カレントアウェアネス-E
No.409 2021.03.04
E2363
欧州のオープンサイエンス・インフラストラクチャーの現状
東北大学附属図書館・小畑真理絵(おばたまりえ),堀野正太(ほりのしょうた)
2020年10月,SPARC Europeが,欧州のオープンサイエンス・インフラストラクチャー(以下「OSI」)の現状に関するアンケート調査の結果をまとめた報告書“Scoping the Open Science Infrastructure Landscape in Europe”を公開した。
調査は,特に持続可能性に焦点を当て,OSIや助成機関に戦略的道筋を示すことを目的として2020年春に実施され,欧州28か国,120のOSIについて回答が寄せられた。ほぼ半数が大学やその他の学術施設等の研究機関であり,次いで非営利組織が多かった。そして,2010年以前設立のOSIが約半数を占めたが,3割は5年以内と新しかった。なお,持続性・拡張性を備えたOSIの実現を目指して活動するイニシアチブInvest in Open Infrastructureは,OSIを「研究ライフサイクルに貢献する一連のサービス,プロトコル,標準,ソフトウェア」と定義しており,本調査もこれに従っている。
設問は,欧州におけるOSIの状況(パート1),技術(パート2a),ガバナンスと持続可能性(パート2b)で構成されている。本稿では,各パートの調査結果を紹介する。
●パート1:OSIの状況
OSIの提供目的としては,研究成果と知見を広く利用できるようにし,オープンアクセス(OA)とオープンサイエンスのビジョンを推進するという回答が最も多かった。その他は,研究データの価値を高めること,コレクションのデジタル化と保存,研究の発見性の向上等が挙げられた。
OSIの主な役割は,情報を発見できるようにすることと,アーカイブやデジタル保存のためのストレージの提供であり,支援対象は研究者,次いで図書館員,研究管理者となっている。研究ライフサイクルの段階別に見ると,作成段階ではデータ収集,公開段階では論文投稿,ホスティング・アクセス段階ではリポジトリの支援,発見段階では検索,評価段階ではレビューの支援,保存段階ではストレージの提供を主に行っている。
OSI上のコンテンツには,ジャーナル,会議録,図書等の従来の研究成果に加え,データ,ソフトウェア,コード,プレプリント等非従来型や初期の研究成果が含まれる等,様々な研究成果へのアクセスが提供されている。オープンサイエンスに向けては,OAやオープンデータをサポートしているという回答が多かった。また,オープン査読等をサポートする機関もある。
●パート2a:技術
回答のうち約8割のOSIがAPIを実装しており,分析や発見を目的とするデータ収集やメタデータ変換に活用されている。また,8割を超えるOSIがORCID(CA1740参照)やCrossref(CA1836参照)等外部のサービスと連携しており,OSIは単一のものとして動作するのではなく,研究活動支援のため他のインフラと相互接続・相互依存していることが明らかとなった。
オープンスタンダードについては,ほぼすべての機関が何らかの標準に対応しており,その4割弱がオープンスタンダードだけを使用していると答えた。また,多くのOSIが,FAIR原則(E2052参照),欧州オープンサイエンスクラウド(EOSC;CA1921参照)サービス要件,Plan S(CA1990参照)の必須技術条件へ準拠しているか,あるいは対応の予定があると回答した。データポリシーに関してはデータ管理計画を策定していない機関が過半数と,策定している機関の方が少なかった。
●パート2b:ガバナンスと持続可能性
回答のうち,8割弱が文書化したミッションを持ち,6割弱は戦略や体制を文書化している。また半数以上が過去にOSIに関する市場分析を行っているが,一度も行っていない機関が4割以上あった。一方,過去5年以内にサービスの評価を実施したOSIは7割を超えた。
重要な利害関係者は研究者,図書館,研究管理者,助成機関の順に挙げられており,9割以上がニーズの調査も行っている。また大多数のOSIでは,利害関係者が参加する,理事会,委員会等によるガバナンスが行われている。その一方で,政府やジャーナリスト等との定期的な関わりが少なく,社会へ知識を還元できていない可能性を指摘している。
年間支出は,約8割が50万ユーロ未満であり,中でも5万ユーロ未満が最も多く,多くが低コストで運営されている。人員はフルタイム換算値(FTE)で2人から5人との回答が最も多かった。そして約半数はボランティアに依存している。
収入源は,国の助成,現物出資,会費等であり,複数の収入源を持つOSIが多いが,民間の資金による投資は少ない。また黒字のOSIはほとんどなく,大多数は,支出と均衡しているか,赤字を助成等で補填して運営されている。そして助成に依存しているOSIの半数以上が,助成がなければ1年未満しか存続できないと答えた。なお,助成機関へのアプローチは組織的ではなく,個人的なネットワークに頼っているOSIが多い。
ほぼ全ての回答で,持続可能性の最大の課題として挙げられたのが「コストや資金調達」であった。
●まとめ
調査を踏まえ,OSIには,良好なガバナンス,オープンスタンダード対応等に課題があると指摘している。その上で,持続可能性のために,助成機関が継続的な援助方法の戦略を練ること,関係者が,政府に対し,開発活動と持続的運営両方の支援の維持・拡大を要求すること,そして OSIが,さまざまなビジネスモデルと収益を自由に使い続けることの重要性を指摘している。また,教訓の共有や資源の結集が,OSIのさらなる成長を促すとしている。
この報告書は,オープンサイエンスのエコシステム理解の第一歩であり,さらなる調査が,OSIをよりオープンで将来性のあるものへ強化するために大切である,と結ばれている。
本調査では持続可能性に向けた提言を行っているが,技術の進歩や,例えばコロナ禍における研究方法や情報流通の変化等により,オープンサイエンスを取り巻く環境は,今後も目まぐるしく変わっていくことが予想される。日本においては先行事例の成功と失敗,いずれからも学ぶことが多くありそうだ。
Ref:
“New SPARC Europe report out: Scoping the Open Science Infrastructure Landscape in Europe”. SPARC Europe. 2020-10-30.
https://sparceurope.org/new-sparc-europe-report-out-scoping-the-open-science-infrastructure-landscape-in-europe/
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https://doi.org/10.5281/zenodo.4153809
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