カレントアウェアネス
No.361 2024年9月20日
CA2067
デジタル・シティズンシップを担う公共図書館
国際大学GLOCOM主幹研究員/准教授:豊福晋平(とよふくしんぺい)
1. はじめに
2022年11月、筆者は図書館総合展2022にて「デジタル時代のシティズンシップを支えるのは誰か?」(1)というタイトルで講演を行ったところ、図書館関係者から思いのほか大きな反響をいただくこととなった。本稿ではその講演内容を背景として、そもそもデジタル・シティズンシップとは何か、公共図書館に注目するのはなぜか、そして我が国における展望について解説する。
我が国の教育情報化・ICTの教育的な利活用は国際的に見ても長らく底辺レベルにあった(2)のだが、就学児童生徒を対象とした学習者1人1台情報端末整備を主軸とする2019年以降のGIGAスクール構想による集中的な予算投下によって状況は大幅に変化しつつあり、これまで未分化であった用途や運用・利用上の課題が一気に噴出してきた。この課題の核心とも言えるのが、文部科学省がいう「情報モラル」であり、世界的には「デジタル・シティズンシップ」と呼ばれる領域である。
2. デジタル・シティズンシップとは何か
デジタル・シティズンシップの定義には主に2つあり、ひとつは教育関係で採用されている「技術利用における適切で責任ある行動規範」(3)であり、もうひとつは社会学・メディアコミュニケーションを中心に採用されている「オンラインで社会に参加する能力」(4)とされている。
欧州評議会はデジタル・シティズンシップを「デジタル技術の利用を通じて社会に積極的に関与し、参加する能力のこと」と定義し、デジタル・シティズンシップを民主主義文化のためのコンピタンスとして位置付けた(5)。その上で、デジタル・シティズンシップを次の3分野10領域で示している。
- ・オンラインであること“Being Online”
(アクセスと包摂・学習と創造性・メディア情報リテラシー) - ・快適なオンライン生活“Well-being Online”
(倫理と共感・健康と福祉・e-プレゼンスとコミュニケーション) - ・オンラインの権利“Rights Online”
(積極的参加・権利と責任・プライバシーとセキュリティ・消費者としての気付き)
これらは先の定義に照らせば、前者の就学児童生徒に限ったものではなく、欧州評議会は民主主義を支えるコンピタンスとして全世代をフォーカスし、社会一般の学習の機会を構想していることが分かる。
GIGAスクール構想の展開によって日常生活のデジタル化が当たり前になれば、その利用機会やリスクは学校・家庭の問題にとどめておけないうえに、昨今の偽・誤情報対策はハイシニアを含む一般社会人にも対象が及んできていることを考えれば、欧州評議会の全世代向けアプローチはきわめて合理的なものと言える。
3. なぜ公共図書館に注目するのか
先のデジタル・シティズンシップ10領域の筆頭に「アクセスと包摂(インクルージョン)」が置かれている意義は大きい。坂本は「デジタル・インクルージョンにはデジタルリテラシーと市民社会参加の要素、すなわちシティズンシップの概念が含まれており、単なる技術の供与ではない」と述べており、米国ではデジタル・インクルージョン実現のために公共図書館が大きな役割を担っている、としている(6)。
これには米国特有の図書館の社会的な位置付けが関連しているのだろう。たとえば、菅谷が紹介したニューヨーク公共図書館の事例(7)はよく知られている。米国移民局(USCIS)のウェブサイト(8)では図書館が移民コミュニティを支援する方法が説明されている。図書館は民主主義の基盤となる重要な機関であり、コミュニティの市民生活を支える不可欠な存在とみなされていることが分かる。
ちなみに、冒頭で紹介した筆者の発表では、全世代の学び×シティズンシップを架橋する図書館として次の3点をあげた。すなわち、
- ①デジタル・アクセス…ネットへのアクセス環境を保証する図書館
- ②デジタル・コミュニケーション&コラボレーション…社会と個人をつなぐ結節点を担う図書館
- ③デジタル・フルーエンシー…スキルセンター・メディアリテラシー(誤・偽情報対策を含む)を育み、工房的役割を担う図書館
である。
また、欧米で先行する「図書館ルネッサンス」(9)の動きも背景として捉えられる。図書館ルネッサンスとは、すなわち、図書館が単なる読書施設ではなく、コミュニティを支える社会的基盤として、人々の学習、余暇、出会いの場となり、また提供する多様なサービスや体験の様子が図書館の復興につながるというものだ。フィンランド・ヘルシンキに2018年開館した市立中央図書館Oodi(CA1963参照)はこれらを具現化した象徴的存在といえる。
4. 我が国の公共図書館に望むこと
我が国でも広く開放的で独特なデザインを持つ魅力的な図書館は増えつつあるが、施設面以上に、デジタル・シティズンシップ教育を公共図書館が担う上でのハードルとなるのは、おそらくコンセプトや運用上の課題であろう。最後に2点ほど指摘しておきたい。
4.1 学校教育以外の接点の必要性
デジタルの領域で最もリスク懸念・教育必要性が高いのは就学児童生徒群で、関連する保護者層の興味関心度もまた高い。だから学校教育がデジタル・シティズンシップ(情報モラル)を扱うのは合理的だが、一方で学校教育ではデジタル活用に関する忌避度が依然高く、抑制・他律の指導がなされることで、デジタル・アクセス保証とは逆の「デジタル剥奪」が起こる懸念もある。学校教育以外にメディアやリテラシーに関わる学習機会を図書館が積極的に担保する意義は大きい。
筆者らは公共図書館のコミュニティ関与を高める意図で保護者向けのデジタル・シティズンシップ教材を作成し(10)、大和市文化創造拠点シリウス(神奈川県)にてワークショップを行った(11)。通常では出会えない幼少期から高等学校までの保護者が集い、デジタル領域にまつわる子育ての悩みについて対話を重ねることで、年代や発達上の課題の違いについても共感が得られた。こうした学習機会は、拠点・教材・ファシリテーターの関係がスムーズにつながらないと持続的なはたらきかけにはならないのが悩ましいところである。
4.2 図書館自体のデジタル化対応
図書館にメイカースペースを設けたOodi以外でも、米国デジタル公共図書館(DPLA;CA1857参照)や欧州のEuropeana(CA1863参照)など、図書館のデジタル化・デジタルアーカイブ対応は欧米が先行している一方、我が国の図書館では扱いにくい施設も多く、遅れをとっている。
デジタル・シティズンシップの展開を前提とすれば、ワークショップを行うためのコミュニティ開放型のイベントスペースを必要とするし、踏み込んでメディア制作や発信・発表を行う拠点になるためには施設内にメディア制作のためのスタジオやプロジェクションのための提示装置を設けることも必要になる。また、デジタル・アクセス保証のためのWi-Fi・共有端末、非来館型でもサービス提供が受けられるような電子図書館サービスも求められる。
こうしたデジタル化・デジタル対応施設を図書館が保有することは、地域の関連機関(学校教育を含む)のコミュニケーションやメディア制作・発信力の向上にもつながるであろう。
5. さいごに
紙媒体の閲覧施設にとどまらず、急速なメディア環境の変化を先取りする拠点となることで、こうしたニーズを受け容れ、地域の創造活動の増幅器となることを期待したい。
(1)豊福晋平. デジタル時代のシティズンシップを支えるのは誰か?. 2022.
https://www.libraryfair.jp/sites/default/files/download/2022-12/Nov%2026%2C%202022_DXDC_Shimpei-TOYOFUKU.pdf, (参照 2024-07-01).
(2)“調査回を追うごとに取り残される日本”. gakko.site. 2020-02-07.
https://gakko.site/wp/archives/1724, (参照 2024-07-01).
(3)Ribble, Mike; Bailey, Gerald D. Digital citizenship in schools. International Society for Technology in Education, 2007, 149p.
(4)Mossberger, Karen et al. Digital Citizenship: The Internet, Society, and Participation. MIT Press, 2007, 221p.
(5)Council of Europe. Digital citizenship education – Trainers’ Pack. 2020, 102p.
(6)坂本旬. 基礎教育保障としての批判的デジタル・インクルージョン:ディスインフォデミックへの対応を中心に. 基礎教育保障学研究. 2021, (5), p. 3-19.
https://doi.org/10.32281/jasbel.5.0_3, (参照 2024-07-01).
(7)菅谷明子. 未来をつくる図書館 : ニューヨークからの報告. 岩波書店, 2003, 230p., (岩波新書, 837).
(8)“Libraries”. U.S. Citizenship and Immigration Services. 2021-09-16.
https://www.uscis.gov/citizenship/outreach-tools/libraries, (accessed 2024-07-01).
(9)永田治樹. “動向レポート Vol.6 Dokk1 からOodiへ:公共図書館の新しい表情”. 未来の図書館研究所. 2019-10-07.
https://www.miraitosyokan.jp/future_lib/trend_report/vol6/, (参照 2024-07-01).
(10)“家庭で学ぶデジタル・シティズンシップ”. 上手にネットと付き合おう!~安心・安全なインターネット利用ガイド~.
https://www.soumu.go.jp/use_the_internet_wisely/parent-teacher/digital_citizenship/, (参照 2024-07-01).
(11)みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社デジタルコンサルティング部. 第6回ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会 成年層におけるデジタル・シティズンシップの推進等に資する啓発コンテンツ等の開発及び啓発講座の実証に関するご紹介. 2023, 20p.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000871754.pdf, (参照 2024-07-01).
[受理:2024-08-09]
豊福晋平. デジタル・シティズンシップを担う公共図書館. カレントアウェアネス. 2024, (361), CA2067, p. 5-6.
https://current.ndl.go.jp/ca2067
DOI:
https://doi.org/10.11501/13744615
Toyofuku Shimpei
Public Libraries to Play a Leading Role in Spreading Digital Citizenship