カレントアウェアネス-E
No.437 2022.06.23
E2505
国内4大学とWiley社との電子ジャーナル転換契約の締結
東北大学附属図書館・小陳左和子(こじんさわこ)
東北大学,東京工業大学,総合研究大学院大学,東京理科大学の4大学(以下「4大学」)とWiley社は,2022年4月から2024年12月までの2年9か月にわたる電子ジャーナル転換契約パイロットプロジェクトを開始した。これは,大手商業出版社との間における契約としては国内初となる。本稿では,契約に至る背景と経緯,契約の概要と今後の予定について報告する。
大学における電子ジャーナル購読にかかる支出額は年々増加している一方で,論文著者がオープンアクセス(OA)化を選択した場合に支払う論文処理費用(APC)の価格もまた上昇傾向にある。このため,特に研究大学においては,出版社に支払う購読料とAPCの総額が増え続けている。
この問題の打開策の一つとして欧州を中心に広がりを見せているのが,ジャーナル購読料をAPCに段階的に移行させることによりOA出版の拡大を目指す転換契約(CA1977参照)である。日本では,大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)が2019年3月に「購読モデルからOA出版モデルへの転換をめざして~JUSTICEのOA2020ロードマップ〜」を策定し,各出版社と交渉を開始するなどの動きはあったものの,転換契約の合意に至るケースは限定的であった(E2259参照)。国や研究助成機関がOA出版への転換を後押ししAPC支援を行う欧州とは状況が異なることや,日本では国やコンソーシアム単位ではなく個々の大学単位での契約となるという事情も,難航する原因と考えられる。
一方で,科学技術・学術審議会情報委員会ジャーナル問題検討部会が2021年2月に公表した「我が国の学術情報流通における課題への対応について(審議まとめ)」において,同部会が大学等研究機関に要請する具体的取組の一つとして「各自の最適な契約形態等を定めた上で、同程度の規模や契約状況等の大学等研究機関を契約主体としてグループ化し、交渉主体を明確にする取組の検討を開始すること」と提言したこともあり,現状打破のために大学が主体性を持って動き始める時期が来ていたとも言える。
今回の転換契約の直接の契機となったのは,自然科学研究機構の小泉周特任教授・統括URAと科学技術・学術政策研究所の林和弘データ解析政策研究室長が中心となり,複数大学の図書館長や図書館職員とで「なぜ日本ではOA出版モデルの契約が進まないのか,進めるためには何が必要か」をテーマとして2021年10月に開始したオンライン勉強会であった。この勉強会が母体となり,交渉に応じたWiley社とオンラインで協議を重ね,日本の事情も加味した上で,パイロットプロジェクトとして実現可能な契約条件をまとめることができた。このとき,2022年4月からの契約が可能であると手を挙げたのが4大学であった。
契約締結に先立ち,2022年1月31日付けで4大学の図書館長とWiley社の5者がOA促進に関する覚書に署名し,2月8日に共同でプレスリリースを行った。前述のとおり,他国であれば契約自体はコンソーシアムと出版社との間で一本化して行うところだが,日本では大学ごとに個別に契約を結ぶ必要がある。また,4大学同士は何らかの連携協定を締結しているわけでもない。そこで,4大学がWiley社と国内初の転換契約を締結するグループであるという証のためにも,覚書を交わしたという次第である。この覚書では,日本の研究力強化を目的としたOA促進に努めること,4大学以外の国内大学とも協力していくことがうたわれている。本プロジェクトでは当初から,4大学が先行することにより,他の大学ができるだけ参画しやすい形態・内容となるように意識してきた。4大学がそれぞれ,総合大学,国立理工系大学,研究機関を束ねる大学,私立理工系大学と,異なる規模・機能を持つ大学となったことにより,他の大学も検討しやすくなったのではないかと思われる。
今回の契約では,購読契約額に追加料金を支払うことにより,Wiley社の電子ジャーナルパッケージに含まれる約1,430誌の閲覧に加え,学内研究者が同社のハイブリッドジャーナル約1,390誌へOA出版できる枠を得ることになる。追加料金の額やOA出版枠の数は,各大学の過去の実績等により決定され,毎年増加する。追加料金分の財源をどうするかは4大学の中でもそれぞれ異なるが,本学の場合は,OA出版を選択した著者にAPCの半額の負担を求めることにより確保することとした。著者としては通常より少ない負担額でOA出版することができ,大学としては著者からの負担金により追加料金を支払うとともに購読料に充当することができるというメリットを考慮した。
転換契約においては,OA出版論文が大幅に増加することにより,研究成果のビジビリティ向上による研究の発展や被引用回数の増加,社会への還元とオープンサイエンスの推進が期待できる。ただ,この契約モデルが将来にわたって正解であり続けるとは考えておらず,また,結局は出版社にお金が流れ続けることは変わらないという批判も承知している。しかし,現実問題として購読料もAPCも増え続けている今,打開策の一つと捉えて一歩踏み出したものである。今後,関心を示して後に続こうとする他大学のために,先行大学群として可能な限りの情報提供と協力を行っていくつもりであり,他の出版社とも既に協議を開始している。パイロットプロジェクト期間中に諸課題の洗い出しとその改善に向けた検討も行いつつ,国内での拡大に努め,さらに次の展開を考え続けていきたい。
Ref:
“Wiley and Four Japanese Institutions Sign MoU for a Transformational Open Access Agreement”. Wiley. 2022-02-08.
https://newsroom.wiley.com/press-releases/press-release-details/2022/Wiley-and-Four-Japanese-Institutions-Sign-MoU-for-a-Transformational-Open-Access-Agreement/default.aspx
“東北大学・東京工業大学・総合研究大学院大学・東京理科大学とWiley、日本発の研究成果のオープンアクセス化の促進に関する覚書に署名”. 東北大学. 2022-02-08.
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/02/press20220208-01-Axess.html
大学図書館コンソーシアム連合. 購読モデルからOA出版モデルへの転換をめざして~JUSTICEのOA2020ロードマップ〜. 2019, 3p.
https://contents.nii.ac.jp/sites/default/files/justice/2021-02/JUSTICE_OA2020roadmap-JP.pdf
科学技術・学術審議会情報委員会ジャーナル問題検討部会. 我が国の学術情報流通における課題への対応について(審議まとめ). 2021, 20p.
https://www.mext.go.jp/content/20210212-mxt_jyohoka01-000012731_1.pdf
大学図書館コンソーシアム連合事務局. CUPからのRead & Publishモデル契約の提案について. カレントアウェアネス-E. 2020, (391), E2259.
https://current.ndl.go.jp/e2259
尾城孝一. 学術雑誌の転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1977, p. 10-15.
https://doi.org/10.11501/11509687
※本著作(E2505)はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 パブリック・ライセンスの下に提供されています。ライセンスの内容を知りたい方はhttps://creativecommons.org/licenses/by/4.0/legalcode.jaでご確認ください。