カレントアウェアネス-E
No.409 2021.03.04
E2362
第22回灰色文献国際会議(GL2020)<報告>
国立情報学研究所・池田貴儀(いけだきよし)
2020年11月19日,第22回灰色文献国際会議(Twenty-Second International Conference on Grey Literature:GL2020)が,GreyNet(E2108参照)主催で開催され,24か国から約60人が参加した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で,会場は当初予定していたイタリアのローマから初の試みとなるオンライン会議へと変更になり,会期も2日間から1日に短縮された。また今回から,会議の略称表記のGL+開催回数(2019年の第21回はGL21)がGL+西暦に変わり,GreyNetの運営元で出版事業も担うTextReleaseが会議出版物の発行責任は維持しつつも編集を外部委託に移行するなど,現体制になった2003年の第5回から続いてきたものが変化した一つの節目の年でもあった。
本会議では,「灰色文献の科学と社会への応用(Applications of Grey Literature for Science and Society)」をテーマに,(1)「灰色文献の応用と研究分野」,(2)「灰色文献がオープンアクセス(OA)に与える影響」,(3)「灰色文献の新たな展開」の本セッションが設けられた。17件の口頭発表(プログラム上は19件だが2件は行われず)と10件のポスター発表が行われた。
セッション(1)では,イタリアのトスカーナ文書館・図書館監督局のスタムリ(Maria Francesca Stamuli)氏らが,音声アーカイブの灰色文献的側面に着目し,音声や映像ドキュメントを保護するArchivio Vi.Voプロジェクトから,イタリアの民族音楽学者で歌手のブエノ(Caterina Bueno)氏のアーカイブの事例を報告した。700時間におよぶ約450の音声記録(オーディオリールおよびカセットテープ)を収集し,市販資料と灰色文献に分けて保存,管理,普及の観点から資料の比較を行った。その結果,市販資料と異なり,灰色文献は個人的な活動で作成され,入手方法が不明なものが多く,書誌情報も不十分,法的保護がないことが特徴で,前者をStrong Context,後者をWeak Contextと区分した。さらに,カセットテープのカードインデックス,フィールド・ワークのノート,リハーサルやコンサートのドキュメントも研究者にとって非常に有用な情報源になりうると付け加えた。
セッション(2)では,イタリア国立研究議会情報科学技術研究所(ISTI-CNR)のロンバルディ(Stefania Lombardi)氏が,あらゆるドキュメントは「灰色文献」として生まれるが,リポジトリにアーカイブするなど条件さえ整えばそれは「オープン(誰もが自由にアクセスできる状態)」になると強調した。同氏は,こうしたドキュメントの中でも,オープンになれば研究活動に資するものとして,プレプリントに焦点を当てて講演を行った。特にプレプリントは速報性を有し,従来の学術出版を補完し,研究を加速させる利点がある。査読前の論文ゆえに信頼性に対するリスクも存在するが,プレプリントと査読済み論文の両方でCOVID-19の論文の撤回が行われている現状を示し,それは査読の有無にかかわらずすべての論文に共通する課題であることを示唆した。また,米・カリフォルニア大学のゲルファンド(Julia Gelfand)氏らは,COVID-19パンデミックで,生物医学分野では査読の時間を経ず迅速に共有できるプレプリントの投稿が増えており(2020年3月で前年同月比142%),研究を支えるものとして灰色文献の価値の再評価につながると述べた。一方で,査読を経ていないためプレプリントは臨床の指針にはなりえないというマイナス面も指摘した。
セッション(3)では,米・ウィスコンシン大学のリピンスキー(Tomas A. Lipinski)氏らが,灰色文献がSNSで拡散されたり,フェイクサイエンスとなったりする新たな事例を取り上げた。捏造などの研究不正,研究の再現性と複製可能性が保証されない状況や査読の危機に触れ,論文撤回データベースで「データに関する懸念/問題点」が理由で撤回されたものを抽出・分析した結果,中には数百以上引用された論文も存在する現状を示した。虚偽の研究成果に対処するには,メディア・情報・データリテラシーの向上,情報の透明性,人工知能(AI)の活用,問題のある研究の撤回などが必要になる。しかし,多くの人は自分の心に響く答えを求めるため,広がりを抑えることは難しく,解決策にも限界があると結論づけた。
ポスター発表では,写真家のマチオウダキス(Vassilis Mathioudakis)氏が,写真は,質の高いメタデータを作成し,インデックス化しアーカイブすることで,研究データ的な機能を有するようになると報告した。他にも,GreyNetのファラス(Dominic Farace)氏らは,データ論文の構成要素(メタデータ,保存,品質,権利の問題など)を分析し,その構成要素を多様な形式の灰色文献へ応用する可能性を示した。2017年のGL19では動画(Video)が新たな灰色文献と指摘されたが(CA1952参照),近年,研究データに加え,動画,音声,写真といった非テキスト形式の灰色文献に対する関心の高まりがうかがえる。
一時的であれ永続的であれ,COVID-19は学術コミュニケーション,研究,情報提供のあり方を再考せざる得ない状況をもたらした。オンラインやデジタル資源への需要の増加やOAの促進に伴い,灰色文献は,今後,何が灰色文献となりうるのか,灰色文献のオープン化が社会に与える影響など,新たな環境下でその意義や役割の変化を探っていくことが必要となる。
次回の第23回灰色文献国際会議(GL2021)は,「灰色文献のデジタルトランスフォーメーション:次世代のグレーを探る(Digital Transformation of Grey Literature: Exploring Next Generation Grey)」をテーマに,2021年12月6日から7日にかけて,オランダのアムステルダムで開催予定である。
Ref:
22nd International Conference on Grey Literature.
http://gl2020.cnr.it
Farace, D.; Frantzen, J. GL2020 Proceedings. GreyNet. 2021, 144p.
https://greyguide.isti.cnr.it/attachments/article/270/GL2020%20Conference%20Proceedings.pdf
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http://www.greynet.org
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http://www.clarin-it.it/en/content/archivio-vivo
GreyNet International Business Report 2020. Grey Literature Network Service.
http://greynet.org/images/GreyNet_Business_Report_2020.pdf
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http://www.soprintendenzaarchivisticatoscana.beniculturali.it/index.php?id=304
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https://current.ndl.go.jp/e2108
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池田貴儀. 灰色文献のいま~2010年代の動向を中心に~.カレントアウェアネス. 2019, (340), CA1952. p. 15-19.
https://doi.org/10.11501/11299456