスを学ぶために適した空間を提供することにつながる。大学図書館が実施するワンショットプログラムを通じて、機関リポジトリは、学生に対して彼らの学術的文脈における研究プロセスの例を提示する。また、機関リポジトリは収集対象が学術論文以外にもプレプリントやプレゼンテーション資料等多様であるため、学生は自分自身の研究論文執筆のために必要な資料を自身の研究テーマと資料の特性を考慮しながら評価し、選定しなければならない。さらに、学生による研究成果を機関リポジトリに登録する際には、図書館員が学生に著作権や知的財産権を教える機会が得られることも指摘されている(13)。このように、単に学生がデータベースを対象に学術論文を探索し、それを利用して論文を執筆するだけで終わりとせずに、機関リポジトリを活用し、成果物である論文等を最終的にコレクションとすることで、情報の生産者としての役割を理解させることが可能となっている。
また、マッキーは、メタリテラシー教育の実践として、大規模公開オンライン講座(MOOC)を活用し、「ポスト真実の世界において自分自身をエンパワーする」(Empowering Yourself in a Post-Truth World)というコースを作成している(14)。このコースでは、メタ認知的反省や情報への感情的反応について理解を深めるために、メタ認知が組み込まれており、主要なテーマに、分断される情報環境への対応として信頼できるコミュニティの形成を挙げている。世論形成の際に何が真実かよりも感情や個人的信条にアピールする情報が重視され、ソーシャルメディア等を通じてフェイクニュースが拡散している状況下で、いかに信頼できるコミュニティを形成できるかは社会的な課題となっている(15)。
第1週では、学習者は、まず自分自身で主要な用語を定義し、自分自身の経験を振り返り、そしてメタリテラシーを有する学習者の役割を検討することが求められる。ポスト真実時代の起源についての読書や関連資料、ポスト真実への対応策としてのメタリテラシーの探究がこのモジュールの学習目的となる。第1週の最初に、映像教材において、ポスト真実の定義、フェイクニュースという用語、メタリテラシー概念等の解説が行われる。続く第2週では、情報環境における専門家や専門性の役割を分析し、権威ある情報資源を評価し、確証バイアスを定義するための能力が強調される。以降、第6週まで各週で学習目的が設定され、映像教材、読書、関連資料、インタラクティブクイズ、ディスカッション等、多様な方法が活用される。最終課題として、情報を生産し、共有するというメタリテラシーの第3目的(16)に関連して、デジタル作品の制作(creation of a digital artifact)が課せられている(17)。まさに、オンラインコースというインタラクティブな学習環境を設定し、学習者が多様な情報資源を通じて学ぶことにより、最終課題としてデジタルな制作物を作成する。その中で、学習者は、ソーシャルメディア環境下における情報の生産や共有という行為の特性、また、知的財産や個人のプライバシーへの配慮、自分自身の学びに対する反省を実践することでメタリテラシーを学ぶことが意図されている(18)。
5. おわりに
以上、マッキーとジェーコブソンの文献を中心に、メタリテラシーの提唱された背景とその内容を概観してきた。重要なのは、メタリテラシーはあくまでも現在進行形の教育モデルである点である。ソーシャルメディアが台頭し、その環境下におけるポスト真実世界の中で、教育において何を重視し、何を学習目標とするのかについては、常に多角的に検討されるべきであり、終わりはない。
また、大学においては、図書館を中心として展開してきた情報リテラシー教育についても、全学的な取り組みとして捉えるメタリテラシーや「枠組み」によって、大きな転換期を迎えている。情報リテラシー教育はもはや大学図書館のみが担うものではなく、カリキュラム全体に組み込み、全学的に推進していくには教員や他の職員との協働が不可欠になる。その中で大学図書館がどのように関与し、図書館職員がどのような役割を果たすのかについて、継続的に検討していかねばならない。
(1) Mackey, Thomas P.; Jacobson, Trudi E. Reframing Information Literacy as a Metaliteracy. College & Research Libraries. 2011, vol. 72, no. 1, p. 62-78.
https://doi.org/10.5860/crl-76r1, (accessed 2022-10-10).
(2) Ibid.
(3) “Framework for Information Literacy for Higher Education”. ALA. 2015-02-09.
https://www.ala.org/acrl/standards/ilframework, (accessed 2022-10-10).
(4)「枠組み」の意義については、下記文献を参照。
瀬戸口誠. 『高等教育のための情報リテラシーの枠組み』の意義と課題. 図書館界. 2019, 71(1), p. 36-45.
https://doi.org/10.20628/toshokankai.71.1_36, (参照 2022-10-10).
(5) 野末俊比古. “情報リテラシー教育”. 情報探索と情報利用. 田村俊作編. 勁草書房, 2001, p. 229-278, (図書館・情報学シリーズ, 2).
(6) 前掲.
学校図書館における情報リテラシー教育の動向については下記文献を参照。
河西由美子. 情報リテラシー概念の日本的受容:学校図書館 と情報教育の見地から. 情報の科学と技術. 2017, 67(10), p. 514-520.
https://doi.org/10.18919/jkg.67.10_514, (参照 2022-10- 10).
(7) Mackey, Thomas P.; Jacobson, Trudi E. Metaliteracy: Reinventing Information Literacy to Empower Learners. ALA, 2014, p. 23.
(8) Ibid. p. 84-91.
(9) Ibid. p. 92
(10)Ibid. p. 91-92.
(11)学士課程学生による研究に対する大学図書館の支援については下記文献を参照。
新見槙子. 学士課程学生による研究の促進における大学図書館の役割:カリフォルニア大学バークレー校の事例調査. Library and Information Science. 2014, (71), p. 51-74.
http://libinformsci.com/10.46895/lis.71.51/index.html, (参照 2022-10-10).
(12)Amanda, Scull. “Where Collections and Metaliteracy Meet”. Metaliteracy in Practice. Mackey, Thomas P.; Jacobson, Trudi E. ed. ALA, 2016, p. 73-89.
(13)Ibid.
(14)Mackey, Thomas P. Embedding Metaliteracy in the Design of a Post-Truth MOOC: Building Communities of Trust. Communications in Information Literacy. 2020, 14(2), p. 346-361.
https://doi.org/10.15760/comminfolit.2020.14.2.9, (accessed 2022-10-10).
(15)「ポスト真実」とは「世論形成において、客観的な事実よりも感情や個人的信条へのアピールが影響を与える状況」を指している。2016年のオックスフォード辞典の「ワード・オブ・ザ・イヤー」に選出された。
Oxford Word of the Year 2016.
https://languages.oup.com/word-of-the-year/2016/, (accessed 2022-11-05).
(16)Mackey, Thomas P.; Jacobson, Trudi E. op. cit. p. 84-91.
(17)Mackey, Thomas P. op. cit.
(18)マッキーらは次のウェブサイトでメタリテラシーに関する研究成果等の情報を発信している。
Metaliteracy.org.
https://metaliteracy.org/, (accessed 2022-10-10).
[受理:2022-11-16]
瀬戸口誠. メタリテラシー:ポスト真実時代の情報リテラシー. カレントアウェアネス. 2022, (354), CA2032, p. 14-17.
https://current.ndl.go.jp/ca2032
DOI:
https://doi.org/10.11501/12394669
Setoguchi Makoto
Metaliteracy: Information Literacy in the Post-Truth Era