E2438 - 英国の「オンライン・メディアリテラシー戦略」の概要と課題

カレントアウェアネス-E

No.423 2021.10.28

 

 E2438

英国の「オンライン・メディアリテラシー戦略」の概要と課題

法政大学・坂本旬(さかもとじゅん)

 

●はじめに

  英国はオンラインの偽情報に対してさまざまな取り組みを行ってきた。2018年には超党派議員団と英国ナショナル・リテラシー・トラストが運営する「フェイクニュースと学校における批判的リテラシー教育委員会」が『フェイクニュースと批判的リテラシー最終報告書』を発表している。2019年4月にはデジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS)が内務省と共同で「オンラインの害に関するホワイトペーパー(Online Harms White Paper)」を発表した。同年6月にはBBCが世界の主要な出版社やテクノロジー企業とともに「信頼されるニュースサミット(Trusted News Summit)」を開催し,偽情報への取り組みを支援する計画を発表した。2020年5月には英国図書館情報専門家協会(CILIP)情報リテラシーグループ(ILG)が,BBCの家庭学習支援サイトBitesizeとフェイクニュースに関する指導において連携していることを発表している。2021年5月にはデジタル・文化担当閣外大臣により「オンライン安全法案」が議会に提出された。その法案にはメディアリテラシーに関する条項が含まれている。

  そしてDCMSは,2021年7月14日に「オンライン・メディアリテラシー戦略(Online Media Literacy Strategy)」(以下「本戦略」)を公開した。115ページにわたるこの政策文書は,英国におけるオンライン・メディアリテラシー教育の戦略をまとめたものであり,先に触れた「オンライン安全法案」についても触れられている。以下,その内容を紹介する。

●本戦略の概要

  本戦略における要点は,メディアリテラシーの枠組み,メディアリテラシーの現状,メディアリテラシーと利用者グループ,誤情報と偽情報,デザインによるリテラシー,メディアリテラシー推進における政府と英国情報通信庁(Ofcom)の役割,メディアリテラシーの課題,の7つである。

  特徴的なのは次の4点である。第一に,オンライン環境におけるメディアリテラシーの枠組みにおいて,以下のような利用者が学ぶべき5つの能力を打ち出している。

  • オンライン・プライバシーを守る能力
  • オンライン環境の機能を理解する能力
  • オンライン・コンテンツを批判的に分析する能力
  • オンラインでの行動がもたらす影響を理解する能力
  • オンライン活動に参加し,オンライン環境を「ポジティブ」にする能力

  メディアリテラシーの一部としての情報リテラシーについても指摘されており,ネット上の誤った情報や偽情報に対処するための批判的思考スキルの重要性を指摘している。

  第二に,利用者を年齢や性別などによってグループに分け,さまざまな課題を有する情報弱者に対する支援の必要性を指摘している。例えば,オンラインでの経験の少なさやテクノロジーおよび教育へのアクセスに制限があるといったメディアリテラシーの向上を妨げる要因を持つ利用者や,不当な中傷を受けやすい利用者,情報を批判的に評価できない利用者などが挙げられており,すべての利用者グループがメディアリテラシーの知識とスキルをオンライン環境に活用することができるよう支援が必要だとしている。

  第三に,「デザインによるリテラシー」である。これは利用者が十分な情報を得た上で安全な選択ができるようサポートする機能をプラットフォーム・デザインに導入することを意味する。すなわちデザインによってメディアリテラシーを刺激するのである。この視点はプラットフォーム企業が主導すべき取り組みである。政府は,中小企業やスタートアップ企業を対象としたガイダンスを公開する予定である。

  第四に,メディア・リテラシーの推進に対する政府とOfcomの役割について触れている。政府は「オンライン安全法案」を用意し,Ofcomはそれに基づいてメディアリテラシーを促進するさらなる義務を負うことになる。

  また,本戦略では公共図書館の役割についても触れられている。図書館は客観的で正確な情報を提供し,変化する情報環境の中で利用者を導いて必要なスキルの育成を支援しなければならない。これにはオンラインの安全やプライバシーなどの問題についての教育も含まれる。なお,本戦略ではDCMSと地方自治体協会による報告書“Libraries Deliver: Ambition Strategy”を紹介しているが,ここにはオンライン情報の安全かつ適切な利用や,情報源の信頼性を評価する方法の理解を通してデジタルスキルとアクセスを支援することが含まれている。

●おわりに

  オンラインのメディアリテラシーの枠組みを定義し,社会的弱者への対応を含む国レベルでの包括的な推進と計画は日本にとっても大いに参考になるだろう。一方,有力なメディアリテラシー研究者からの批判や懸念もある。ロンドン大学キングスカレッジ客員教授バッキンガム(David Buckingham)氏は「インターネットの安全は,メディアリテラシーの一部であることは間違いない。しかし,メディアリテラシーとは,もっと広い意味を持っている」として本戦略を批判している。また,ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授リビングストン(Sonia Livingstone)氏は,「オンライン安全法案」に対して,「子どもたちへのメディアリテラシーを求める声は,往々にして子どもたちにオンラインでの「良い」行為者となるよう教育されるべきという声にすり替えられ,個人や企業を問わず,オンラインでの悪質な行為者を放置することになる」懸念を指摘している。英国はメディアリテラシーの発祥の地といっても良いが,バッキンガム氏が指摘しているように,本戦略が必ずしも英国のメディアリテラシー研究と実践の伝統を受け継いでいないという見解があることは理解しておくべきであろう。また,リビングストン氏の指摘はメディアリテラシーがプラットフォーム規制の代替にはならないことを指摘するものであるといえる。日本でも総務省が「プラットフォームサービスに関する研究会 中間取りまとめ」を受けて偽情報を含むICTリテラシー向上に向けた取り組みを進めつつある。本戦略はその参考となりえるだろう。日本でも公共図書館が果たすべき役割を検討することが今後求められると考えられる。

Ref:
“Fake news and critical literacy: final report”. National Literacy Trust. 2018-06-11.
https://literacytrust.org.uk/research-services/research-reports/fake-news-and-critical-literacy-final-report/
“Online Harms White Paper”. GOV.UK.
https://www.gov.uk/government/consultations/online-harms-white-paper
“BBCの呼びかけで欧米メディアやIT企業などが偽情報対策で連携”.NHK放送文化研究所.
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20191101_8.html
“Fake news: BBC and tech firms join forces to fight disinformation”. BBC. 2019-09-07.
https://www.bbc.com/news/technology-49615771
“CILIP Information Literacy Group partners with BBC Bitesize on Fake News”. Information Literacy Group. 2020-05-29.
https://infolit.org.uk/cilip-information-literacy-group-partners-with-bbc-bitesize-on-fake-news/
Draft Online Safety Bill. Department for Digital, Culture, Media and Sport, 2021, 133p.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/985033/Draft_Online_Safety_Bill_Bookmarked.pdf
Online Media Literacy Strategy. Department for Digital, Culture, Media and Sport, 2021, 105p.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1004233/DCMS_Media_Literacy_Report_Roll_Out_Accessible_PDF.pdf
“Media literacy policy: the reduced version”. DAVID BUCKINGHAM.
https://davidbuckingham.net/2021/08/27/media-literacy-policy-the-reduced-version/
“Why is media literacy prominent in the UK’s draft Online Safety Bill 2021? – Parenting for a Digital Future”. LSE. 2021-09-08.
https://blogs.lse.ac.uk/parenting4digitalfuture/2021/09/08/online-safety-bill/
“「プラットフォームサービスに関する研究会 中間とりまとめ」及び意見募集の結果の公表”.総務省.2021-09-15.
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban18_01000128.html