E2440 – 歴史的建造物を図書館に再利用した事例集<文献紹介>

 

カレントアウェアネス-E

No.423 2021.10.28

 

 E2440

歴史的建造物を図書館に再利用した事例集<文献紹介>

関西館電子図書館課・大森穂乃香(おおもりほのか)

 

New libraries in old buildings: creative reuse. De Gruyter Saur, 2021, 379p., (IFLA Publications, 180).

  2021年6月,国際図書館連盟(IFLA)の環境・持続可能性と図書館に関する専門部会(ENSULIB)と図書館建造物および設備分科会(LBES)の協力のもと,世界各国の主に歴史的建造物が図書館に再利用された事例を集めた報告書が出版された。報告書は大きく3つのパートに分かれ,建築家Robert Niess氏,Santi Romero氏,図書館建築の専門家Karen Latimer氏による建造物を図書館に再利用することに関する総論と,公共図書館に再利用した10の事例,大学などの学術図書館に再利用した9の事例で構成される。病院,消防署,機関車工場,郵便局など改築前の建造物の種類は多様で,改築前後の様子が写真と共に紹介されており興味深い。全文はインターネットでも公開され,誰でも無料で読むことができる。本稿ではそのいくつかの事例を挙げつつ,歴史的建造物を図書館に再利用する取り組みの特徴を紹介したい。

  現代の我々が建造物の再利用と聞いて,まず思い浮かべるのは「リサイクル」や「環境問題」という言葉ではないだろうか。図書館界でも環境問題への意識は高まりをみせ,環境に配慮した取り組みを行う図書館を「グリーンライブラリー」と呼び,2016年からはIFLAによって優れたグリーンライブラリーを称えるGreen Library Awardも設けられるようになった(E2080CA1797参照)。本書で紹介されている建造物の図書館への再生もまた,資源の再利用という点で環境に配慮した取り組みと言えるだろうし,環境にやさしい構造や仕組みを取り入れている館も多く見られた。例えば,病院を改築したシドニーの公共図書館Marrickville Library(2019年開館)では,直射日光は避けつつ自然光を上手く取り入れる,敷地内の庭のために雨水を溜める貯水タンクを設置する,などの工夫がなされている。

  しかし,建造物の図書館への再利用は「環境にやさしい取り組み」にとどまらない。豊富な事例で頻繁に感じられたのは「21st century library」,すなわち21世紀に生きる人々,そして未来の世代に向けた図書館をつくるという意識だった。本書で紹介されている事例の多くで,これまでの資料を提供するだけにとどまらない,様々な利用者のニーズに応え,時として地域の共同体に開かれた図書館づくりが目指されている。例えば,2000年代初めまで学生食堂だった建造物を再利用したフランスのエクス=マルセイユ大学の図書館Hexagon University Library(2018年開館)は,従来の個人で静かに読書や勉強をするスペースとは別に,学生たちが集まってリラックスして話すことのできるスペースを設けた。部屋の目的によって椅子や机の種類を変えるほどに利用者の多様な目的に応える姿勢が見受けられる。また,伝統的な民家を改築した中国の公共図書館Suochengli Neighbourhood Library(2017年開館)では,読書室の他に展覧会等を開催できるイベントスペースを設け,地域の住民が交流する場を提供している。これは,自宅でも職場でもない,人々が集まる「第3の場所(サードプレイス)」としての図書館の理念に基づいている。

  また,未来の世代へつなぐという点で,元々の建造物や地域の歴史を残す意識も多く見られた。機関車工場を再利用したオランダの公共図書館Bibliotheek LocHal(2019年開館)は,Tilburgという町に位置するが,この町は20世紀初頭に建てられた機関車工場と共に発展してきた。町の顔ともいえる建造物の機関車工場を残すことはそのまま町の歴史を守ることになる。本書の表紙にも選ばれているが,元の建造物の構造を保存した結果生まれた,工場の鉄骨の中に書架が並ぶ光景は圧巻である。この図書館は使用人数に合わせてカーテンによって仕切りを変えられる部屋や,ゲームや語学,食べ物などに特化した専門の研究スペースを設置し,さらには演奏会などのイベントも開催することで,地域の多くの人々が集まる場を提供している。本書のタイトルは,新しいものを生かすためには、それに応じた新たな場が必要であるという新約聖書に由来するたとえ“new wine in old bottles”にちなんだものと考えられる。しかし,本書の面白いのはそれが古い建物であることもまた長所として捉えていることだ。本書の内容は,古い建物だからこそ新たな図書館が生きているということを示している。建造物の構造を大きく変えられないことは時に制約にもなり得るが,歴史的建造物を再利用することは,その建造物の歴史によってより地域に愛される図書館となる可能性も秘めているのだろう。

  日本でも、紡績工場の煉瓦建築をリノベーションした洲本市立洲本図書館(兵庫県)など、歴史的建造物を図書館に改築した事例は複数見受けられる。また,「第3の場所」としての図書館の理念も徐々に広がりつつあり(E1976参照),複合施設の一部として図書館を組み込んだ武蔵野プレイス(E1829参照)など新しい図書館の在り方は模索されている。これからの時代に図書館をつくる意義とは何か。求められる図書館とは何か。21世紀,そして未来の図書館をつくるという視点で,本書から得られる学びは大きいはずだ。

Ref:
New libraries in old buildings: creative reuse. De Gruyter Saur, 2021, 379p., (IFLA Publications, 180).
https://doi.org/10.1515/9783110679663
“近代化産業遺産”.洲本市. 2019-03-22.
https://www.city.sumoto.lg.jp/soshiki/19/1488.html
武田和也. 優れたグリーンライブラリーを称えるGreen Library Award. カレントアウェアネス-E, 2018, (358),E2080.
https://current.ndl.go.jp/e2080
北海道立図書館. 第59回北海道図書館大会<報告>, カレントアウェアネス-E, 2017, (338),E1976.
https://current.ndl.go.jp/e1976
2016年日本建築学会賞(作品)の図書館複合建築をめぐって. カレントアウェアネス-E, 2016, (309),E1829.
https://current.ndl.go.jp/e1829
岩見祥男. 米国および日本におけるグリーンライブラリーの事例紹介. カレントアウェアネス. 2013, (316),CA1797, p. 18-23.
https://doi.org/10.11501/8228835