カレントアウェアネス-E
No.470 2023.12.14
E2654
米国化学会によるエンバーゴなしのグリーンOAをめぐる動向
東京工業大学研究推進部情報図書館課・佐藤亮太(さとうりょうた)
●米国化学会の新たなオプション「ゼロエンバーゴ・グリーンOA」とは
2023年9月、米国化学会(ACS)が、通常の12か月の公開猶予期間(エンバーゴ)なく論文をグリーンオープンアクセス(OA)で公開するための新たなオプションとして「ゼロエンバーゴ・グリーンOA」を導入すると発表した。2022年に米国大統領府科学技術政策局(OSTP)が発表した、連邦政府から助成を受けた研究成果の即時公開を求める覚書(E2564参照)を受けての対応とされる。10月1日以降、希望者は“Article Development Charge”(ADC)を支払うことで、論文をCC BYライセンスで公開することが可能となる。なお、ゴールドOAでは出版者版(version of record)が公開の対象となるのに対し、新オプションで公開できるのは著者最終稿(accepted manuscript)である。
ハイブリッドジャーナルの場合、ADCは一律2,500ドルで、論文処理費用(APC)とは異なり、配信や出版後の維持管理の費用は含まれない。主に投稿から採否決定までの費用を賄うもので、これには質の高い学術査読プロセスの組織化と維持が含まれているとされている。これらの費用は大きく、最終的な出版までにかかる費用の約半分を占めるという。
所属機関の“Read and Publish”契約やその他の資金提供によるゴールドOAへのサポートを受けられない著者に向けたオプションであり、ゴールドOAと12か月のエンバーゴを伴う従来のグリーンOAの中間に位置する新しい選択肢であるとしている。ACSのChief Publishing OfficerであるSarah Tegen氏によると、OA義務化の対象となる著者のうち、73%は所属機関の“Read and Publish”契約を通じて、21%はOA助成を通じて、論文をゴールドOAで出版するための手段を既に持っているため、実際にADCを選択する著者はごく少数であると予想されている。
●ADC導入に対する各機関の反応
この発表を受けて、OA、リポジトリに関係するいくつかの機関等から声明が出されている。
10月9日、オーストラリア大学図書館員協議会(CAUL)およびOA推進団体であるOpen Access Australasiaは共同で声明を発表している。ADCは論文の投稿から最終的な採否決定までのサービスの費用をカバーするものであるとACSは述べているが、ほとんどの編集・査読作業は学術関係者が無償で行っていること、また出版にかかる様々なコストは既存の購読料で賄われていることを考えると、この追加料金は出版料の「二重取り」であり、正当性に根拠がないと指摘している。
10月17日、研究助成機関コンソーシアムのcOAlition S公式ブログでは、Plan S(CA1990参照)のアンバサダーであるSally Ramsey氏が、上記と同様の懸念に加え、ADCが査読費用をカバーするのであれば、従来の12か月のエンバーゴを選択しADCを支払わない著者はなぜこの料金を請求されないのか、著者がADCを選択しない場合、その著作物は 「質の高い査読プロセスやその他の複数の出版サービス」を経ないということなのか、と疑問を投げかけている。また、ADCはゼロエンバーゴ・グリーンOAの義務に従う必要のある著者に解決策を提供することを意図しているとされるが、著作権は元々著者に帰属するものであり、それを譲渡する必要はなく、また取り戻すために2,500ドルの支払いを要求されるべきではないと批判している。
10月25日、オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)からは、上記の機関等からの声明に賛同するとともに、学術コミュニティがこの費用の導入に異議を唱えることを強く推奨しており、特に受理された論文の権利譲渡や、既に権利を有する著作物を共有するために費用を支払うことを拒否するよう強く求めている。
11月9日、米国の13の大学図書館で構成されるアイビー・プラス図書館連合(Ivy Plus Libraries Confederation:IPLC)もACSの新オプションに反対の意を表明した。上述の団体等と同様の批判に加え、「著者最終稿を機関リポジトリ等に登録することで著者が即時OAの義務を履行することができる」としたOSTP覚書の要件を、ACSが収益化しようとしていると批判している。新オプションによって、著者がパブリックアクセスの義務を果たすために機関が指定するリポジトリに研究成果を登録することがより困難になるとしている。
日本では11月10日に、大学図書館コンソーシアム(JUSTICE)とオープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)がADCモデルについて合同で声明を発表している。声明では出版費用の必要性について認識しつつも、ペイウォールなくOAを実現するために透明で公平かつ持続可能な財務モデルを採用することを求めている。
●さいごに
日本においても2023年6月に閣議決定された「統合イノベーション戦略2023」を受けて、10月30日に「公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方」が公表された。この中では、2025年度から新たに公募する競争的研究費の受給者に対し、論文及び根拠データの学術雑誌への掲載後、即時に機関リポジトリ等に掲載することを義務付けているほか、学術出版者に対する集団交渉の体制構築支援や、機関リポジトリ等の価値向上、成果発信力の強化が掲げられている。
日本における即時OAの指針が示されたことにより、今回のACSの新オプションのような出版者側からの提案が増えていくと予想される。国内外の他の出版者がどのような反応を示すか、今後の動向を注視するとともに、研究者をはじめとした関係者・機関がOA義務化への対応をどう実現していくかを考えていく必要があるだろう。
Ref:
“Supporting Zero-Embargo Green Open Access”. ACS. 2023-09-21.
https://axial.acs.org/publishing/supporting-zero-embargo-green-open-access
“Zero-Embargo Green Open Access”. ACS.
https://acsopenscience.org/researchers/zero-green-oa/
“The American Chemical Society Offers a New Twist on the Article Processing Charge: An Interview with Sarah Tegen”. The Scholarly Kitchen. 2023-10-02.
https://scholarlykitchen.sspnet.org/2023/10/02/the-american-chemical-society-offers-a-new-twist-on-the-article-processing-charge-an-interview-with-sarah-tegen/
“Publishing OA with ACS Publications”. ACS.
https://acsopenscience.org/researchers/zero-green-oa/oa-pathways/
CAUL; Open Access Australasia. Council of Australian University Librarians and Open Access Australasia Statement on the American Chemical Society’s new Article Development Charges. 2023, 2p.
https://www.caul.edu.au/sites/default/files/documents/media/caul_oaa_statement_regarding_concerns_related_to_american_chemical_society_adc_model.pdf
“American Chemical Society (ACS) and authors’ rights retention”. Plan S. 2023-10-17.
https://www.coalition-s.org/blog/american-chemical-society-acs-and-authors-rights-retention/
“COAR’s response to the American Chemical Society’s new fee for repository deposit”. COAR. 2023-10-25.
https://www.coar-repositories.org/news-updates/coars-response-to-the-american-chemical-societys-new-fee-for-repository-deposit/
COAR. 米国化学会のArticle Development Charge(ADC)に関するCOARからの意見表明. 2023, 2p.
https://www.coar-repositories.org/files/Japanese-COAR-Response-to-ACS.pdf
“IPLC Response to the Article Development Charge Proposed by the American Chemical Society”. The Ivy Plus Libraries Confederation. 2023-11-09.
https://ivpluslibraries.org/2023/11/iplc-response-to-the-article-development-charge-proposed-by-the-american-chemical-society/
“JUSTICEとJPCOARは共同で「米国化学会(ACS)による著者最終稿の公開費導入に対する反対声明」を公表しました。”. JUSTICE. 2023-11-10.
https://contents.nii.ac.jp/justice/news/20231110
内閣府総合科学技術・イノベーション会議. 公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方. 2023, 7p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/231031_oa.pdf
脇谷史織. 米国・OSTPによる研究成果公開に関する政策方針について. カレントアウェアネス-E. 2022, (449), E2564.
https://current.ndl.go.jp/e2564
船守美穂. プランS改訂版発表後の展開―転換契約等と出版社との契約への影響. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1990, p. 17-24.
https://doi.org/10.11501/11596736