E2564 – 米国・OSTPによる研究成果公開に関する政策方針について

カレントアウェアネス-E

No.449 2022.12.22

 

 E2564

米国・OSTPによる研究成果公開に関する政策方針について

国立情報学研究所・脇谷史織(わきやしおり)

 

●はじめに

  2022年8月,米国大統領府科学技術政策局(OSTP)は,連邦政府から助成を受けた研究成果の即時公開を求める覚書を発表した。覚書は,連邦政府機関がパブリックアクセスの方針や計画を更新するための指針を示すものであり,納税により研究資金を提供する米国民が研究成果を自由,即時,公平に利用できることを目指している。OSTPは2013年に前身となる覚書を発表しているが,パンデミックによる研究成果の即時公開の潮流のなかで,成果の更なる公開を推し進める新しい指針が示されることとなった。

  本稿では,新しく発表された覚書の内容を概説するとともに,2013年の前覚書からの変更点や各利害関係者の反響についてまとめていく。

●覚書の概要

1.三つの方針

  覚書は,研究開発費を支出する連邦政府機関に対し,以下を推奨する。

  • できるだけ早く,遅くとも2025年12月31日までに研究成果のパブリックアクセス方針を更新し,連邦政府からの助成を受けた研究による出版物および根拠データについて,エンバーゴなしでパブリックアクセスを可能にすること。
  • パブリックアクセス方針において科学的・研究的公正性の維持を保証する透明性のある手順を確立すること。
  • OSTPと連携し,連邦政府の助成する研究成果及びデータの公平な提供を保証すること。

2.研究成果への公平なアクセスを実現する政策指針の更新

  連邦政府機関は以下の規定等に従い,パブリックアクセス計画を策定・更新し,覚書の日付から180日ないし360日以内(機関による)に提出すべきである。各機関は,2024年12月31日までに計画実施方針を策定・公表し,発効日は計画の公表から1年以内とする。

  • 査読済み学術出版物について,公開方法,アクセスの公平性を最大化する方法,原則として自由な公的利用を実現するための環境や前提条件を記述するべきである。
  • 査読済み学術出版物の基礎となる科学データについて,共有方法とスケジュールを策定し,プライバシー・セキュリティ等の観点から生じる制限,連邦政府機関のガイドラインに沿った特定のリポジトリ等を規定するべきである。

3.科学的・研究的公正性の確保

  連邦政府機関は,科学に対する国民の信頼を維持するため,2024年12月31日までに,以下等に従い,科学的・研究的公正性の確保のための方策を明記し,改めてパブリックアクセス計画を更新し,提出すべきである。また,計画実施方針を2026年12月31日までに策定・公表すべきであり,発効日は計画の公表から1年以内とする。

  • 連邦政府機関は,研究成果に関する適切なメタデータ(著者情報,資金源,永続的識別子(PID)等)を,リポジトリ登録時点で可能な限り収集し,一般に利用可能にする。
  • 研究者に対し,PIDを取得し,全ての公表済み研究成果のメタデータを連邦政府機関に提供するよう指導する。
  • PIDを通じて資金提供機関と資金提供を受けた研究者を結ぶメタデータを作成する。

●前覚書からの主な変更点

  主な変更点として以下の点が挙げられる。

  • 適用対象を,年間研究開発費が1億ドル超の機関から,外部研究開発委託費を持つ全ての政府機関へと拡大している。
  • 論文について,前覚書では基本的に出版後12か月のエンバーゴを認めていたが,今回は,例外なくエンバーゴを設けないこととしている。
  • 出版物について,査読付き論文に加え,書籍の章,論説,会議議事録等を対象としている。
  • 査読付き論文の基礎データに加え,全ての科学データを対象とした。また,連邦政府機関が,研究データ共有のための適切なリポジトリについて研究者にガイダンスを提供することとしている。
  • 全米科学技術評議会のオープンサイエンス小委員会を設立し,同委員会が連邦研究機関間の調整,研究者の成果公開の負担軽減のための措置等を行うと規定している。
  • 覚書に対応した計画の提出期限と発効期限を規定している。

●各利害関係者からの反響

  アメリカ大学協会(AAU)や米国生化学・分子生物学会(ASBMB)等の学協会,米・SPARC,cOAlition SやOpen Research Funders Group(ORFG)等の研究助成団体は,覚書について好意的評価あるいは支持を表明している。大学や研究機関のオープンアクセス(OA)ポリシーおよびユネスコのオープンサイエンス勧告(E2485 参照)に沿うこと,指針の中心に「公平性」を規定していること等を評価するコメントがあった一方で,OAによって生じる研究者の経済的負担等の課題に取り組むよう提言するコメントもあった。

  米国国立医学図書館(NLM)は,PubMed Central(PMC)における論文へのパブリックアクセスの提供やデータセットの受入など,ポリシーを実施する米国国立衛生研究所(NIH)への支援体制が整っていることを発表した。機関および非営利のデータリポジトリの会員組織Data Curation Network(DCN)も支持を表明し,同覚書の要件を満たすうえでの機関リポジトリの役割を強調した。

  出版社側からは,米国出版社協会(AAP)が,同覚書の指針策定にあたって,十分に意見聴取が行われなかったと指摘し,エンバーゴなしでの出版物の提供による事業の持続可能性と品質の低下を懸念している。一方,非営利の出版社である米国科学振興協会(AAAS)は支持を表明し,2023年からScience系列の購読誌について無料で著者最終稿の即時公開を認める方針を示した。

●おわりに

  米国政府の動きは科学出版界全体に大きな変革をもたらすと推測される。コンサルティング会社Delta Thinkは,出版社の状況により影響は異なるとしながらも,世界中に著者を抱える大規模出版社やOA出版社における購読料の値上げはそれほど大きくないと分析している。

  OSTPの指針が改定され,科学へのアクセスの障壁が下がることが期待されるが,研究成果へのアクセスがより簡単になった世界で,研究者や市民の行動変容は起こるのだろうか。また,覚書においてOA化に係る資金調達の方法やライセンスの種類などは規定されておらず,各機関により計画がどのような形で策定されるのだろうか。今後の動きが注目される。

Ref:
“OSTP Issues Guidance to Make Federally Funded Research Freely Available Without Delay”. The White House. 2022-08-25.
https://www.whitehouse.gov/ostp/news-updates/2022/08/25/ostp-issues-guidance-to-make-federally-funded-research-freely-available-without-delay/
OSTP. MEMORANDUM FOR THE HEADS OF EXECUTIVE DEPARTMENTS AND AGENCIES. 2022, 8p.
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2022/08/08-2022-OSTP-Public-Access-Memo.pdf
OSTP. MEMORANDUM FOR THE HEADS OF EXECUTIVE DEPARTMENTS AND AGENCIES. 2013, 6p.
https://obamawhitehouse.archives.gov/sites/default/files/microsites/ostp/ostp_public_access_memo_2013.pdf
“Two-Page Table Compares 2013 and 2022 Public-Access Guidance from US Office of Science and Technology Policy”. ARL. 2022-10-26.
https://www.arl.org/news/two-page-table-compares-2013-and-2022-public-access-guidance-from-us-office-of-science-and-technology-policy/
“National Science and Technology Council”. The White House.
https://www.whitehouse.gov/ostp/nstc/
“AAU Statement on OSTP Decision to Make Federally Funded Research Publicly Available”. AAU. 2022-08-25.
https://www.aau.edu/newsroom/press-releases/aau-statement-ostp-decision-make-federally-funded-research-publicly
“ASBMB statement on OSTP memo on access to federally funded research”. ASBMB. 2022-09-02.
https://www.asbmb.org/advocacy/position-statements/asbmb-statement-on-ostp-memo
“Taxpayers to Get Immediate Access to Publicly Funded Research”. SPARC. 2022-08-25.
https://sparcopen.org/news/2022/taxpayers-to-get-immediate-access-to-publicly-funded-research/
“cOAlition S welcomes the updated Open Access policy guidance from the White House Office of Science Technology and Policy”. cOAlition S. 2022-08-26.
https://www.coalition-s.org/coalition-s-welcomes-the-updated-open-access-policy-guidance-from-the-white-house-office-of-science-technology-and-policy/
“Open Research Funders Group Applauds Bold OSTP Action”. ORFG. 2022-08-29.
https://www.orfg.org/news/2022/8/29/open-research-funders-group-applauds-bold-ostp-action
“Expediting Access to Results of Federally Funded Research”. NLM. 2022-08-25.
https://www.nlm.nih.gov/news/Expediting_Access_To_Results_Of_Federally_Funded_Research.html
“DCN is Ready to Support Policies Resulting from OSTP Public Access Memo”. DCN. 2022-09-06.
https://datacurationnetwork.org/2022/09/06/dcn-is-ready-to-support-policies-resulting-from-ostp-public-access-memo%EF%BF%BC/
“Statement from Shelley Husband, Senior Vice President, Government Affairs, AAP, on Decision by The White House Office of Science and Technology Policy to Make Private Sector Publications Freely Available”. AAP. 2022-08-25.
https://publishers.org/news/statement-from-shelley-husband-senior-vice-president-government-affairs-association-of-american-publishers-on-decision-by-white-house-office-of-science-and-technology-policy-to-make-private-se/
“AAAS Statement on OSTP Federally Funded Research Guidance”. AAAS. 2022-08-25.
https://www.aaas.org/news/aaas-statement-ostp-federally-funded-research-guidance
Parikh, Sudip et al. Public access is not equal access. Science. 2022, 377(6613).
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ade8028
“News & Views: OSTP Memo – Modeling Market Impact”. Delta Think. 2022-09-08.
https://deltathink.com/news-views-ostp-memo-modeling-market-impact/
米川和志. ユネスコ「オープンサイエンスに関する勧告」. カレントアウェアネス-E. 2022, (433), E2485.
https://current.ndl.go.jp/e2485