CA2033 – 内閣府エビデンスシステム(e-CSTI)の概要と今後の方向性 / 白井俊行

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カレントアウェアネス
No.354 2022年12月20日

 

CA2033

 

内閣府エビデンスシステム(e-CSTI)の概要と今後の方向性

内閣府科学技術・イノベーション推進事務局:白井俊行(しらいとしゆき)

 

1. 科学技術政策におけるEBPMの重要性

 近年、国の政策検討において、客観的な証拠、エビデンスに基づく政策立案(Evidence-based Policy Making:EBPM)の重要性が指摘されている。国の政策検討においては、官庁の担当者がヒアリングを通じて現状の課題や対応策を検討したり、審議会や各種の有識者会議において、幅広い分野の専門家の意見を集め、政策案をとりまとめることが多いが、検討対象となる政策分野が多岐にわたり、かつ、高度に複雑化している場合には、政府内のリソース制約と相まって、幅広い分野の専門家から、偏りなく十分な意見や考え方を聴取することが困難な場合もありうる。

 一方、近年のデジタル技術の進展は、大量のデータを迅速に収集し分析することを可能としており、政府においても、これを政策立案に活かすことが重要となっている。日進月歩が目覚ましく、多様化、複雑化している科学技術の分野においても、こうした取組は重要である。情報技術をはじめとして、新たな技術が出現し、社会や国民生活に大きな影響を与えている中で、デジタル技術も活用して、大量のデータやエビデンスを迅速かつ効率的に収集し、分野全体を俯瞰した効果的な分析を行い、政策立案に活用することが求められている。2021年に閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」やその後策定された「統合イノベーション戦略」においても、科学技術分野におけるEBPMの重要性が明記されているところである。

 

2. 府省共通研究開発管理システム(e-Rad)と内閣府エビデンスシステム(e-CSTI)について

 筆者の所属する内閣府科学技術・イノベーション推進事務局エビデンスグループ(以下「エビデンスグループ」)は、エビデンスに基づく科学技術分野における政策立案を推進するための様々な取組を進めている。具体的には、科学技術分野におけるエビデンスの収集と分析、関係省庁・機関への共有を行っている。こうした取組の中核となるシステムが、府省共通研究開発管理システム(e-Rad)(1)と内閣府エビデンスシステム(e-CSTI)(2)である。

 e-Radは、政府や関係する資金配分機関が研究開発事業を実施する際、研究者への公募情報の提供、応募、審査・採択、成果報告等の一連の作業をオンライン上で行うことを可能とするシステムであり、現在、300程度の府省等の研究開発事業の実施に活用されている。2022年からは、e-Radは文部科学省から内閣府に移管され、システムも刷新された上で運用が開始されている。新たなe-Radは、従来のように、政府の研究開発事業を効率的に行うための電子システムという位置づけにとどまらず、科学技術分野におけるエビデンスを収集するシステムとしての機能も有している。そして、e-Radによって収集された日本の研究者の属性、予算執行額等のデータは、日本の科学技術分野におけるエビデンスとして分析・活用されており、そのエビデンスとなるデータの共有プラットフォームがe-CSTIである。

 

図 日本の研究力の分析に向けたデータの収集から分析までの流れ(イメージ)

 

 より具体的に両システムの関係を説明すると、e-Radにおいて収集された研究者の任期の有無といった属性情報や予算執行額等のデータは、研究機関毎に集計される。その上で、各国立大学法人や研究開発法人等において、データ標準化ガイドライン(3)に基づき、運営費交付金や寄付金、民間からの受託研究費といった、e-Radを経由しない政府からの資金や民間からの外部資金等のデータが追加され、さらに研究者のアウトプットである論文データとも研究者単位で接続される。これにより、全国立大学法人・研究開発法人の研究者の属性、予算等のインプット情報と研究成果である論文等のアウトプットが結びつけられた膨大なエビデンスデータが整備されている。さらに、これらのデータは、e-CSTIにおいてデータの集約・分析等を行うBIツールにより可視化され、研究者の属性と論文アウトプットとの関係性や、予算執行額と論文アウトプットの関係性、財源毎の論文パフォーマンスの比較といった分析が可能となり、日本の研究力を検討する上での重要なマクロ分析ツールとなっている。公開されているデータの一部を紹介すると、例えば、研究者の年間論文数(筆頭著者カウント)を論文出版時の年齢別に見てみると、若手の頃に論文数が多く、年齢とともに論文数が低下する傾向が見て取れる。また、運営費交付金、科研費、その他の競争的資金といった、研究者の主たる財源毎に、論文アウトプットを比較することも可能である。ここで得られた分析結果は、審議会等の政府内の様々な政策検討の場でも活用され、科学技術分野におけるEBPMに貢献している。

 e-CSTIでは、上記のようにして得られた国立大学法人・研究開発法人等の研究者のインプットと論文アウトプットに関するデータ以外にも分析が可能となっている。具体的には、日本の大学・研究開発法人等における産学連携活動や、共同研究収入等、外部資金の獲得状況、研究設備の共用化の現状、産業界の人材育成ニーズについてのデータや分析も公開している。例えば、大学の収入に占める寄付金や間接経費のような財務運営の自由度を増す資金の割合や、保有特許数と特許収入の関係、共同研究費と共同研究契約の件数といったデータが閲覧可能である。人材育成については、幅広い業種・職種の社会人約6万人に対するアンケート調査の結果として、業務で重要な知識分野や出身学科、年収ややりがいに関するデータを公開している。これは、社会人の業務における知識ニーズと学びの関係を分析し、今後の教育カリキュラムを検討する上でも有益なデータと考えている。

 エビデンスグループでは、こうしたデータや分析ツールを活用し、近年進展が目覚ましい情報分野について分析を行っており、e-CSTIにおける分析の一例として紹介したい。

 先ほど述べた人材育成に関する社会人アンケートの調査をもとに情報業種の技術系人材について分析すると、情報業種に携わる技術系人材の半分程度は文系等の学科出身であり、情報業種で求められる専門知識と学生時代の学びとの間にギャップがあることが示唆される。また、こうしたギャップは過去の調査から継続して見られており、かつ、社会人の年代が若くなるにつれて、文系等の出身者の比率も多くなり、情報分野の技術系人材に対するニーズが拡大する中で、学びと業務で求められる知識のギャップが拡大していることが示唆される(4)。また、学生の履修データを活用した分析でも、情報分野において求められる知識と学びとのギャップが示唆されており、例えば、プログラミングやコンピュータ概論のような情報の基礎的な知識を履修する学生は文系でも見られるが、人工知能(AI)のような今後重要とされる分野について学んでいる文系の学生は少ない状況となっている(5)。こうした情報分野における人材のミスマッチは、日本の情報分野の研究力にも影響を与えているものと考えられる。例えば、エビデンスグループでは、最近、e-CSTIを活用して200万本以上の論文や学会発表等を分析し、情報セキュリティ分野において、米国や中国といった他国と比べて、日本は注目される論文等の数が少ないことを明らかにしている(6)

 このようなエビデンスデータは、政府における政策検討への活用にとどまらず、国立大学法人や研究開発法人等の機関における運営にも有益な材料を提供することが期待されている。これまでに国立大学の法人化や、競争的資金の拡充、大学ファンドの創設といった一連の政策が打ち出されてきた中、優れた研究成果や特色ある教育を生み出す上で、大学における戦略的な経営の重要性は増しており、各機関が独自の強みや特色を生かした取組を検討する際にも、エビデンスに基づく分析は重要である。e-CSTIはこうした各大学や研究機関におけるエビデンスに基づく運営(Evidence-based Management:EBMgt)を推進することも念頭において開発されており、一般公開サイトとは別に、関係機関向けのウェブサイトが構築され、個別の国立大学法人や研究開発法人の研究インプット・アウトプット分析や外部資金の獲得状況等のデータが共有されている。現在、大学をめぐる環境が大きく変化する中、各大学においてもInstitutional Research(IR)活動が行われ、自らの特色や強みについて積極的に分析が行われているものと思われるが、e-CSTIでは、一定の割り切りの下、統一的なルールであるデータ標準化ガイドラインに基づくデータが収集されており、本データを活用することで、各大学における様々なデータを機関横断的に比較できる。今後、産学連携の推進や外部資金の獲得、各大学の特色を活かした研究支援に向けてデータがさらに充実し、各機関におけるマネジメントにも活用されていくことが期待される。

 

3. 今後の方向性

 e-CSTIは2020年に公開されて以降、毎年、データの蓄積が進んでいる。これにより、日本の研究のインプット・アウトプットの関係性を時系列で分析したり、日本全体で見たときの分野毎の予算の配分状況、機関毎の外部資金の獲得額の時系列的な変化等といった分析も、今後可能となっていく予定である。また、内閣府では、e-CSTIのデータを活用して、日本の科学技術分野における特色や各国の研究動向との違いを可視化するツールや、各国立大学法人・研究開発法人の外部資金の獲得状況を分野別に可視化するツールの開発にも取り組んでいる。さらに、e-CSTIに活用するエビデンスの収集を行う上で重要な役割を果たしているe-Radについても、外部の研究者情報システムであるresearchmap(7)との連携強化や政策立案に有益な各種データを追加することにより、研究者による利便性の向上と、更なるエビデンス収集機能の強化が図られる予定である。こうした取組を通じて、エビデンスデータの充実が進み、関係省庁における政策立案や、大学等の機関におけるマネジメントにエビデンスが活用され、科学技術分野におけるEBPMや大学等におけるEBMgtが一層進展していくことを期待している。

 

(1) 詳細は、e-Radウェブサイトを参照されたい。
府省共通研究開発管理システム(e-Rad).
https://www.e-rad.go.jp/, (参照 2022-10-18).

(2) 詳細は内閣府エビデンスシステムを参照されたい。
内閣府エビデンスシステム.
https://e-csti.go.jp/, (参照 2022-10-18).

(3) 詳細は、内閣府ウェブページにおける記載を参照されたい。
“研究力の分析に資するデータ標準化の推進に関するガイドライン策定について”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/evidence/index.html, (参照 2022-10-18).

(4) 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局参事官(エビデンス担当). 人材育成に係る産業界ニーズの分析結果について. 2022, 25p.
https://e-csti.go.jp/downloads/4-jinzai/jinzai_sangyokai202201.pdf, (参照 2022-10-18).

(5) 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局参事官(エビデンス担当). 情報関連人材に関する調査結果について~クラスター分析による社会人の知識ニーズと学生の学びのギャップの見える化の試み~. 2022, 19p.
https://e-csti.go.jp/downloads/4-jinzai/e-csti-jinzai-report_202203.pdf, (参照 2022-10-18).

(6) 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局エビデンスG. 重要科学技術領域の検討に向けた論文情報等の見える化~e-CSTIにおける情報セキュリティ分野を例とした試行的な分析~. 2022, 32p.
https://e-csti.go.jp/downloads/2-kenkyu/funding2/e-csti-security-report_202209.pdf, (参照 2022-10-18).

(7) 詳細は、以下のウェブサイトを参照されたい。
researchmap.
https://researchmap.jp/, (参照 2022-10-18).

 

[受理:2022-11-08]

 


白井俊行. 内閣府エビデンスシステム(e-CSTI)の概要と今後の方向性. カレントアウェアネス. 2022, (354), CA2033, p. 18-20.
https://current.ndl.go.jp/ca2033
DOI:
https://doi.org/10.11501/12394670

Shirai Toshiyuki
Current status and future direction of e-CSTI, the evidence system in science and technology policy making