E2439 – オンラインの閲覧室・ティーチングスペースの構築(英国)

カレントアウェアネス-E

No.423 2021.10.28

 

 E2439

オンラインの閲覧室・ティーチングスペースの構築(英国)

国際基督教大学図書館・長濱崚平(ながはまりょうへい)

 

   2021年7月,英国研究図書館コンソーシアム(RLUK)が,オンラインの閲覧室(Virtual Reading Room:VRR)やティーチングスペース(Virtual Teaching Space:VTS)を構築する取組についての調査レポートの公開を発表した。本稿では,当調査レポートの内容を概説する。

●調査の背景

  学術図書館や研究図書館は,長きにわたって資料のデジタル化を進めてきた。デジタル化された資料は利用者による遠隔アクセスを可能にし,様々な目的に活用されてきた。しかし資料のデジタル化には多くの費用や労力が必要となるため,デジタル化されている資料はごく一部に過ぎない。裏を返せば,ほとんどの資料は,物理的な形態でしか閲覧することができないのである。

  多くの機関が新たな方法を模索する中,新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まった。図書館や博物館などの施設は閉鎖され,人々の移動は制限された。研究予算の縮小や継続的な海外出張の制限も相まって,各機関は,従来の方法に代わる資料へのアクセス方法の提供を検討しなければならなくなった。

  そこで各機関が試みているのが,VRRとVTSの提供である。VRRとVTSは,閲覧室に設置した機器でのライブストリーミングにより,遠隔の研究者や教員,一般利用者が資料を閲覧したり図書館員に質問をしたりすることができるサービスである。

   2021年1月にRLUKによって実施された調査では,多くの機関において,VRRやVTSのサービスの持続可能性について疑問視していることが明らかとなった。一方で,当初の予想とは異なる利用者や利用目的も見受けられるなど,VRRやVTSの潜在的な機能も明らかとなった。これらの結果を踏まえ,2021年5月から6月にかけ,RLUKは,VRRとVTSサービスの進展と利用状況に関する大規模調査を実施することにした。

●調査から得られた知見

  国内外32の機関から回答が得られた。調査結果から見出された主な知見は下記の通りである。

  • VRRは当初,ロックダウン期間中の資料への遠隔アクセスの手段として,内部の利用者向けに始まったサービスである。しかしロックダウンが解除されるにつれて,内外の利用者を対象とした,デジタル資料の提供に並ぶ遠隔の研究サービスになりつつある。
  • VTSは当初,ロックダウン期間中の対面授業の代替手段と見られていた。しかし現在は,学生の学修の支援に限らず,参加者層を拡大し地域社会への貢献を高めるための手段として定着しつつある。
  • VRRとVTSの利用者は,組織の枠を超えて,拡大・多様化している。VRRの主な利用者は外部の研究者や研究グループであり,特に(人と経済のための)社会科学・人文学・芸術分野(Social Sciences, Humanities & The Arts for People & The Economy:SHAPE)からの利用が多い。将来的な現地訪問の必要性の判断や,出典情報の確認のために利用されている。
  • 資料のサイズ,状態,内容,著作権法上の制限などにより,提供できる資料には限りがある。
  • VRRは蔵書に精通したスタッフにより,VTSは利用教育やアウトリーチ担当のチームにより提供されることが多い。現状,スキルの向上やトレーニングはスタッフ同士の非公式な活動に依存している。
  • VRRやVTSのサービスを開設するために必要な技術や機器については様々な意見が挙がった。ウェブカメラ等の低価格あるいは既に所有している機器,ビデオ会議システム,既存のスペースを活用し,基本的なサービスを提供している機関がある一方で,画質等の面で性能が高い機器やソフト,充実したスペースに費用をかける機関も見られた。
  • 各機関は,館内サービスが再開された後もVRRを持続させる方法を模索しているが,恒久的なスペース,専用機器や専任スタッフの確保などが必要となる。現在,または将来的にサービスを有料化すると回答した機関はほとんどなかったものの,多くは将来的な需要によって決定するとしている。
  • 様々な機関に分散したコレクションをデジタル環境で一元化できること,地理的に離れたコミュニティーに提供できること,火事や自然災害による損害発生時に他の機関の蔵書を素早く参照できることなど,VRRサービスの導入当初には予想していなかった有用性が明らかとなった。
  • VRRとVTSによって,各機関は,スキルや知識の共有,利用時の基準設定などにおいて協力をする機会を得た。また各機関は,発見可能性や相互運用性を支えるネットワークを通した取り組みに関心を持っている。

●今後の展望

   VRRとVTSの拡張性や持続可能性は,対面サービスが通常程度のレベルに戻ったときに初めて明らかになる。しかし,VRRとVTSの提供が増えていることや,様々な種類の資料に適用されていること,ユーザーが多様化していることなどから,VRRとVTSは将来的にも価値のある研究・教育サービスとして発展していくと思われる。そして図書館スタッフのスキルや専門知識,研究者との密接な連携が,VRRとVTSの成功のための重要な要素である。

●筆者の所感

  以上が本調査レポートの概説である。

   VRRおよびVTSの取組は,英国と同様の状況下にある日本においても見習うべき点が多い。当調査レポートでも述べられているように,新型コロナウイルス感染症感染拡大下の対応に留まらず,自館の資料を内外の研究者や地域社会に広く提供し,図書館の存在をアピールしていくための良い機会にもなり得る。費用や機器,人材などの課題も多いが,挑戦する価値のある取り組みであると,筆者は考える。

Ref:
New Frontiers of Digital Access: The development and delivery of Virtual Reading Rooms and Virtual Teaching Spaces amongst collection-holding institutions. RLUK, 2021, 26p.
https://www.rluk.ac.uk/wp-content/uploads/2021/08/RLUK-VRR-and-VTS-report.pdf
SHAPE.
https://thisisshape.org.uk/